表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シングルマザーが転生した冒険者は女神様でした!  作者: 珠々菜
世界樹編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/69

43話 タルタロス潜入 ― 崩れゆく世界樹の根

 メリノエとマカリアを運んだ転移の光が消えると、そこは――淡い灰色の野原だった。


 霞のような光が地を這い、遠くでは白い花が風に揺れている。

 冥界の中間層、《アスフォデロスの野》。

 生前、善でも悪でもなかった者たちが静かに眠る場所だ。


「……ここは、アスフォデロスの野かぁ」

 メリノエが目を細める。

 空気はひんやりしているのに、どこか懐かしい温度があった。


「さすがに、タルタロスには直接行けないか~」

 マカリアが苦笑して肩をすくめる。


「アスフォデロスに来れただけでもラッキーだよ。

 私たちは冥界出身だから転移できたけど、他のみんなは冥界の門からじゃないと入れないもの」


「そうだったね……」


 メリノエが頷くと、マカリアはすでに前方を見つめていた。


「さ、行こう。早くしないと冥王の検問に引っかかっちゃう」


「ねぇねぇ、その前に“アンダーヴェイル”に寄ってお菓子買えないかな~?」


「また?この前も山ほど買ってたじゃない」


「だってあそこの“闇チョコ”美味しいんだもん!」


「……あんまり食べると太るよ? 冥界でも脂肪は消えないんだからね」


「ひどい~!」


 二人の笑い声が、灰色の風の中に溶けていった。


 やがて遠くに、黒曜石のような建物が見えてくる。


「あそこ! 三判官の庁舎だよ!」


 入口には、長い列を作る亡者たちが静かに並んでいた。

 誰も話さず、ただ順番を待つその姿は、まるで時間そのものが止まっているかのようだった。


 二人は列の脇を抜け、受付へと進む。


「こんにちは! 私たち、ビフレスト・アカデミーから来ました。

 タルタロスに行きたいんですが……」


 黒衣の受付官が顔を上げる。

 その瞳の奥には、わずかな緊張が走った。


「こんにちは、メリノエ様、マカリア様。……本当にタルタロスへ行かれるのですか?」


「はい。どうしても世界樹の根の最下部まで行かないと」


「アカデミーとペルセポネ様から話は通っております。ですが――」


「どうかしたんですか?」


「……実は、タルタロスで“脱獄”がありまして。

 今は厳重警戒中です。かなり危険かもしれません。

 ――くれぐれもお気をつけください」


「脱獄!?」


 二人の声が重なった。


「誰が逃げたんですか?」


「……クロノスです」


 その名が落ちた瞬間、空気が凍った。


「クロノスって……あの“時の神”の!?」

 マカリアの顔が青ざめる。


「ゼウス様に封印されたはずの……」

 メリノエが息を呑む。


「ってことは……この前の“時間のいたずら”、やっぱり……」


「うん。犯人は、クロノスで間違いない」


 二人は顔を見合わせ、短く頷いた。


 受付官に深く礼をして、通行許可証を受け取る。


「ありがとうございます。……必ず、気をつけます」


 扉を出た瞬間、冷たい風が頬を打った。

 アスフォデロスの花々がざわめき、どこか遠くで鐘のような音が響く。


「……行こう、マカリア」


「うん。タルタロスの奥に、きっと“答え”がある」


 二人の少女は、灰色の野を抜け――冥界最深の闇へと歩みを進めた。


 アスフォデロスの野を抜けると、空気が一変した。

 空は黒く、地は赤く脈動している。

 ――そこが、神々の罪人が幽閉される最深牢獄タルタロス


「うわぁ……ここ、何度来てもゾクッとするね」

 マカリアが肩をすくめる。

 彼女の頬に触れる風は、魂を少しずつ削るように冷たい。


「油断しないで。タルタロスの空気は、時間と記憶を蝕む」

 メリノエの声は低く、慎重だった。

 黒曜石の岩壁が並ぶ一本道――そこを照らすのは、魂の炎だけ。


 二人は冥界の守護者であり、同時に――冥王ハデスの娘でもあった。

 だが今日は、“娘”ではなく、“探求者”としてここに立っている。


「……クロノスの牢は南棟の最深部だね」


「うん。記録では“時の鎖”で封印されてたはず」


 歩を進めるたび、重力が増す。

 空間そのものが押し潰すような圧力を帯びていた。


 メリノエは息を整え、呪文を唱える。


「――〈冥路を照らす灯よ、我に道を示せ〉」


 足元に青白い光の紋章が浮かぶ。

 封印区域を進むための“許可の灯”。


「さっすがメリノエ! 冥界の通路魔法、完璧!」


「……おしゃべりしてる暇はないよ」


 やがて、巨大な鉄の門が姿を現す。

 門はひび割れ、内部から力づくで破られたように歪んでいた。


「これ……クロノスが自力で?」


 マカリアが扉に触れた瞬間、微かな残滓が走る。

 時間の魔力――そして、もうひとつ。


「……この波動、違う。誰かが干渉してる」


 メリノエが目を閉じ、意識を沈める。

 やがて、彼女の唇から小さく震える声が漏れた。


「まさか……これ、冥王の波動?」


 マカリアの顔が蒼白になる。


「――お父様、なの……?」


「どうして……お父様が……?」


「……わからない。でも、確かに“冥王の痕跡”がある」


「メリノエ、とにかく急ごう! 世界樹の根を確認して、すぐ戻らなきゃ!」


「うん!」


 二人は封印の奥へ走った。


 そして、世界樹の根――その最先端にたどり着いた時、

 二人は息を呑んだ。


 根は黒く染まり、半ばから腐食が始まっている。

 先端は朽ち、虚空に崩れ落ちていた。


「そんな……」


「ひどい……これじゃ、世界が……枯れちゃう」


 メリノエが膝をつく。

 マカリアは震える手で根の破片を拾い上げた。


「このままじゃ、世界が滅びちゃう……」


「……お父様にも確認したいけど、今は危険すぎる。

 一度アカデミーに戻ろう。報告して、対策を立てないと」


「うん……」


 二人は振り返る。

 タルタロスの奥、崩れた牢獄の闇の中――

 微かに“時の砂”が舞っていた。


 それは、まるで誰かがまだこの場所に“いる”かのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ