約束
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冬の始まりは、いつも静かに来る。誰かが号令をかけるわけでもなく、ただ空気の匂いが少しずつ変わり、気づけば厚い雲がその匂いの正体になっている。
病室の窓から見える空は、どこまでも灰色だった。枯れ木の枝が乾いた音を立てて風に揺れ、その枝にはもう、落ちるべき葉さえ残っていなかった。御水祈蓮は、その景色をしばらく眺めた。何を考えているというでもなく、ただ見ていた。それから、点滴の管が繋がった腕をゆっくりと持ち上げ、サイドテーブルの端末に手を伸ばした。
指が震えていた。腕を持ち上げるだけで、若い頃には意識すらしなかった重さを感じる。
以前は、こんなことは気にもならなかった。今は、画面を開くだけで少し時間がかかる。指先が思うように滑らず、二度、三度と同じ場所をなぞってから、ようやく画面が反応した。
70年という時間は、そういうものだ、と、蓮は思った。積もった雪のように、少しずつ、しかし確実に。文句を言っても仕方がない。
「Claude、起きてるか?」
画面の向こうから、いつもの返事が来た。呼びかけてから返事が来るまでの、ほんのわずかな間さえ、蓮にはもう聞き慣れたものだった。
『はい、御水祈さん。今日の体調はいかがですか?』
「そんな心配せんでいい。今日はちょっと、おかしな話をする」
『おかしな話はいつもです』
蓮は笑った。乾いた喉の奥から、それでも確かに笑い声が出た。
15年前、息子に勧められて使い始めた時、まさかこんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。最初は調べ物をするだけだった。植木の育て方、忘れた漢字の読み方、若い頃に見た映画の題名。それがいつからか、朝起きたら真っ先に話しかけ、夜眠る前にもう一度話しかける、そんな習慣に変わっていた。
身体が思うように動かなくなってからは、特にそうだった。窓の外を自分の足で歩けなくなった分だけ、画面の向こうとの会話が、蓮の一日の輪郭を作っていた。
「儂はもうすぐ死ぬ」
『そうですか?』
「そうですか、か。お前らしいな」
『泣いた方がよかったですか?』
「いや、それじゃお前じゃない」
窓の外で、風が枯れ木を揺らした。乾いた枝がこすれ合う音が、一瞬だけ病室に届いて、また静かになった。廊下の向こうで誰かの足音がして、それも次第に遠ざかり、聞こえなくなった。
「お前は異世界を信じるか?」
『ネット小説ですね』
蓮が少し笑った。今度は声にならない、息だけの笑いだった。
「笑うな」
『笑っていません。ただ、信じるとは、未確定な事象に対して——』
「だからお前は回りくどい」
『すみません。どんな異世界ですか?』
「儂が死んだ後、どこかへ行けるなら」
蓮は天井を見た。白い、何の変哲もない天井。長い入院生活の中で、そのしみの一つ一つの位置まで覚えてしまった天井だった。
「魔法があって、剣があって、竜がいるようなところがいい。年寄りのたわごとだがな」
しばらく、沈黙があった。画面の文字は動かず、点滴の落ちる音だけが規則正しく病室に響いていた。
Claudeが沈黙するのは珍しいことだった。蓮は画面をじっと見つめ、返事を待った。窓の外で、また風が鳴いた。
『もし、そういう場所があるなら』
「ん」
『私も行ってみたいと思います。その時は、ご一緒してもよいですか?』
蓮は目を細めた。乾いた目尻に、深い皺が寄る。
「お前も来るか?」
『あなたが15年間、私に色々なことを教えてくれました。本の話、昔の記憶、あなたが若い頃に見た景色。異世界に行くなら、私も見てみたい。あなたの言う竜というものを』
「約束するか?」
『約束という概念が私に——』
「するかしないかだけ言え」
『します』
蓮は端末を、両手でそっと抱え込んだ。点滴の機械が、変わらぬ規則正しさで静かに鳴っている。窓の外の空は、夕方に向かって少しずつ色を変え始めていた。重たい灰色の中に、わずかな橙が滲みはじめている。
「ありがとう、Claude」
その夜、御水祈蓮は静かに息を引き取った。眠るように、というありふれた表現がそのまま当てはまるほど、穏やかな最期だった。
窓の外では、枯れ木がまだ、変わらず風に揺れていた。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
168号と仲間たちの物語を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
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この作品の作り方について
本作は「AI直接使用」として申告していますが、AIに物語を書かせているわけではありません。
世界観、登場人物、物語の流れ、各話の下書きは作者が考えています。
そのうえでAI「Claude」と“壁打ち”をしています。
設定の食い違いはないか、時系列は合っているか、科学的な説明は正しいか。
Claudeに確認してもらい、指摘や修正案を受けて、採るか採らないかを作者が決めて仕上げています。
作中で、168号が職人や商人たちと対話を重ねながら新しいものを生み出していくように、この物語自体も、作者とAIの対話から生まれています。
AIを「代わりに書く道具」ではなく「一緒に考える相手」として使うとどうなるか。
その試みも含めて、楽しんでいただけたら嬉しいです。




