84話 シルベア隊と結界石
ストスの工房は、いつもより少し暖かかった。
鍛冶の熱というより、木材と綿の柔らかい匂いが空気をふんわり満たしている。
作業台の上には――
大小さまざまな“くまのぬいぐるみ”が、まるで整列した兵士のように並んでいた。
「……やっぱり、多いですね」
エレニは思わず苦笑した。
木馬の腹の中にぎっしり詰め込まれていた、小さな手のひらサイズのくまたち。
今はすべて引き出され、丸い目でこちらを見上げている。
「アレスとクロノスが相手だからな。
使い捨てでも大量の守り札があるのは悪くねぇ」
ストスは針を持ち、ひとつのくまの背中を裂いて中を確かめる。
「で、こいつら全員を“魔道具”に変えるわけだが……
どういう仕掛けを入れたい?」
エレニは胸元の杖にそっと触れながら考える。
「……防御と、制御。
それから、できれば……仲間を守るための“自動発動”です」
「自動、ねぇ」
ストスが口元を歪めた。
「まぁ、お前の考えそうなことだ。
仲間の危機を察知して、中から“護りくま”が飛び出す……そんなところだろ?」
「はい。直接攻撃ではなくて……
障壁を張るとか、動きを止めるとか……」
ストスが指を鳴らす。
「よし、三つ仕掛けを組み込もう」
魔道ペンを取り出し、ストスはくまの背中に印を書き込んでいく。
《仕掛け①:護りの障壁》
くまが対象に“抱きつく”ことで発動。
球状の光障壁を展開し、一度だけ強攻撃を防ぐ。
「抱きつくんですか……?」
「お前の“守る”の形が出てるほうがいい。
攻撃じゃなく、防御として自然だ」
エレニの口元に小さな笑みが浮かぶ。
《仕掛け②:魔力の制御糸》
くまの手足から“見えない糸”が伸び、
暴走魔力や敵の魔力干渉を縛る。
「これなら、クロノスの魔力暴走にも多少は耐えられる」
「すごい……」
《仕掛け③:くまの自己分裂》
内部に時空の圧縮魔法陣を内蔵。
“最大三体”に分裂し、周囲を守る。
「じ、自己分裂……!?」
「戦場じゃ便利だ。
増えりゃ守れる範囲も増える。
欠点は……まぁ、かわいいくまが大量発生して敵が困惑することだ」
「……それ、欠点というより……」
エレニは想像し、吹き出した。
「仕掛けはこんなもんだ。
次は“核”だな。魔道具には心臓が必要だ」
ストスは小さな白い魔石を取り出し、エレニの前に置く。
「こいつにお前の魔力を流せ。
ただし――“守りたい”って意志を混ぜろ。
魔道具は持ち主の願いを強く反映する」
エレニは深く息を吸い、両手で魔石を包む。
(守りたい……家族……仲間……友達……
……この世界そのものを守りたい……)
淡い金の光が、指の隙間からあふれ出した。
ストスはその輝きを見て、静かに呟く。
「……いい光だ。
こいつは攻撃の“兵器”じゃねぇ。
――本物の《守護具》になる」
魔石が脈打ち、柔らかく光る。
「よし。これを全部のくまに仕込む。
今日中に終わると思うなよ?」
「はい! やります!」
二人は並んで作業台に向かった。
ストスは魔力糸で内部構造を縫い上げ、エレニはひとつずつ魔力を流し込む。
やがて――
作業台の上のくまたちは、ぽうっと温かい光を宿し始めた。
まるでエレニの願いに応えて“小さな守護者”が次々目覚めていくかのように。
すべてのくまへの魔力付与が終わると、工房には淡い光が点々と漂っていた。
星屑が床に降りたような、静かで温かな景色。
「……よし。これで全員、目ぇ覚ましたな」
ストスは満足げに腕を組んだ――が、すぐに額を押さえる。
「……しかしだな」
「どうしました?」
「いや……可愛いすぎるんだよ、こいつら。
アレスとの戦争に持ってくもんじゃねぇだろ、どう考えても」
エレニが視線を落とす。
丸い耳、短い手足、ぷっくりした体。
「……かわいい……」
「かわいいにも限度がある。
敵陣でこいつらが分裂して抱きつき出したら……
敵の士気が別の意味で崩壊するぞ」
「でも、効果はありますよね?」
「効果はある。あるが……
……くそ、俺は本来“斧”とか“鎚”を作る鍛冶師だぞ?
なんで今日はくま縫ってんだ……!」
ストスは縫い物中の自分の手元を見て大きくため息をつく。
「神界一の鍛冶師がだぞ?
なぁエレニ、俺はどこで道を間違えたんだ?」
「えっと……私のせい……ですか?」
「いや、お前のせいじゃねぇよ。
……いや、半分お前のせいだな」
「半分!?」
「もう半分はアレスとクロノスのせいだ。
あいつらが暴れなきゃ、俺は一生くまを縫うこともなかった」
ぶつぶつ言いながらも、手つきはやけに丁寧。
鍛冶師の精密さがそのまま縫製に生かされていた。
エレニはくすっと笑い、尋ねる。
「でも……嫌じゃないですよね?」
ストスは黙ってくまを指で押し――
ぷに。
「……まぁ、悪くねぇ」
「ですよね?」
「ちっ……かわいいのが悔しい……」
完全に照れた声音だった。
エレニはふと思い出したように、光るくまを持ち上げる。
「ストス先生、このくま……名前つけてください」
「俺が〜?」
エレニが期待いっぱいの笑顔で見つめる。
「うーん……
――《シルベア隊》だな」
「いいですね!
“護りくま”って感じがします!」
「先生、もう一つ作りたいのがあるんですけど……」
「まだあるのか?」
「実は、アカデミーに来る前に結界石を作ったことがあるです」
「ふむ……結界石か……。どれ、見せてみなさい」
エレニは、真っ黒で小さな結界石をポケットから取り出してストスに渡した。
それは、アカデミーに入学する時にハルマたちに渡した結界石と同じものだった。
「家の中心に置くと弱い魔物や害虫を寄せ付けないし、災害からも守ってくれるようにしたものです」
「これを、改良したいのか?」
「はい。人々や妖精たちの住む家やアカデミー、だいじな建造物を守れたらと……」
「そうすれば、神々の戦から被害を最小限に抑えられるようになるという考えか……」
「うまくいけばの話ですけど……」
「はぁ~。お前は、本当に自分よりも周りを大切にする気持ちが大きいな。
まったく、ゼウスにも聞かせてやりたいわ」
「ははは……」
「わかった。これで、アカデミーも守れるかもしれないな。
ただし、建造物にしかできないからな。」
「はい!」
ストスは「やれやれ」と呟きながらも、どこか満足そうだった。




