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62話 信じるしかないって、難しい

 アカデミーの訓練場では、アイアスが珍しく落ち着かない様子で歩き回っていた。

 いつもなら生徒たちの模範になるよう静かに立っている彼が、今はまるで迷子のライオン。

 訓練用の剣を手にしたまま、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。

 声をかけられても返事は上の空だった。


「おいおい……アイアス、アイアス!」


 ハッとして振り向くと、ストス先生が腕を組んで立っていた。


「どうした? 君らしくもないぞ。落ち着きがない」

「え? あ、あぁ……そうでした?」


 ストスは呆れたように眉を上げる。

「大丈夫か? もしかして、新しい剣のバランスでも気に入らんとか?」

「いえ……その、エレニたちが無事か気になって」


「ほう。珍しいな、君がそんな顔をするとは」

「悪い予感がするわけではないんですが……気になって」


 ストスはふっと目を細める。

「心配する気持ちは分かるが、あの子たちを信じろ。

 何かあればすぐ連絡が来るさ」


「……そうですね」

「もっと信用してやれ。君の弟子たちだろう?」


 そのとき、背後から柔らかな声が響いた。


「自分の力不足でも感じているの?」


 振り向くと、アテナが静かに歩み寄っていた。

 光を受けて揺れる金の髪。まるで“導きの女神”のように穏やかで、しかし言葉は的確だった。


「アテナ様……」

「エレニたちの成長が早いから、置いていかれたような気がしているのね?」

「……図星です。もしかしたら、自分も一緒に行くべきだったのではと」


 アテナは首を横に振り、やわらかく笑った。

「見守ることも戦いの一部よ。あなたがいるから、あの子たちは安心して前に進めるの」


 ストスがニヤリと笑う。

「そうだ。いつまでも過保護じゃ困るぞ? 芽は自分で陽を求めて伸びるもんだ」


「……はい。分かっています」


 アイアスは小さく息を吐き、訓練場の天井を見上げた。

 雲の切れ間から、一筋の光が差し込む。


「……あの子たちなら、きっと大丈夫ですね」


 アテナが微笑んで言う。

「そうね。――ああ、そういえば伝え忘れてたわ」

「え?」


 彼女はさらりと続けた。

「さっき、連絡が入ったの。試練は無事に終わって、今はウルズの泉で浄化の儀式を行っているそうよ」


「……えっ!?」

 アイアスは思わず素っ頓狂な声を上げた。

「ア、アテナ様! それを早く……!」


「ふふ、落ち着きなさい。顔、真っ赤よ」


 ストスが肩を叩きながら笑う。

「まったく、あの冷静沈着なアイアスがこの有様とはな」


 アイアスは頭をかきながら苦笑した。

「アテナ様も、人が悪いですね……」

「あら、あなたの反応が見たかっただけよ?」


「まぁまぁ、無事で何よりだ」ストスが笑い、腕を組む。

「そうですね。……彼らが帰ったら、盛大にねぎらってやらないと」


 その瞬間だった。

 天を貫くような光が、遠くの空に立ち上った。


「見て!」


 アテナが指差す先――世界樹が、黄金の輝きを放っていた。

 その光は雲を割り、アカデミーの中庭まで照らす。


「世界樹が……再び機能し始めたんですね」


 アイアスは目を細め、静かに微笑んだ。

「……やっぱり、あの子たちは強い」


「ええ。そして――あなたの教えも、ちゃんと届いているわ」


 三人の笑い声が、柔らかな光の中に溶けていった。

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