85話 エレニの木馬
「……よし。こいつで《シルベア隊》、全員完成だ」
ストスが最後のくまを縫い終えた瞬間だった。
ぽわん。
くまの胸元に仕込んだ魔石が、ふっと光を強めた。
続いて――ぽわん、ぽわん、ぽわん!
作業台の上のシルベア隊が一斉に脈動を始め、
まるで呼びかけに応えるように、ちょこん、と立ち上がった。
「……おお? 立ちましたね?」
エレニの声がわずかに震える。
「おい待て。目覚めるの早すぎだろ……」
ストスが眉をひそめた瞬間――
くまたちが、ふらっ……と揺れ、
次の瞬間、ぽすん、とエレニの足元へ一斉に倒れ込んできた。
ぎゅっ。
「な、ななな……なんで抱きついてくるんですか!?」
エレニの足にしがみつき、
くまたちは、小さな腕で必死に“抱きつく”動作をしていた。
ストスが慌てて魔力波形を確認する。
「……お前の“守りたい”って気持ちが強すぎて、
近くの対象=お前を“守る相手”だと認識して暴走してるんだ。
こりゃ初期行動の自動発動が早すぎて制御が追いついてねぇ!」
「可愛いですけど……歩けません!!」
くまたちが手足をバタバタさせてまとわりつき、
足に団子状にくっついて離れない。
その様子を見たストスは、頭を抱えた。
「くそ、戦場に行く前にエレニが転倒して怪我するわ……!」
ストスは一匹つまみ上げるが、
ぎゅぅぅ……!
と泣きそうな顔でエレニのほうへ手を伸ばす。
「……離れたくないらしいぞ」
「そんな表情出るんですか!? ぬいぐるみなのに!?」
「お前の魔力だ。感情に近い反応もするさ。
……ったく、愛が重いくまだな!」
ようやく全員を引きはがし、
ストスは怒涛の勢いで追加の封印紋を刻み始めた。
「“持ち主最優先”の護り設定は残しておくが……
行動開始の閾値は上げておく。
勝手に抱きつくな。まだ戦場じゃねぇんだよ、お前ら」
シルベア隊は、ぴしっ、と正座のように座り、
注意を受ける子供のようにしょんぼりして見えた。
エレニはそっと一匹を撫でる。
「……いい子たちなんですけど、元気すぎますね」
「元気すぎんだよ。兵器じゃなくて小さい子どもみたいだ……」
ストスが深いため息をつきながら、
工房奥へ視線を向けた。
そこには、修繕を終えた木馬が待っている。
「よし。収納作業に入るぞ。
……暴走しないように、ぜってぇ静かに詰めろよ」
「は、はい!」
木馬の腹部を開くと、中はまるで秘密基地のようになっていた。
緩衝素材の綿と魔力導線が張り巡らされ、
一体ずつ固定できる小さな“巣”が並んでいる。
「じゃあ、一匹ずつ……」
エレニがそっと抱き上げた瞬間――
ぎゅ。
小さな腕が再びエレニの胸元に抱きついてきた。
「うう……最後にもう一回抱きつきたい、って言ってる気がします」
「言ってねぇ! いや、言ってるなこれ!」
ストスは頭を抱えながらも、
そのくまを慎重にエレニの腕から剥がし、木馬の内部へと収めた。
「はい、お前は“第一巣”だ。
戦場では勝手に飛び出すなよ。指示聞けよ」
くまは小さくぽわんと光り、了解のサインを送る。
同じ手順で、他のくまたちも収納されていく。
一匹。
また一匹。
収納されるたびに、ぽわん――ぽわん――と温かい光が灯り、
木馬の内部は、まるで“光る小さな兵士たちの隊列”になった。
「よし……全員、格納完了だ」
ストスが腹部の蓋を閉じると、
木馬の体表に魔力紋が広がり、全体が淡く輝いた。
エレニは胸に手を当て、小さく微笑む。
「……頼りにしてるよ、シルベア隊」
木馬の中から、ふわりと応えるような光が漏れる。
ストスがぽつりと言った。
「……可愛いくせに、頼もしすぎるな」
「はい。みんな……守りの仲間ですから」
そして――
アレスとの戦争へ向け、シルベア隊は静かにその時を待つのだった。




