88話 アレス軍会議
――戦乱の神は、深く愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
冷気のような沈黙が満ちる、黒鉄の会議室。
壁に浮かぶ赤い魔術地図には、世界樹周辺の光脈が脈動していた。
その中央に立つアレスの瞳は、怒りでも焦りでもない――
”戦場を読む神の冷徹さ”だけが宿っている。
そこへ、黒煙のようにアルプが現れた。
「アレス様、クロノス様。ご報告がございます」
「言え」
鋼の声が響く。
「世界樹が……開花しました。
さらに――エレニが二体目の妖精と契約。
その瞬間……完全に覚醒しました」
その名が落ちた瞬間、室内の空気が変わった。
クロノスが浮かべる微笑は、時の底から響く不気味な揺らめき。
「ふふ……やはり、彼女か。
“ゼウスの因果”を最も濃く継ぐのは、あの子だろうと思っていたよ」
「遊ぶな、クロノス。
これは戦の均衡が崩れる問題だ」
アレスは魔術地図に手をかざし、世界樹周辺の光を拡大させた。
そこに刻まれるのは、雷のように走る黄金の魔力線。
「完全覚醒した女神が雷の適性を持つ……。
しかも世界樹の祝福付き……面倒だな」
「“面倒”で済む相手か?」
クロノスが静かに言う。
「雷は、時間干渉の外側にある。
あの子の魔力が育てば、私の権能にも干渉し得る」
「ほう。時間の化け物であるお前が、それほど警戒するか」
「ああ。
未来が、妙に見通しづらくなっている。
――雷の子が、未来の一点を“覆している”ような感覚だ」
アレスは短く息を吐いた。重い、戦神としての息。
「つまり――
世界樹の開花は、我らの計画にとって最悪の形で機能した、ということだな」
アルプが続ける。
「さらに……エレニの力は、以前よりも安定して見えました。
妖精二体との契約が、彼女の神核を“固定”しているのかと」
「弱点が消えたというのか」
アレスの声が一段低くなる。
「はい。今のエレニは、ただの覚醒した女神ではありません。
“戦場の理”を揺るがす存在です」
アレスが槍を地面に突く。重い音が、部屋の温度を下げた。
「――ならば先に手を打つしかない。」
クロノスが顎に手を当て、穏やかに言った。
「妖精ドリュアスが完全に育つ前に、分断しなければな。
女神と。
この二つが揃ったまま成熟すれば……ゼウスと同等の災厄になる」
アレスが戦神らしく淡々と続けた。
「標的は二つ。
女神エレニ――そしてドリュアス」
重苦しい沈黙。
「アルプ。
まずはドリュアスの位置を割り出せ。
エレニから引き剥がせる隙を探せ。
……守りたい対象があるほど、雷は読みやすい」
「御意。」
クロノスが時間の歪みに指を滑らせる。
「私は、“未来の揺らぎ”を固定する。
あの子が辿り得る未来をいくつか潰す必要がある」
「やる気だな、時の怪物」
アレスが低笑し、最後に槍を構える。
「戦は加速する。
雷の子の覚醒に、世界樹の祝福……
――ならばこちらも、戦神らしく応じるまでよ」




