82話 剣術訓練
同じ頃。
魔法訓練所の外に広がる中庭では、冷たい朝風が若い木々を揺らし、木剣の音が響いていた。
「足が止まってるぞ、ジーノ!」
「うわっ、ちょ、待っ……!」
鋭い声とともに踏み込んだ影が、ジーノの木剣を弾き飛ばす。
一歩後退したジーノの前に、――アイアスが立っていた。
実技教官の中でも、とりわけ実戦経験が豊富で、若いながらパラディンのリーダーとも評される人物だ。
「“勢い”だけじゃ押し切れん。剣は腕で振るもんじゃない。足で、腰で、体重で“運ぶ”んだ」
「くっ……はい!」
息を切らしながらジーノが再び構える。
一方、隣ではディオが冷静に動きを観察しながら、剣を肩に乗せていた。
「教官、今のジーノのは“勢い任せ”ってやつ?」
「その通りだ。お前は観察ができる分、最初から無駄な動きをしないが――」
アイアスはディオの木剣へ軽く刃を添える(もちろん木だ)。
「――慎重すぎる。相手の出方を待ちすぎるのが欠点だ」
ディオの表情が少しだけ曇った。
「……なるほど」
「剣は“読む”ばかりじゃ勝てん。“創る”攻撃が必要だ。お前は頭が回る。だからこそ一歩踏み出せ」
アイアスは軽く距離をとり、二人を見渡す。
「さぁ、二人とも構えろ。今度は二人同時に来い」
「えっ、同時!?」
「無茶言わないでください、教官!?」
「無茶じゃない。連携を覚える最初の一歩だ。ジーノは突撃、ディオは横から角度を変えて支援。お互いの役割を感じながら来い」
二人は顔を見合わせ、息を合わせて剣を構えた。
ジーノが地面を蹴り、勢いよく飛び込む。
ディオはその後ろから右へ回り込み、死角を狙うように間合いを詰めた。
(いい動きだ――)
アイアスは目を細め、口元にわずかな笑みを浮かべる。
二人の剣が交差する直前、彼は滑らかに身を沈め、剣の面でジーノの突きを流し、同時に足でディオの進路をわずかに制する。
二人の攻撃は止められたが――
「今のは悪くない。形になってきてる」
アイアスの言葉に、二人の肩がわずかに上がり、目が輝いた。
「本当!?」
「……よかった」
「ただし、まだまだだ。“力任せ”と“慎重すぎる”が両極にある。連携するなら、お互いの欠点を埋め合え」
アイアスは剣を肩に担ぎ、柔らかく笑う。
「二人とも、強くなれる。俺が保証する」
その言葉に、ジーノとディオは自然と胸を張った。
魔法訓練所で静穏が満ちる頃、剣術訓練場では熱気が満ち始めていた。
「次は“模擬実戦”を見せる。
剣とは、振るうだけではない――“通す意志”が要る」
アイアスの言葉と共に、訓練場の端から現れたのは、
魔力を帯びた木剣を扱う“自動模擬兵”。
初級者が相手にすれば一撃で吹き飛ばされる強度がある。
ゴーレムが唸り、構えを取ると――
「来い」
アイアスは、たった一言だけを置いた。
次の瞬間、ゴーレムが突進。
地を蹴る音が振動に変わるほどの速度。
だがアイアスは、一歩も動かない。
――スッ。
気づけば木剣が、ゴーレムの首元へ添えられていた。
あまりに速い。
振ったように見えない。
風すら切っていない。
「えっ……!」
見学していた、他の生徒達が声を漏らした。
ゴーレムが動きを止める。
アイアスが木剣を軽く押すと、
バキィッ!!
芯から折れる音を立てて、ゴーレムは砕け散った。
「力は必要だが、“正しい場所”に通せば最小で済む。
剣士とは、無駄を削り取る者だ」
アイアスは静かに剣を下ろした。
その動きは、一切の誇張もない。
ただ圧倒的で、ひたすら美しかった。
「……今の見えた……?」
ジーノが青ざめる。
「いや……見えなかった……!」
ディオが正直に答える。
震えながらも、二人は訓練場の中央へと歩く。
「ジーノ、ディオ。前へ」
アイアスが名前を呼ぶと、空気が張りつめた。
二人は木剣を構え、アイアスの前に立つ。
「今日は“型”ではなく、“意図”を学ぶ。
まずはジーノから。どこを狙う?」
「こ、ここ!」
ジーノはアイアスの脇腹を指した。
すると――
「良し。ならば――その意志をもっと前へ出せ」
アイアスの声が低く響き、ジーノの背中を押す。
ジーノが踏み出す。
――パァン!
木剣がアイアスの木剣に弾かれた。
だが、その衝撃は以前より“軽かった”。
(一歩、近づいた……!)
ジーノの目に自信の光が灯る。
続いてディオ。
「ディオ。お前は力がある。
だが、力の“置き場所”が雑だ」
「え……置き場所……?」
「振る前に、どこへ流すかを考えろ。
剣は腕で振るものではない。“体で押し出す”」
アイアスがディオの握り方を直し、体の軸を整える。
ディオは深呼吸し、振った。
――ズン!!
風が鳴った。
アイアスの木剣が受け止めると、訓練場の空気が震えた。
「今のだ」
「で、できた……!」
「お前は素質がある。
ただし、力任せではなく“芯”を掴め」
ジーノがディオに向かって叫ぶ。
「すごいよディオ! さっきより全然違う!」
ディオは照れくさそうに頬を掻いた。
「ジーノもさ……なんか正確になってたよ」
そしてアイアスが二人に向き直る。
「二人とも――伸びる。
恐れずに前へ出続けろ。
剣は“歩み”を止めた者に味方しない」
その言葉は、二人の胸に深く刻まれた。




