39話 出発式
朝霧がまだ窓を白く染める時間。
学院長室には緊張と静謐が満ちていた。
金と蒼の旗が壁にかかり、中央の円卓には、
選抜された調査隊メンバーたちが静かに並んでいた。
机の奥――杖を手に座るのは、メティス学院長。
彼女の瞳は、古代の叡智を宿したように澄んでいる。
隣には、アテナ、ディアーナ、そしてアルテミス。
女神であり教官でもある彼女たちは、無言で学生たちを見つめていた。
メティスが杖の先で机を軽く叩く。
――キィン、と、空気を切るような音が鳴った。
「世界樹の内部は、神々でさえ立ち入ることを禁じた領域だ。
魔力の奔流、幻視、記憶干渉……未知の現象が渦巻く。
だが――」
彼女の声がわずかに柔らぐ。
「恐れることはない。君たちは叡智と勇気をもって、その先を拓く者たちだ。
アカデミーの名に懸けて、必ず帰還せよ」
沈黙のあと、アテナが一歩前に出る。
淡い金髪が微かに揺れ、鋭い瞳が学生たちを射抜いた。
「上層部の調査はアイアスとディオに任せる。
“天の層”では強い魔力干渉が発生する可能性がある。油断するな」
「了解です」
アイアスが頷く。その瞳には冷静な炎が宿っていた。
「通信機は常時起動。異常があれば即座に報告を」
ディアーナが続けて柔らかく微笑む。
「下層――“三つの泉”はエレニ、ジーノ、リオが担当ね。
浄化作用のある大切な場所、繊細な観察が必要よ」
「俺たち、真ん中か」
ジーノがぼそっとつぶやくと、ディアーナがくすっと笑う。
「ええ。バランスの中心には、柔軟で勇気のある者が必要なの」
エレニは緊張したまま頷いた。
「……了解です。必ず異変の根を突き止めます」
最後にアルテミスが一歩前へ。銀の髪が光を受けて流れる。
「冥界層はメリノエとマカリア。
“タルタロス”まで降りる可能性もある。だが、冥界の神々はあなたたちに好意的よ」
「了解です、アルテミス様」
マカリアが胸に手を当てる。メリノエも静かに頷いた。
メティスが再び杖を掲げる。
「全隊員、出発準備を。転移は三分後――各陣に配置せよ」
学生たちが敬礼し、光の転移陣へと向かう。
青、緑、そして黒の魔法陣が、順に輝きを増していった。
エレニは一瞬だけ振り返る。
学院長室の奥で、アテナが静かに微笑んでいた。
その瞳の奥には、不安と誇りが入り混じっている。
(――必ず、帰ってきます)
光が彼女を包み、姿がかき消える。
静まり返った学院長室には、朝霧だけが残っていた。




