表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シングルマザーが転生した冒険者は女神様でした!  作者: 珠々菜
世界樹編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/67

40話 上層の試練―枯れ枝の世界樹


 転移したアイアスとディオは、”虹の橋ビフレスト”の入口に立っていた。


 頭上には七色の光がゆるやかに流れ、空間そのものが震えている。

 ここは“上層”へ通じる唯一の門。

 余程の権威と認可がなければ、転移すら許されない聖域だ。


 ――その時。


 静寂を切り裂くように、低く響く声があった。


「……よく来たな、アイアスにディオ」


 光の霧の中から現れたのは、神々の門番・ヘイムダル。

 白銀の鎧をまとい、背には虹色の槍が浮かんでいる。

 その存在だけで、威圧されるのだった。


「ビフレスト学園長――メティス様から話は聞いている」

 彼の声は冷静でありながら、どこか親しみを含んでいた。


「やぁ、ヘイムダル」

 アイアスが軽く片手を上げて応じる。


「今日も相変わらず厳重だな。通してもらえるか?」


 ヘイムダルはわずかに眉を動かした。

 虹の橋の表面を指で叩くと、七色の光が波紋のように広がっていく。


「上層は今、静かすぎる。

 “何か”が眠りを妨げられたようだ――気をつけろ」


 その言葉に、ディオの表情が引き締まる。


「了解。メティス様の命で、世界樹の異変調査に来た。

 俺たちが戻るまで、橋の制御は頼む」


 ヘイムダルは静かに頷き、槍を掲げると、

 天に走る虹がまばゆい光を放ち、橋の形を成していく。


「――行け、アカデミーの勇者たちよ。神々の道は、いま開かれる。

 しかし、虹の橋は偽りを映し出す。もしその心に邪なものがあれば、

 ビフレストの光はお前たちを拒むだろう」


 七色の光が二人を包み込むと、世界が淡く揺らぎ始めた。

 橋の先に広がるはずの空間が、一瞬、過去の断片を映し出す。


 アイアスの視界に、幼い日の自分が笑う姿が浮かぶ。

 だがその表情は次の瞬間、誰かの苦しむ顔へと歪んだ。

 ディオの耳に、仲間の声が遠くで囁く。

 だがそれは、かつて味わった裏切りの記憶を呼び起こす声でもあった。


「……これは……俺の記憶……? 違う……誰かの……?」

 アイアスの心がざわつく。視界の揺らぎに抗おうとしても、光は意志に関係なく侵食してくる。


 虹の橋は、二人の心に眠る恐怖や後悔を断片として映し出していた。

 上層への扉は開かれているが、同時に心の奥底が試される。


 現実と幻が入り混じる中、彼らは上層への一歩を踏み出す

 しかし、その一歩は、己の記憶と心の揺らぎを同時に乗り越えねばならない試練でもあった。


「ディオ、これは試練だ。俺たちがなすべき事が、何なのか考えろ」

「はい!」


 七色の光に包まれ、二人の足元が揺らめく。

 現実と幻が入り混じる中、アイアスは目の端に異様な影を捉えた。


 霧のように揺らめく光の中で、鳥の羽のようなものがちらつく。

 その形は徐々に鮮明になり、鋭い爪と翼を持つ異形――ハーピーの姿へと変わった。


「……っ、何だ……あれは!」

 ディオの声が緊張に震える。

 ハーピーの目は、人の心を覗き込むかのように赤く光り、羽ばたくたびに虹の橋の光を歪ませる。


「気をつけろ、幻覚だけじゃない……実体もある」

 アイアスは剣を構える。

 橋の光はまだ揺らぎ、彼らの視界に過去の記憶や恐怖を映し出すが、敵の存在は確かに現実だった。


 ハーピーが一声鋭く鳴き、空中で急降下する。

 その翼の風圧が橋の光を巻き込み、足元の石を粉塵に変えた。

 ディオは即座に盾を構え、アイアスの剣が光をまとって閃く。


「――来るぞ!」

 二人は幻影と現実、過去の記憶の揺らぎを同時に振り払い、戦闘態勢を取る。

 虹の橋の上、上層の試練は早くも最初の異形と出会った瞬間だった。


 ハーピーは鋭い爪を振りかざし、空中で急降下してきた。

 その羽ばたきで虹の橋の光が乱れ、周囲の景色が過去の記憶や恐怖の断片と交錯する。


「見ろ、アイアス! あれ、俺の……」

 ディオは一瞬、遠くの幼い日の自分の姿を見た気がして動きを止めそうになる。

 だが、現実の敵がすぐそこにいる――意識を引き戻さねば。


 アイアスは剣を握り直し、目の前のハーピーを正確に見定める。

「油断するな! 記憶に惑わされるな!」

 彼の声がディオの耳にも届き、盾の手に力が戻る。


 ハーピーが再び急降下。爪が二人の真上で交差する。

 その瞬間、アイアスは剣を振り、ハーピーの翼に光の一撃を叩き込む。

 だが、光が揺れるたびに、橋上の景色は断片的な幻影に変わり、敵の位置感覚を狂わせる。


「くっ……影に惑わされるな!」

 ディオは盾で衝撃を受け止め、反撃のタイミングを計る。

 ハーピーは巧みに羽を翻し、二人の動きを試すかのように上空を旋回する。


 戦闘は次第に心理戦の様相を帯びてくる。

 橋の光が断片的に過去の記憶を映し出し、二人の判断を揺さぶる。

 幼い日の後悔、かつての敗北、仲間の悲鳴――幻影と現実の境界が曖昧になる中で、冷静さを保つことが戦術の鍵だった。


「俺が囮になる。翼を狙え!」

 アイアスは意図的に幻影の中へ踏み込み、ハーピーの注意を引きつける。

 その隙にディオが盾を前に押し出し、光の突進で翼の付け根を狙う。


 ハーピーの動きが一瞬鈍る。

 その隙にアイアスの剣が翼を貫き、光の衝撃が橋を震わせる。


「よし、今だ!」

 ディオが追加の一撃を放ち、ハーピーは悲鳴を上げながら後退した。

 橋の光が再び安定し、断片的だった幻影も薄れていった。


 二人は互いに呼吸を整え、足元の橋に立つ。

 ハーピーの影を振り切り、橋を渡りきった二人は、ついに上層の中心――世界樹の枝先へ辿り着いた。


 光に包まれた枝先は、天界の空気をまとい、神々の力を宿しているはずだった。

 だが、視界に映る世界樹は、期待に反して異様な姿をしていた。


 枝先の葉は色を失い、幹は所々ひび割れ、枝先は乾きかけていた。

 空気にはわずかな腐敗臭と、かすかな魔力のざわめきが混じる。


「……これは……」

 アイアスは息を呑み、手で枯れかけた葉を触れた。

「生命の流れが……止まりかけている」


 ディオも異変を確認し、眉をひそめる。

「報告が必要だ。メティス様に、すぐ……」


 二人の背後に広がる光はまだ美しいが、枝先の異変は明らかだった。

 このまま放置すれば、上層の安定も、虹の橋の安全性も脅かされる。


 アイアスは振り返り、ディオと目を合わせる。

「戻ろう。現場の詳細を正確に伝えなければ――」


 虹の橋を逆に渡りながら、二人は戦闘と幻視の余韻に思いを巡らせる。

 過去の記憶がまだ脳裏をちらつく中、枯れかけた世界樹の枝先を報告する責任感が、

 二人の背中を押した。


 やがて橋を渡り切り、光が安定する。

 上層の試練の一部を確認した二人は、急ぎアカデミーへの帰路に就いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ