97話 鳥籠の鍵
アカデミーの中庭には、生徒たちが移動のため集合していた。
「レイ、遅いな……」
「ギリギリまで食べてましたからね」
「食いしん坊にも困ったもんだぜ」
「ジーノが、それ言う?」
「ちょっと食堂を見てきます」
「リオ、お願い」
リオはエレニたちと別れ、食堂へ向かう廊下を急いだ。
その途中、正面からディオが歩いてくる。
「ディオ、レイを見かけませんでしたか?」
「あれ? エレニと一緒じゃないのか」
「どういう意味です?」
「さっき“エレニが呼んでる”って言われて、女の子について行ったぞ」
リオの胸がざわつく。
「誰だったか、わかりますか」
「ええと……あ、あそこだ。あの娘」
「ありがとうございます。確認してきます」
リオが近づこうとした、その時。
低い声が、耳に引っかかった。
――遠くの会話。
ケット・シーの耳には、はっきりと届く。
「ねえ、上手くいった?」
「うん。レイは今頃、籠に閉じ込められてエニオ様のところよ」
「すごい! ご褒美もらえるかもね?」
(……籠? エニオ?)
背筋が冷える。
(冗談で済む話じゃない。あいつが絡むなら――最悪だ)
リオは彼女たちの前に立ち塞がった。
「今の話、本当か?」
「な、なによ……急に」
「レイを籠に閉じ込めて、エニオのところへ行ったと言ったな」
「何のこと?」
「言いがかりはやめて」
「……今、確かに言っただろう!」
「証拠もないくせに!」
彼女たちは、逃げるようにその場を離れた。
(……くそ。間違いない)
リオは通信機に触れた。
《エレニ様、ジーノ、聞こえますか》
《リオ? レイは見つかった?》
《……捕まった可能性が高い》
《捕まった?》
《エニオです》
沈黙――。
エレニの顔が蒼白になるのが、声越しにもわかった。
《私が探します》
《リオ――》
《必ず連れて帰ります。ジーノ、エレニ様を頼みます》
《……わかった。気をつけろ》
(レイの匂い……辿れるか?
いや、エニオは強い香水を使っていた。そっちの方が早い)
廊下に残る、わずかな残り香。
リオは影へと身を沈めた。
(向かった先は――世界樹!?)
* * *
世界樹へ侵攻するアレスの陣営。
そこへ、エニオが馬を駆って現れる。
「父上!」
「エニオ、この戦場で何をしている」
「プレゼントをお持ちしました」
「ほう?」
「こちらは、エレニが使おうとしていた木馬です」
「木馬だと? くだらん」
「そして――本命は、あれ!」
エニオが指差した先。
世界樹の枝先に、鳥籠が吊るされていた。
「……あれは?」
「エレニの妖精です」
アレスの口元が歪む。
「でかしたぞ、エニオ」
「これで、私も戦いの女神でしょう?」
「妖精がいるなら、エレニは必ず来る」
* * *
世界樹の枝先。
風に揺れる鳥籠の中で、レイは身を縮めていた。
羽は重く、魔力は沈黙したまま。
外の気配だけが、薄皮一枚越しに伝わってくる。
(……だれか、いる)
その瞬間。
「レイ、聞こえますか」
影の中から、声が聞こえてきた。
(リオ――!)
呼び返そうとして、声が喉で止まる。
籠は、音も魔力も遮断する――完全な牢だった。
「……やはりここだ。匂いは間違いない」
枝の影が揺れ、リオの姿が一瞬だけ見える。
「だが……外せない。
この鳥籠、私の魔法でも傷一つつかない……!」
悔しげな声。
リオはすぐに、通信を入れた。
《エレニ様、レイを発見しました》
《本当!?》
《世界樹の枝先です。強力な封印で拘束されています》
《今から行く》
《エレニ、待てって! 敵の狙いは――》
《それでも》
通信は、そのまま遮断された。
その時。
世界樹の根元で、
雷鳴のような魔力が、はっきりと立ち上がった。
鳥籠が、ピリッ、と震える。
「……?」
レイが顔を上げる。
遥か下方――
戦場の中央で、女神の気配が解き放たれた。
(エレニ……来た……)
一方、アレスはそれを見逃さなかった。
「――始まるな」
戦神の笑みが、戦場を切り裂く。
世界樹、妖精、女神。
すべてが揃った、その瞬間。
戦は、次の段階へ踏み込んだ。




