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シングルマザーが転生した冒険者は女神様でした!  作者: 珠々菜
世界樹編

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42話 ミーミルの泉―知の試練

 ウルズの光が消えたあと、神殿に静寂が戻った。

 けれどその沈黙は、もう恐れではなく、確かな決意を含んでいた。


「……次は、“ミーミル”の試練、か」


 リオがウルズから受け取った欠片を取り出す。

 それは彼の手の中で淡く脈打ち、指先を光の粒が包んだ。


「ミーミルの泉……どこにあるのかしら」

 エレニが小さく呟くと、欠片がふわりと浮かび上がる。


 淡い光が宙に軌跡を描き、やがて一枚の光の地図――星図のような図形を形づくった。


「これ……星図?」

「道を示してると思います」

 リオが目を細めて言う。


 光の線は北東へと延びていた。そこには、かつて“知恵の塔”と呼ばれた古代遺跡があるという。


「行こう。世界樹の枝が枯れる前に、手を打たなきゃ」


 エレニの言葉に、リオとジーノが同時に頷いた。


 ――そして、旅は再び始まった。


 やがて、緑に包まれていた世界は白銀の静寂に変わっていく。

 風は鋭く、空気は張りつめ、音さえ凍るようだった。


 そして彼らの前に――氷で造られた巨大な塔が現れる。

 表面には古代文字がびっしりと刻まれ、淡い光を呼吸のように吐き出していた。


「……ここが、ミーミルの泉?」

 ジーノの息が白く揺れる。


 その瞬間、塔の扉が音もなく開いた。

 響いたのは――声。

 だがそれは耳で聞くものではなく、心の奥に直接落ちてくる声だった。


『我が名はミーミル。知とことわりの泉を護る者』


「私たちは、ベルダンディ様にお会いしたいのです」

 エレニが一歩前に出て答える。


『ならば、我を越えよ。

 剣ではなく――答えなき問いをもってして』


「問い……?」

 ジーノが眉をひそめた瞬間、塔の奥で光の門が開いた。


 そこから現れたのは、雪のような白を纏った巨人。

 金の瞳が夜明けの星のように輝く。


『ようこそ、若き探求者たち』


 塔の最奥は、静寂そのものが形を取ったような空間だった。

 床も壁も鏡のように滑らかで、頭上では無数の光の文字が星のように漂っている。


『問おう。“真実”とは、何か』


 その声と同時に、宙に浮かぶ書が一斉に開いた。

 光の文字が舞い、塔全体が脈動するように光を放つ。


「真実……」

 リオが一度息をのみ、ゆっくりと答える。


「“事実”だと思います。

 誰の目にも同じように見える、揺るがないもの」


『ならば問おう。

 夢の中で感じた痛みは偽りか? 涙は虚構か?』


 リオの言葉が詰まる。

 代わりに、ジーノが口を開いた。


「……夢でも、本当に痛かったなら、それも現実なんじゃない?」


『ほう。ならば“感じる”ことこそ真実だと?』


「うん。心が動いたなら、それは嘘じゃないと思う」


 ミーミルの瞳がわずかに揺れた。


『だが心は欺かれる。

 愛も、恐れも、信仰も――時に幻。

 ならば、“感情”に頼る真実などどこにある?』


 塔の光が一瞬、暗転する。

 冷たい空気が震え、沈黙が落ちた。


 その中で、エレニが前に進み出る。


「……真実なんて、最初から形がないんじゃない?」

 彼女の声は穏やかで、けれど芯が通っていた。


『説明せよ』


「真実は、“見る人の数”だけあるの。

 誰かにとっては偽りでも、誰かにとっては救いになる。

 でも、その全部を否定したら――世界そのものが意味を失うわ」


 彼女の言葉が、静寂の中にすっと染みていく。


「だから、“自分の信じる真実”を選ぶこと。

 それが、私たち人間の生き方なんだと思う」


 長い沈黙のあと、ミーミルは静かに首を垂れた。


『……認めよう。

 知とは、答えを見つけることではなく、問い続ける意志に宿る。

 その光、確かに見た』


 塔の壁が光に包まれ、宙の書が一斉に開く。

 光の文字が泉となって中央に集い、静かに水面が生まれた。


 ――それが、“ミーミルの泉”。


『我が名はベルダンディ。この泉を司る女神』


 柔らかな声とともに、光の中から一人の女性が現れた。

 銀糸の髪が水面と溶け合い、時そのものが彼女を形づくっているように見える。


「あなたたちは、メティスの遣い……で間違いないか?」


「はい。ビフレスト・アカデミーから参りました」

 エレニが一歩前に出て頭を下げる。


『先ほどの答え、見事であった。

 お前たちは“今この瞬間”の知を得たのだ。

 覚えておきなさい――

 “真実”とは、答えではなく、歩みの中にあるものだと』


 泉の光が三人の足元を照らす。

 その輝きは穏やかで、確かに未来へと続いていた。


「……これが、“知識の試練”……」

 リオが小さく呟く。


「次は、“戦”の試練。スクルドの泉ね」

 エレニの瞳に、決意の光が宿る。


『スクルドの泉は――今、ハデスによって封印されている』


「なぜ、ハデス様が……?」

 ジーノが驚きの声を上げる。


『私にもわからぬ。だが、封印を解かねば未来は閉ざされる。

 行くがよい。“選びゆく者たち”よ』


 泉の光が彼らを包み、世界が再び動き出す。

 氷の風が止み、空に淡い光が満ちていく。


 ――胸の奥で、まだ答えぬ“問いの光”が、確かに輝いていた。

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