90話 派閥
テーブルに着こうと移動した瞬間、誰かと肩がぶつかった。
「あら、ごめんなさい」
くすくす……。すれ違いざまに、笑われる。
エレニの胸がざわついた。
(今の、わざとぶつかってきた……?)
「もとは、半分人間なのに生意気」
「目立ち過ぎよね」
「あの……。言いたいことがあれば、ハッキリ言ってください」
その場にいる、みんなが何ごと? という顔をしてこちらを見る。
「べ、別に……。女神気取って生意気って言っただけよ」
取り巻きの一人がエニオの後ろに隠れるように言う。
「だって、本当のことでしょ。半分人間のくせに。
私のお父様は、あんたのせいで苦しんでるのよ」
「そうよ、エニオ様は純血なんだから」
「お父様って……?」
「私の父は、アレスで私はエニオ。娘よ」
(なるほど……そういうことか)
「言いたいことは、わかるけど。誰もが、選んだ環境で生まれてるわけじゃない。
私もそうだし、あなたもそうでしょ?」
「だから?」
「生まれてきた環境から、自分の人生をどう切り開き、歩むかは自分次第。
人のせいにしたところで、解決にはならないわ」
「ふん……。話にならないわ。行くわよ」
エニオは、取り巻きを引き連れて自分たちのテーブルへと向かっていった。
「なんだ、あれ……」
ジーノが、エニオ達を目で追う。
「とりあえず、テーブルに着こう」
エレニたちも、各自テーブルに移動した。
* * *
エレニたちは空いていた長テーブルに腰を下ろした。
ちょうど料理が運ばれてきたところで、食堂の空気が一気に華やぐ。
【本日の夕食メニュー】
スープ : 根菜と豆の濃厚スープ
パ ン : タイオス牧場チーズを使ったパン
前 菜 : アカデミー名物・星屑サラダ(食べると舌の上でほのかに光る)
メイン : 焼きたてハーブチキンのプレート
デザート: 選べるデザート(妖精蜂蜜プリン、月影ゼリーなど)
「うわ! 星屑サラダだ!」
ジーノの目が輝く。
「レイ、これ好きだと思うぞ。ちょっと光ってんの、可愛いだろ」
「ほんとだ……キラキラしてる!」
レイがフォークを伸ばし、ぱくり。
「おいしい~!」
その声を聞くだけで、エレニは胸がふっと軽くなった。
さっきのエニオの言葉の棘が、少し溶けていく。
リオは上品にスープを啜りながら、
「エレニ様、あまりお気になさらずに。
戦神の娘という立場上、彼女も揺れているのです。
……まあ態度は褒められませんが」
「わかってるよ。ありがとう」
アイアスはパンをちぎりながら、少し真面目な顔。
「……でも、派閥はもう完全にできたな」
エレニは周囲を見回す。
向こう側のテーブルでは、
エニオを中心に“戦神派”と呼ばれる生徒たちが集まっている。
その反対側には、エレニに好意的なグループが自然とできていた。
(戦の気配が、こんなところにまで影を落としてる……)
それでも――この混乱の中で、守るべきものから目を逸らすつもりはなかった。
食堂の上部に設置された魔導スピーカーが突然光った。
『アカデミー全生徒に告ぐ。
冬季アカデミー祭は――神々の戦乱の兆候により、中止とする。』
「え……アカデミー祭、中止?」
メリノエが驚く。
『それに伴い、生徒は各学科ごとに“戦時協力班”へ編成する。
救援部隊、物資補給班、治癒支援班、避難誘導班などだ。
詳細は明日、第一講堂にて説明する。』
ざわ……と、食堂全体が揺れる。
学生たちの間に緊張が一気に広がった。
「マジかよ……」
ジーノがフォークを止める。
「戦争って……本当に始まっちゃうの?」
レイが不安そうにエレニの袖を掴む。
エレニはそっとレイの手を握る。
「大丈夫。……私たちは、備えるだけだよ」
「エレニ様、我々も支援に入るんですよね?」
リオが真剣な瞳で言う。
「そうだね……。何があっても……守るべきものは、守る」
エレニがそう言うと、仲間たち全員が力強く頷いた。
食堂の賑わいは残っているのに――
その奥には確かに、戦の気配がひそんでいた。




