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シングルマザーが転生した冒険者は女神様でした!  作者: 珠々菜
世界樹回復編

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61話 浄化の儀式

 フヴェルの泉の奥――水面が薄暗く揺れる先に、神殿は静かにたたずんでいた。

 石造りの柱が天井まで伸び、その隙間から差し込む淡い光が、埃混じりの空気に溶け込む。


 神殿の中央。大理石の円形祭壇に、スクルドは静かに座していた。

 白銀の髪が淡い光を受け、長いローブが石畳に優雅に流れる。

 見た目は幼い少女のようでありながら、その瞳は深い時の流れと知恵を湛えていた。


「……誰?」

 スクルドの声は、風のように静かで、それでいて空気を震わせた。


「アカデミーから来ました。私はエレニ」

「リオです」

「ジーノです」


「ここは……封印されていたはずだが」


「はい。確かにそうでした。でも、ハデス様が封印を解いてくださり、

 私たちは、試練を果たして参りました」


 スクルドの瞳が三人をじっと見据える。

「そうか……なるほど。様々な困難を越え、ニーズヘッグすらねじ伏せたというわけか」


「ニーズヘッグの歯は、どうなった?

 あの竜、かゆさのあまり世界樹の根をかじっておったが」


「歯も治しました。もう二度と根をかじらないと、約束してくれました。」


「そうか、それは良かった……。可哀想で、見ておれんかったからな。」


「スクルド様――どうか、世界樹の回復のためにお力をお貸しください」

 エレニの声には、真剣な祈りが宿っていた。


 スクルドは静かに頷き、微かに微笑む。

「私も、この時を待っていた。

 世界樹が嘆いているのに、何もできず、もどかしさばかりが募っていた。

 ウルズの泉へ向かい、ウルズとベルダンディと共に浄化の儀式を行おう」


「ありがとうございます! 私たちも、ウルズの泉へ向かいます」


 エレニが力強く応えると、リオとジーノも静かに頷いた。

 神殿の静寂は、そのまま三人の決意を包み込むように広がっていく。

 水面に反射する光が、まるで新たな旅立ちを祝福しているかのようだった。


* * *


《アテナ先生、こちらエレニです》

《エレニ、状況は?》

《今、ウルズの泉にいます。

 フヴェルの泉での試練を終え、スクルド様にお会いしました》

《そう……》

《ニーズヘッグは、ヘラ様に与えられた果実が原因で歯がかゆくなり、

 世界樹の根をかじっていたようです》

《それで、世界樹に異変が……》

《はい。ですが、彼の歯は治り、今は安らいでいます。

 これから、三人の女神による浄化の儀式が行われます》

《わかったわ。学園長には私から伝えておく。気をつけて》

《ありがとうございます、アテナ先生》


「よし、報告完了!」


 古びた石造りの神殿――

 三人は再び、ウルズの泉の奥へと足を踏み入れていた。


 そこには、三柱の女神が待っていた。

 ウルズ、ベルダンディ、そしてスクルド。


 彼女たちは、泉を中心に三角を成すように立ち、淡い光をまとっていた。


「エレニ、リオ、ジーノ。

 そなたらを待っていた。

 我らノルン――三人の女神を再び結び合わせてくれたこと、心より感謝する」


「これより、我らは世界樹の浄化の儀式を始める。

 この儀式に立ち会い見届けることで、お前たちの“守りの試練”は終わる」


 静寂の中、泉がゆっくりと光を放ち始めた――。

 ウルズの泉は、深い静寂に包まれていた。

 空気が澄み渡り、水面には淡い光が揺らめく。

 その中心に立つ三柱――ウルズ、ベルダンディ、スクルド。


 それぞれが手をかざすと、泉の上に光の糸が紡がれていった。

 三方向から流れ出た光はやがてひとつに集まり、

 天へと伸びる“世界樹の幻影”を形づくる。


「――水の根源より過去を清めよ」

 ウルズの声が響くと、泉の水が天に舞い上がり、

 無数の滴が星々のように輝き始めた。


「――現在を結び、命の循環を戻せ」

 ベルダンディが祈る。

 その身体を中心に、温かな風が広がり、

 世界樹の枝葉に命の色が戻っていく。


「――未来を解き放ち、全ての運命を再び紡げ」

 スクルドの声は、時そのものを震わせた。

 光の輪が重なり、空間が揺れる。


 三人の祈りが重なった瞬間、泉全体がまばゆい黄金の光に包まれた。

 水面から無数の光の粒があふれ、

 それはやがて天上へと昇り、どこまでも伸びていく。


 ――それは、枯れかけていた世界樹の根が再び息づいた証。


 エレニは胸に手を当て、静かに目を閉じた。

「……あたたかい。

 これが、“命”の流れ……」


 リオも頷く。

「不思議だ。魔力じゃない……もっと深い、

 “世界そのもの”の力を感じる」


 ジーノが呆然と立ち尽くす。

「これが神々の祈り……。

 人の力じゃ、到底届かねぇわけだな」


 光はしばらくの間、天を貫くように輝き続け――

 やがて、静かに収まった。


 泉の水は透き通るほど澄み、底からは淡い緑の光が立ち上っている。

 ウルズが微笑んだ。


「……終わったわ。

 世界樹は、再び息を吹き返すでしょう」


 ベルダンディがエレニたちの方を向く。

「あなたたちの勇気が、この奇跡を呼んだのです」


 スクルドが杖を掲げ、穏やかに告げた。

「試練は、これで終わりよ。

 しかし、世界を見守る使命は――まだ続く」


 エレニは深く頷いた。

「はい。私たちは、この命の光をアカデミーへ伝えます。

 それから……世界樹の花は、咲くでしょうか?」


「そうね。1週間もすれば、花が咲くと思うわ」


 三女神が同時に手をかざすと、光の風が三人を包み込む。

 その優しい風は、まるで“再生の祝福”そのものだった。


 ――次の瞬間、眩い光が弾け、視界が真白に染まった。


* * *


 そして気がつくと、三人はアカデミーの中庭に立っていた。

 噴水の水はいつになく澄み、風には緑の香りが漂っていた。


「……帰ってきたね」

 リオが呟く。


 ジーノが大きく伸びをしながら、笑う。

「やれやれ、今度こそ本当に終わったか」


 エレニは空を見上げた。

 青空の向こう――ほんの一瞬だけ、黄金の枝が揺らめいた気がした。


 世界樹は、生きている。

 再び、すべての命をつなぐために――。

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