38話 出発前の昼下がり
―魔道具技術工房―
ストス先生の工房には、金属の香りと薬草の匂いが混ざっていた。
歯車が唸りを上げ、魔力の光がチカチカと瞬く。
エレニたちは、時間の“いたずら”と“セレナ”の存在について一通り報告を終えた。
「自分の知らないところで、そんな事が起こっていたとはな……」
ストス先生は腕を組み、深くうなずく。
「このままでは、世界樹の調査に支障をきたします。
この指輪を解析して、複製を作れませんか?」
リオが冷静な口調で言う。
「ふむ、どれどれ……。その指輪をみせてみなさい」
エレニが指輪を差し出すと、ストス先生は魔道ルーペを取り出し、光を当てた。
紫がかった魔力の輝きが、指輪の表面を滑る。
「ほう……時の紋か。素材はアダマントに――ポルクス粒子を練り込んであるな」
「先生、できそうですか?」
「ふっ、誰に聞いておる。これくらいで音を上げる俺ではないぞ」
自信満々なその言葉に、ジーノが小声でつぶやく。
「……でも先生、昨日も失敗して爆発してなかったっけ?」
「聞こえてるぞ、ジーノ!!」
ごちん☆と拳骨が落ち、ジーノの頭にきれいなコブができた。
「いってぇぇぇ……!」
みんながクスクスと笑う。
その光景に、マカリアが吹き出し、メリノエも口元を押さえる。
「先生、怒るときの声が一番響きますね」
「こら、メリノエまで!」
笑い声が工房の奥に弾んだあと、ストス先生は照れ隠しのように咳払いをした。
「アカデミーの時計塔も、これで守らねばならん。――任せておけ!」
―アカデミー食堂―
昼の鐘が鳴り、食堂の天窓から柔らかな陽光が差し込む。
広いホールには、スープの香りと焼き立てパンの甘い匂いが広がっていた。
「今日は“風と陽光の祝福ランチ”だってさ!」
ジーノが、嬉しそうに席に着く。
「名前からしてオシャレね」
エレニが微笑むと、マカリアが肩をすくめる。
「見た目が可愛くても、味が保障されてるとは限らないよ?」
「おいおい、料理人に刺されるぞ」
ジーノが笑う。
「でも今日は当たりですよ。パンの香りがいいですもの」
メリノエが穏やかに言う。
テーブルに並ぶのは、白鶏のソテーに光麦のバターライス、
そして蒼いキャベツのコールスロー。
どの皿も魔力の粒を含み、淡い輝きを放っていた。
「いただきまーす!」
ジーノが勢いよくフォークを刺す。
「……相変わらず食うの早いな」
アイアスが苦笑しつつ席に着く。
「アイアス教官が一緒に食堂とは珍しいですね」
ディオがパンをちぎりながら微笑む。
「明日の出発の前に、調査隊の皆に伝えておきたいことがある」
アイアスの低い声に、空気が少しだけ張り詰める。
彼は昨夜の“時間の異変”と“セレナ”の存在について話した。
「……どうして、エレニが狙われたんでしょうか?」
メリノエの問いに、エレニは小さく息を整える。
「今まで黙ってたけど、実は――」
「ゼウス様がお父様なんでしょ?」
メリノエがあっさりと言った。
「えっ!? 知ってたの?」
「やっぱりね。入学式の時から感じてたのよ」
「そんなに分かりやすかった?」
「オーラが違うの。それに、胸元のペンダント。ゼウス様の紋章が入ってるわ」
「おいおい、それはもうバレバレだろ」
ジーノが苦笑し、アイアスが額を押さえる。
「まぁ、今さら隠す理由もないっと言いたいところだが
今の所は、このメンバーと先生たちの間だけの秘密な。
とにかく……エレニは神の血と“雷の権能”を宿している。
だからこそ狙われる。
だが同時に、世界樹の調査も急がねばならない。くれぐれも油断するな」
アイアスは、ポケットから小さな箱を取り出した。
「それから――これはお守りと思って身に着けておけ」
中には、ストス先生が手掛けたばかりの魔道通信機と時対抗の指輪が入っていた。
「ストス先生、もう完成させたんですね!」
「さすが職人だな」
「昨日爆発してたのに!」
「ストス先生に、また殴られるぞ」
笑いがこぼれる中、アイアスは続けた。
「通信機はアテナ先生にも繋がる。何かあったら即座に報告しろ」
「はい!!」
全員が声を揃えた。
エレニは手の中の指輪を見つめ、静かに微笑む。
その光は、昼の陽光よりも少しだけ――温かく感じられた。




