"毎日存在感"
殺害した少年は、食用以外は総て死蝋に加工し、冷暗所で保管して居る
救い主たる『悪魔』は、まだ僕の元を訪れてくださらない
───ちょっと歩きながら、一緒に話さない?
とても凡庸であるに関わらず、こんな言葉でも人を拐う事が出来る
真面目で優しい大人だと、僕を信じる者は多い
もしかすれば言葉自体ではなく、外見や仕草の信頼で人は騙されるのかの知れない
郊外の一軒家で少年だったものを煮込みながら、僕は取り留めもなく、そう考えて居た
彼の肌や汗はとても味わい深かったが、では肉はどうだろう?
トングで小皿に肉片を拾うと、粗熱を落として口に入れる
咀嚼の度、柔らかな肉の繊維が解れていく
香味野菜、胡椒、紅い紅いトマト……様々な装飾の中で臭みを失い、引き換えに甘美さを強調された味が、液躰の形で舌に浸透していく
確実に、作るたび上達を感じる
美少年の肉である事を差し引いても、美味だった
彼の血で作られたソースの、その最後の一匙まで味わったが、それでも満たされる事は無かった
当然の事なのかも知れない
血に飢えたものが満たされる事など、果たして有るのだろうか?
或いは、『飢餓は、食事によって増えて居るのではないか』とすら感じた
夜は街灯に照らされて居るが、照らされるべき人間の姿は視当たらない
反対に、僕のような獣が照らされて居る
面白い事だと感じた
こうまでも人が居ないと、『何でも良いから早く殺したい』という気持ちすら脳裏に浮かぶ
しかし、こんな時に限って、現れた相手は僕にとっての危険そのものだった
「───先生?」
知って居る
高校の教え子だ
平素は他人の事など憶えて居ないが、彼はうなじの匂いが甘く涼やかで、いつも耐え難かった
しかし、『面識が有れば発覚する事も有るかも知れない』と思い、彼に手を出そうと思った事は一度も無い
それにしても、驚いて居るのが僕だけで無い事は意外だった
聞けば、我慢出来ない事が有り、家出をしたという
「先生の家であれば」
「両親も不服は無いと思います」
そう言って、僕の家に泊まろうとする
その間も『あの匂い』がする、気が狂いそうだった
「帰れ」
日頃とは違う強い口調で言ったが、反対に刺激してしまったらしく、彼は断固として「先生の家に泊まります」と言って聞かなかった
ばかりか、絶対に着いていく為なのか、僕の腕に抱き付きすらする
「解った」
「好きにしろ」
根負けした様には視せたが、算段は在った
『ありのままの家の様子を視せて、拒むようなら殺す』
ただ単に『殺す覚悟を決めただけ』の様な作戦だったが、そう決めると少し心は楽になった
帰宅する
解錠した玄関に、先に彼を招き入れる
最早、緊張は無かった
コートのポケットには、折りたたみナイフが在る
経験から言って、仕損じる事は無い
どういう反応を視せる?
玄関をくぐりながら様子を伺おうとした時、よりによって教え子の少年は、向かい合った姿勢で僕の背に腕を回すと、胸に顔を埋めながら言った
「僕は、先生が欲しい」
あの良い匂いがする
そこから先は、まるで自分では無いように躰が勝手に動く事だけが、朦朧の中でうっすらと解った
結局、僕たちは朝まで玄関で過ごした
彼は何も視て居ない
救い主たる『悪魔』は、まだ僕の元を訪れてくださらない




