33話 世界樹調査隊ー結成
ービフレスト・アカデミー学園長室ー
エレニたちは思っていたよりも早く呼び出され、緊張の面持ちで扉の前に立っていた。
重厚な扉をノックする音が、廊下に響く。
「失礼します」
アイアスが扉を開くと、部屋の中にはすでに数人の姿があった。
大理石の床に淡い光が反射し、中央には円卓。
その上には世界樹の立体魔法図が浮かび、青い光の線が脈動している。
深紅のローブをまとい、ブロンドの髪を後ろで束ねた女性――学園長メティスが、静かにその光を見つめていた。
彼女の周囲には、魔法学のアテナ、植物学のディアーナ、剣技教官のアルテミス、そしてアイアスが並んでいる。
「これで全員、揃いましたか?」
メティスの声は穏やかだが、空気を支配する威厳があった。
「はい、メティス学園長」アテナが一歩進み、頭を下げる。
エレニ、リオ、ジーノ、マカリア、メリノエ、そしてディオが席に着く。
若き生徒たちの顔には、緊張と期待が入り混じっていた。
メティスはゆっくりと立ち上がり、浮かぶ世界樹の映像に手をかざす。
枝の上部は淡く光を放っているが、根の部分は黒い靄に覆われていた。
「……これが、いまの世界樹の状態です」
静寂が落ちる。
「生命の循環を司るこの樹に、確かな“滞り”が生じています。
レダ様を蝕んでいる毒も、この異変と無関係ではないでしょう」
ディアーナが補足するように前へ出た。
「学園の研究班によると、三つの泉――“ウルズ、ミーミル、フヴェル”に異常値が確認されました。
これらはいずれも、かつて三人の女神によって世界樹と結ばれた循環の要。
その一柱でも崩れれば、樹はゆっくりと死に向かうのです」
「……つまり、三つの泉を調べ、女神たちの力の均衡を取り戻す必要がある、ということか」
アイアスの声が低く響く。
メティスは頷いた。
「ええ。そして、その調査を担うのが――あなたたちです」
円卓の光が強くなり、青と金の紋章が浮かび上がる。
それぞれの名前が刻まれた席に、淡い魔力の光が宿った。
「上層――神々の領域で枝先を調査するのは、アテナ、アイアス、ディオ。
中層――現世の循環を司る地帯は、エレニ、リオ、ジーノに任せます。
そして冥界の根の末端を探るのは、メリノエとマカリア。
あなたたちの出身地でもありますね」
マカリアとメリノエが目を合わせ、静かに頷いた。
「冥界の動きは、いままで以上に慎重に進めます」マカリアが答える。
「ええ。ペルセポネ様にもご協力をお願いすることになるでしょう」メティスが微笑む。
エレニが席を正し、真剣な眼差しで尋ねた。
「メティス先生……もし世界樹がこのまま衰え続けたら、どうなってしまうんですか?」
一瞬の沈黙。
メティスは目を伏せ、重く口を開いた。
「世界の循環は途絶え、生命の誕生も再生も止まります。
時間すらも流れなくなるでしょう。
……この世界は、“止まった永遠”に沈む」
エレニの胸が締めつけられた。
その瞬間、リオが隣で彼女の手をそっと握る。
「大丈夫。僕たちが必ず止める」
エレニは小さく頷いた。
アルテミスが剣の柄に手を添え、低く言う。
「上層の調査には神界の結界が張られている。通過するだけでも相応の力が要る。
……アイアス、任せてもいいな?」
「もちろんだ」アイアスは短く答えた。
その目には覚悟の光が宿っていた。
アテナが穏やかに言葉を添える。
「世界樹の記録によれば、三つの泉を護る女神たちは“過去”“現在”“未来”を司る存在。
特に“未来”の女神は長らく消息不明。そこに異変の根があるかもしれません」
「三つの試練……」
エレニが小さく呟く。
「確か、図書館で”守護”、”知識”、”戦”の試練があるって……」
「そう、その三つの試練が鍵となるかもしれません」ディアーナが頷いた。
「そして、根の末端は冥界でも更に最下層、”タルタロス”になります。
かなり、危険な調査になると思います」
メリノエとマカリアは目を合わせる。
マカリアは少し笑って答えた。
「大丈夫。冥界の暗さには慣れてますから」
その明るさに場の空気が少し和らいだ。
メティスは全員を見渡し、ゆっくりと両手を広げた。
部屋の光がさらに強まり、魔法陣が床に描かれる。
「この任務は、世界の均衡を取り戻すためのもの。
あなたたち一人ひとりの力が必要です。
――どうか、互いを信じ、決して諦めぬように」
全員が立ち上がる。
青白い光が彼らの身体を包み、胸元に小さな世界樹の紋章が浮かび上がった。
「これは、アカデミーより授与する“循環の印”です。
それぞれの泉に近づけば、共鳴して道を示すでしょう」
リオがその輝きを見つめながら呟く。
「世界樹の声を……感じられる気がする」
「ええ。あなたたちの魂が、それに応えているのです」
メティスの声は静かに、しかし確かに響いた。
「――行きなさい。ビフレストの名に恥じぬよう」
扉が開かれる。
風が吹き込み、光が揺れた。
エレニたちは振り返り、学園長へ深く一礼する。
「必ず、世界を取り戻します」
その言葉に、メティスは穏やかに微笑んだ。
「あなたたちならできるわ」
扉が閉まる音が静寂の中に響く。




