45話 帰還後の夕食
夜の食堂は、湯気と香草の匂いに満ちていた。
長い木のテーブルには、湯気を立てるスープと香ばしく焼けた肉の皿がずらりと並び、
窓から差し込む満月の光が、器の縁に柔らかく反射している。
「ふぅ~……やっと落ち着いたぁ!」
ジーノがスプーンを握ったまま大きく伸びをし、天井を仰いだ。
「この“知識の泉スープ”、頭が冴えるって言われてるけど……俺、もう眠いんだけど」
「効果が出る前に寝ちゃうタイプですね」
リオが苦笑しながらスープをかき混ぜる。
「でも、美味しいです。野菜の甘みがすごく優しい」
「ほんと。ミーミルの試練のあとだと、こういう味が沁みるわね」
エレニが頬を緩め、白い湯気の向こうで微笑んだ。
隣では、メリノエがパンをちぎりながら静かにうなずく。
「私はこの“冥界牛のロースト”が気に入ったわ。……やっぱり、地元の味が落ち着くわね」
「メリノエは冥界出身だもんな」
アイアスがフォークを構えながら笑う。
「こっちは上層のパンより柔らかくて驚いたよ。ルーン入りのパンって意外といけるな」
「でしょ? 焼くときに“穏やか”のルーンを刻むと、焦げにくいんだって」
「へぇ~、料理にも魔法って使えるんだな」
「えっ、ジーノ知らなかったの?」
「知らねぇよ! 俺、パンは食う専門!」
そのやり取りにマカリアがくすりと笑った。
「でも、ジーノって食べてる時は一番幸せそうよね」
「そりゃそうだろ! 飯食ってる時ぐらいは平和でいたい!」
その一言に、テーブルのあちこちから笑い声がこぼれた。
スープをすする音と、パンをちぎる音だけが、しばらく心地よく響く。
「そういえば、ビフレストの橋でハーピーに遭遇したって言ってたね?」
マカリアがグラスを傾けながら問いかけると、ディオが苦笑する。
「あぁ、俺たちも焦ったよ。まさか魔物が出るとは思わなかった」
「私たちが前に通った時は居なかったのに……」
エレニが首をかしげる。
「それだけ、世界樹の異変が,いろんな場所に影響を及ぼしてるってことだな」
アイアスの低い声に、場の空気が少しだけ引き締まる。
「それだけならまだいいんだけど……」
リオがスプーンを置き、わずかに眉を寄せた。
「ハデス様の封印、クロノス、ヘラ様――影の動きが多すぎます」
「確かに、問題は山積みだ」
アイアスが静かに言う。
けれど、ジーノが明るく拳を握った。
「でも、一つずつ片づけりゃ、いずれ終わるさ! 俺ら、もうあんだけ試練越えてきたんだし!」
「……そうだな」
ディオが微笑み、頷く。
「次は冥界行きか。長い一日だったけど、今は――」
「うん。でも今日は、もう難しい話はなし」
エレニが笑いながら、手元のグラスを掲げた。
「無事に帰ってこれたことと……次も、ちゃんと全員で戻ってこれるように。ね?」
「賛成!」
「乾杯!」
七つのグラスが軽く触れ合い、澄んだ音が夜の食堂に広がった。
窓の外では、満月が静かに輝き、湯気の向こうで仲間たちの笑顔を照らしている。
――明日、また新しい試練が待っているとしても。
今だけは、温かな食卓の灯りが、確かに彼らを包んでいた。




