89話 新入りちゃん
エレニとその一行は、久々にアカデミーの正門へ戻ってきた。
天を突くようにそびえる時計塔、白亜の壁に刻まれた魔術文様、
広大な中庭を吹き抜ける風――圧倒的な光景に、レイの目はまん丸になる。
「でっか……!」
素直すぎる感想に、エレニはつい笑ってしまう。
「レイ、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「これからは、“ママ”じゃなくて“エレニ”って呼んでほしいの」
「え? なんで?」
「レイを傷つけたいわけじゃないんだけど、
この世界に来て、私がレイを産んだわけじゃないし……誤解を生むから」
「あー……なるほどね。わかったよ。ママ」
ニヤッ、と悪戯っぽい笑顔。
エレニはジト目で睨む。
「冗談冗談。わかったって、エレニ」
そのやり取りを聞いていたジーノが、ぽつりと言う。
「やっぱりエレニ、ママだったんだな」
「え? なんで? ジーノ知ってた?」
「だって、リオ助けた時に言ってたじゃん。ほら、『ママ』って」
「あの時のこと、覚えてたんだ……」
「そりゃ覚えてるだろ。あの時から、普通の子じゃないって思ってたからな」
「そっか……」
「ってことはさ、エレニって処——」
言いかけた瞬間、ゴチン☆ といういい音が響いた。
「いってぇぇぇ!!」
アイアスが無表情で拳を引っ込める。
「お前って、ほんっっとにデリカシーないな!」
「だって、気になるじゃん!」
「女の子に失礼だろ! それにエレニはエレニ。それでいいだろ!」
「そりゃそうだけどさ~」
リオは二人のやり取りを見て、耳をぴくりと動かしながらため息をつく。
「……まったく、ジーノは相変わらずですね」
* * *
寄宿舎のエントランスに入ると、メリノエとマカリア、そしてディオが食堂へ向かうところだった。
「あ、みんなお帰り!」
「ただいま!」
マカリアがエレニを見て、目を細める。
「なんか、雰囲気変わった?」
「レイと契約したことで、女神として完全に覚醒したんです」
「え? ってことは……妖精ちゃん、目覚めた?」
エレニの肩の上で、レイがそっと顔を出す。
「……はじめまして」
「レイ、さっきまであんなに元気だったでしょ?」
「わ、私だって……緊張くらいするの……」
「かわいい!! ついに目覚めたんだね!」
マカリアがぱぁっと笑う。
「私はマカリア。よろしくね」
「私はメリノエよ。
「二人は双子で――冥界のハデス様のお嬢さん」
「え? ハデスって、あの?」
「そう、あのハデス様よ」
「すごっ! 冥界めっちゃ気になる! 二人とも美人だし可愛いし!!」
「ありがとう。今度、冥界案内してあげるね」
「まじ!? 嬉しすぎ!」
「エレニたちも、一度来たことあるよ?」とメリノエ。
「えーーー!! 何それ聞いてない! ずるーーーい!!」
「いや……その時レイ、眠ってたでしょう……。
さっ、フィッティングルームで制服に着替えるよ?」
エレニとレイとリオは、寄宿舎の奥にあるフィッティングルームに向かった。
フィッテイングルームに入ると、アカデミーの制服を着たトルソーがずらりと並び
制服一式が、整然と台座の上に並べられていた。
「これが……アカデミーの制服?」
レイは、生地をつまんで目を輝かせる。
「うん。レイのサイズに合わせて調整するね」
エレニは膝をつきながら、魔力糸で微調整を始める。
レイはくるりと回って、鏡の前に立つ。
「どう? 似合う?」
「……」
エレニは一瞬、言葉を失った。
スカートのひらめきも、胸元のリボンも、レイの笑顔も、すべてが眩しい。
(前世では……レイの制服姿、見れなかったから)
胸が熱くなる。
運動会も、入学式も、卒業式すら、一度も叶わなかった。
時間が足りなかった。
だからこそ――今、目の前の光景があまりにも尊い。
「エレニ?」
レイが心配そうに覗き込む。
エレニはゆっくりと微笑んだ。
「ううん。……すごく似合ってる。世界一かわいいよ、レイ」
「……へへっ。ありがとう!」
レイは照れながらスカートをふわりと揺らし、もう一度鏡に向かってポーズを取る。
リオが腕を組んで頷いた。
「うむ。見事に“主の護り手”らしい風格です。
……サイズも問題なさそうですね」
「よし、じゃあ食堂行こ!みんなに見せたい!」
「レイ、走らないで! じゃなくて一人で飛んで行かないで!って、もう行っちゃった!?」
小さな羽根が、パタパタと階段を飛んでいく。
エレニは笑いながら、その後を追った。
* * *
夕刻のアカデミー食堂は、学生たちの笑い声と食器の音でにぎやかだった。
扉を開けた瞬間、レイの制服姿に注目が集まる。
「おっ、噂の新人ちゃんじゃん!」
「かわいい~~!」
メリノエとマカリアがいち早く駆け寄る。
「レイ! 制服姿、めっちゃ似合ってる!」
「小さくてふわふわして……抱きしめたくなる!」
「えへへ……ありがと」
そこへジーノとアイアスもやってきた。
「おお、レイ! お姫様みたいじゃん!」
「……ジーノ、食堂で叫ぶな。レイが困ってるだろ」
「いや照れてるだけだよな!? な?」
レイはエレニの後ろに隠れながら、ちらりと顔を出す。
エレニはその様子を見て、胸がじんわりと温かくなる。
(……レイ。こうやって皆に囲まれて笑ってる姿を見られるなんて
前の世界では、思いもしなかったよ)
レイは再び前に出て、みんなに笑顔を向けた。
「これから、よろしくね!」
その声は、制服のリボンが揺れるように軽やかで――
エレニの胸の奥に、しっかりと刻まれた。




