66話 祝賀会
夜空に輝く星々と宙に浮かぶランタンの光が、
中庭を金色と銀色の幻想的な世界に染め上げていた。
祝賀会はすでに始まっており、
学院の中庭は笑い声や楽器の音、
そして魔法の光の花で満たされている。
エレニは深呼吸をひとつして、
アイアスの肩越しに広がる光景を見渡した。
「わぁ……」
アイアスが軽く頷く。
「君の努力の証だ、こうして多くの人が祝福してくれるのも当然だろう」
エレニは小さく頬を赤らめる。
すると、アイアスの視線が自然と彼女のドレス姿に止まった。
淡い緑に金糸を散りばめたドレスは、世界樹の光を反射するように微かに煌めき、
エレニの動きに合わせて柔らかく揺れる。
「……エレニ、そのドレス、まるで光を纏ったみたいだ」
アイアスの低めの声に、エレニは思わず目を逸らす。
「ありがとう。メリノエとマカリアが準備してくれたの」
一方で、エスコートの手順が決まっている仲間たちも動き始める。
「ジーノ、マカリア迎えに行って!」
リオがレイの籠を抱えながら小声で促す。
「え、俺!? ……お、おう!」
挙動不審なジーノの前に、白銀のドレスに身を包んだマカリアが現れる。
「仕方ないわね。さあ、エスコートなさい」
「は、はいっ!」
リオは小さな妖精レイをそっと抱え、微笑みを浮かべる。
「さあ、レイ、祝賀会を楽しもうね」
ディオはメリノエをエスコート。メリノエの淡い黒紫のドレスが月光を受けて、妖艶な光を放つ。
「……今日ばかりは、遠慮せず楽しもう!」
ディオの低い声に、メリノエは少し微笑む。
「ええ、でもくれぐれも暴れないでね」
「それは難しいな注文だな」
アイアスは軽く息を吐き、エレニの腕を取る。
「……それじゃ、君をお連れしようか」
エレニは小さくうなずき、ふわりとアイアスの隣に立った。
その瞬間、彼の瞳には、ドレスの裾や微細な光の反射が作る幻想的な輝きが映り込む。
祝賀会の会場中央、花で飾られた壇上に立つのはメティス学園長。
白髪交じりの長髪が夕闇に揺れ、瞳には穏やかな光が宿る。
「皆さん、本日はご多忙の中、学院の祝賀会にお集まりいただきありがとうございます」
学生たちは静かに頭を下げ、学園長の言葉に耳を傾ける。
「今回、世界樹の浄化と学院の平和を守ったのは、
我らが勇者たち――エレニ、リオ、ジーノ、そして彼らを支えた仲間たちです」
拍手が会場を包み、魔法の光が舞う。
エレニは少し照れながら頭を下げ、アイアスが肩越しに小さく頷く。
「皆さん、今宵は努力と友情、そして成長を祝う日です。どうか存分に楽しんでください」
メティスは微笑み、スピーチを締めくくる。
会場の一角には豪華な料理が並ぶ。
金色に輝くローストチキン、ハーブと香辛料で絶妙に焼き上げられたもの
冷製スープに浮かぶ煌めく魔法の泡
甘美なフルーツタルトやクリームたっぷりのケーキ
宝石のように光るゼリーや、砂糖で描かれた小さな花
特筆すべきは、ストス先生がエレニの発明したビールを応用した“魔法のシャンパン”。
グラスに注ぐと、微かに金色の泡が立ち、魔法の光を受けて七色に輝く。
学生たちは驚きと喜びの声を上げ、軽く乾杯の音が響く。
「これ……飲む宝石じゃん」
「やっば……うま!」
学生たちが歓声を上げるたび、
ストス先生は満足げにひげを撫でた。
宴もたけなわ、アイアスが静かにエレニが手にしていたシャンパングラスを
給仕のトレイに預け、微笑む。
「……エレニ、踊ろうか」
エレニは、少し驚く。
「ええ?わたし、ダンスなんて踊ったことないですよ?」
アイアスが微笑む。
「まぁ、俺にまかせて」
差し出された手は温かく、
エレニは戸惑いながらもそっと握り返した。
(私、なんでドキドキしてるんだろ……)
二人が舞踏用のステージに立つと、周囲の光が二人を包む。
アイアスの手つきは穏やかで優雅。
エレニのドレスが揺れるたびに、光が反射してまるで花びらが舞うようだ。
一方で、ジーノとマカリアも踊り始める。
「さあ、ジーノ、リズムに乗って!」
マカリアの笑顔に、ジーノは少し戸惑いながらも、何とかバランスを取りつつ踊る。
ディオとメリノエも、ゆったりとステップを踏む。
「……楽しんでいるか?」
「ええ、でもあなたの歩幅に合わせるの、結構大変」
メリノエが微笑むと、ディオは少し照れたように首をかしげる。
アイアスとエレニの視線が交わるたびに、互いの鼓動が少し早まるのを感じる。
ドレスの光、魔法のランタンの揺らめき、
そして祝賀会の音楽――すべてが二人を祝福しているかのようだった。
祝賀会も夜の深まりとともに、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
中庭の広場には、魔法のランタンが数百個浮かび、光の花が風に舞う。
その空をバックに、祭壇の上から大きな魔法花火が打ち上げられた。
「うわぁ……!」
リオが目を見開き、抱いたレイをそっと揺らす。小さな妖精も光を浴びてキラキラと輝いた。
マカリアとジーノは、少しぎこちないながらも手を取り合って舞踏。
ジーノは何度も足を踏み外しそうになり、
マカリアに小突かれては、「すみませんすみません!」と謝るが、
その度に二人の笑い声が、空に溶けていく。
一方、ディオとメリノエは落ち着いた動きで優雅にステップを踏む。
メリノエのドレスは月光を吸い、微かに紫がかった輝きを帯びて揺れる。
ディオの手は、冷静にメリノエの腰を支えつつも、
時折コミカルに小さなステップで、観客を笑わせるユニークさを見せる。
アイアスは、エレニの手を取り、舞踏の中心へ。
冷静な彼の目は、会場全体を見渡すとともに、エレニの動きに合わせて完璧なリズムを刻む。
しかし、その冷静さの中にも、彼なりのユニークさが現れた。
花火の破片が舞った瞬間、
どこからか落ちてきた火の粉を即座に見抜き、
「……危ない」
エレニの手を引いて、軽やかに旋回する。
「わっ……ありがとう!」
「君のドレスに穴が空いたら、後で怒られそうだからな」
「怒らないよ!?」
エレニの笑い声に、アイアスは疑いの目をするように肩をすくめてみせた。
そのユニークな仕草に、
エレニは、また胸の奥がきゅっとなる。
ジーノは、マカリアに振り回されつつも、
花火の光に照らされた笑顔で「こんな二日酔いも悪くないな」と小声で呟く。
リオは、レイを抱きながら、空に弾ける花火を見上げていた。
音楽がクライマックスを迎えると同時に、
アイアスはそっと囁く。
「最後の一曲――君と締めたい」
エレニは照れながらも頷き、
二人は舞踏の中心へ。
ランタンが一斉に輝きを増し、
夜空では巨大な花火が咲き誇る。
アイアスの腕の中で、エレニは自然と動けていた。
冷静で判断力のある彼のリード、
そして時折入るユニークな小技に、
エレニの笑顔は絶えない。
最後の花火が天へ昇る。
爆ぜる光が二人の影を大きく映し出す。
アイアスはエレニをそっと抱き寄せ、囁いた。
「……君の光は、確かに皆を導いた。誇っていい」
「アイアス……ありがとう」
(私、……アイアスのこと、好きなのかも……)
その光景に、観客は息をのむ。
学生たちは拍手し、先生たちは微笑む。
中庭を埋め尽くす魔法の光と花火は、祝賀会の夜を永遠に刻むかのように輝いた。
二人のダンスは、花火の光に祝福されながら、祝賀会の最高潮を迎えた。
冷静で責任感の強いアイアスと、その光を受けて輝くエレニ――二人の心が一つになった瞬間だった。
ジーノとマカリア、ディオとメリノエも、各自のペアで笑顔を交わしながら踊る。
ユーモアと優雅さが混ざり合い、祝賀会はそのまま夜空に溶け込み、学園中に幸福な余韻を残した。
* * *
花火の余韻が夜空に溶けていく頃、中庭の明るさとは対照的に、
学院の影の薄い回廊はひっそりと静まり返っていた。
そこに、二つの影が寄り添うように立っていた。
一人は、黄金の髪をかき上げながら苛立たしげに舌打ちする青年――
ペイリトオス。
彼は、ヘラを誘惑していたイクシオン王の息子で“野心”が滲み出ていた。
もう一人は、壁にもたれかかり、鋭い眼光で祝賀会の光を遠く見つめる青年――
ポセイドンの子テセウス。
冷静に見えて、その瞳の奥には炎のような嫉妬が揺らいでいた。
「……あいつら、調子に乗りすぎじゃないか?」
ペイリトオスが唇を歪めて呟く。
「世界樹の浄化? 学院の英雄? どいつもこいつも、騒ぎすぎなんだよ」
「派手な花火だな」
テセウスは、夜空の光を一瞥して吐き捨てるように言う。
「だが、所詮は“ただの学生”だ。
神話の舞台に立つのは俺たちのほうだって、思い知らせてやるべきだろう」
ペイリトオスがにやりと笑う。
「お前も同じこと考えてると思ってたさ。……なぁ、テセウス」
「もちろんだ」
テセウスが腕を組む。
「だが、今は動く時じゃない。
学院中が祝賀と興奮で満ちている。
こういう時ほど、影はよく目立つものだ」
「じゃあ、どうする?」
「――いい話がある」
テセウスの目が細く、冷たく光る。
「それに……俺たちの後ろについている“あのお方”が動き始めたらしい」
ペイリトオスが眉をひそめる。
「……本気か? 学院は騒ぎになるぜ?」
「気にするな。むしろ都合がいい」
テセウスが薄く笑った。
「英雄気取りのあいつらには、そろそろ自分の立場を思い出してもらわないとな」
ペイリトオスも笑みを深める。
「さて……どんな“絶望”を味わってもらおうか」
祝賀会の光は遠い。
夜風が、二人の野心と嫉妬の匂いを運び去る。
――そして、彼らの背後には、黒い霧のような影が揺れていた。
その中心から、低く囁くような声が漏れ出す。
『ふふ……その憎悪、その嫉妬……いいわ。もっと見せてちょうだい』
ヘラか、あるいはクロノスの遣い――
その正体は、まだ誰も知らない。




