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34話 冥界のお土産

 夕陽が沈み、アカデミーの尖塔が群青色に染まるころ。

 石畳の廊下を抜けた先にある大食堂では、いつもより穏やかな空気が流れていた。

 昼間の緊迫した会議の余韻がまだ胸の奥に残っているものの、

 温かな灯りと、漂うスープの香りがそれを少しずつほぐしていく。


 長いテーブルの中央に、エレニ、リオ、ジーノ、ディオ、

 そして冥界から戻ったばかりのメリノエとマカリアが並んで座っていた。


 エレニが手を合わせる。

「今日も、一日お疲れさま。――いただきます」


 ほっとした声があちこちから返る。

 食堂の魔法ランプがゆらめき、各テーブルには温かな料理が並んでいた。

 白いパン、根菜のスープ、ハーブ焼きの魚、そして蜜漬けの果実。

 学園特製の献立は、味だけでなく“魔力のバランス”を考えた癒しの食事でもあった。


 リオがスプーンを手に、ふと笑った。

「まるで嵐の前の静けさだな。

 明後日から、それぞれ別の場所へ向かうんですね」


 ディーノが苦笑する。

「なに言ってるんだよ。どうせ、すぐ戻ってくる!そしたら、またみんなで飯が食える!」


 エレニは少し寂しそうに微笑む。

「……みんなで同じ食卓を囲む時間、意外と大切なのかもね」


 その時、マカリアが立ち上がった。

 彼女は淡い紫の袋を抱えており、少し照れたような笑みを浮かべている。

「実はね、今日、冥界からちょっとしたお土産を持ってきたの。

 メリノエと一緒に探してたのよ、出発の前にみんなに渡したくて。」


 メリノエが続けた。

「“冥界菓子店アンダーヴェイル”っていう、向こうでは有名なお菓子屋さんなの。

 ちょっと変わってるけど、味は保証するわ」


 テーブルの上に、小さな包みが並べられる。

 包み紙は夜空のように黒く、銀糸で魔法陣のような模様が描かれていた。


 ディオが目を丸くする。

「……お菓子? 冥界のお土産って、なんだか響きが怖いんだけど」


 マカリアがクスクスと笑った。

「そんなこと言って、食べたらきっとハマるんだから」


 まず、メリノエが透明な瓶を差し出した。

 中には淡く青い光を放つ小さなキャンディが詰められている。


「これは“コキュートス氷結キャンディ”。

 コキュートス川の近くに生息するハーブを使った飴で、

 舐めると冷気を感じ、更に光るの!

 そして、心がすごく澄んで、思考がクリアになるのよ。

 でも、舐めすぎは注意!透明になっちゃうよ」


 エレニが一つ手に取り、光にかざした。

 透き通るような青。まるで凍った涙のように美しかった。


「……すごい、こんなに綺麗なお菓子があるなんて」


「透明人間も悪くないかも……」


「ジーノは、イタズラに使いそうだから、少ししかあげない!」

 マカリアが、たしなめる。


 メリノエが小さく微笑む。

「冥界って、暗いイメージを持たれがちだけど、本当は“静かな色”が多いの。

 このキャンディも、哀しみじゃなくて“安らぎ”の味なのよ」


 次にマカリアが、白い花の形をしたクッキーを配る。

 ふんわりとした香りが広がり、食堂の空気が少し柔らかくなった。


「これは“アスフォデロス花クッキー”。

 冥界の野原に咲く花の粉を練り込んであるの。

 ほんの少しだけ夢見が良くなるおまけ付き」


 ディオが早速一口かじる。

「……うわ、香りがすごい。甘すぎないのに、なんか懐かしい感じがする」


 リオも頷きながら言う。

「口の中に光が咲くっていうか……冥界にこんな優しい味があるなんて、意外です」


 マカリアが笑った。

「“死”って、終わりじゃなくて“静かな休息”だから。

 その穏やかさを、味にしてみたの」


 少し沈黙があって、やがてみんなが同時に笑った。

 氷結キャンディの涼やかな音、クッキーのほろほろと崩れる音が重なり、

 それがどこか心を癒すような静かなリズムを奏でていた。


 ジーノが冗談めかして言う。

「これが、冥土の土産ってやつか!」


「いやいや、逆だろ!」

 ディオが即座に突っ込むと、笑いが弾けた。


 メリノエがいたずらっぽく返す。

「ようこそ、“静寂の味”の世界へ」


 皆が笑う中、エレニはそっと瓶の蓋を閉め、手の中で握りしめた。

 青い光が指の間から漏れ出し、彼女の心の奥に小さな炎を宿す。


(母にも、いつか食べさせたいな……。

 この味なら、きっと少しでも安らげるはず)


 そんな思いを胸に、彼女は微笑んだ。


 静かな笑い声、青い光、夜の色を映す窓。

 ――その夜の食堂には、戦いの前の穏やかな時間が満ちていた。

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