32話 動き出す世界と冥界菓子店アンダーヴェイル
夜が明けはじめ、セレニアの森には淡い霧が流れはじめていた。
幻想の国は、朝になると現実の世界に溶ける。
屋敷の外壁も、まるで夢の名残のように、少しずつ透明になりつつあった。
暖炉の前では、レダが静香に眠っている。
彼女の頬にはまだ青白さが残り、細い指先まで血の気が薄い。
毒は消えず、まるで彼女の中で冬が留まっているかのようだった。
「解毒の魔法も、使えない……」
ジーノが小さく唸る。
「ええ」リオが頷く。
「今は、“生の循環”そのものを止める毒。
つまり――世界樹が弱っている限り、浄化の流れも滞ったまま」
アイアスが静かに腕を組んだ。
「世界樹に異変がある……ただの兆しでは済まされぬな」
エレニは母の手を握った。
その温もりが、今にも指の隙間から零れてしまいそうで。
「お母さまを助けるには、世界樹を……回復させるしかないのね」
「アカデミーに戻ったら、世界樹の調査を学園長に掛け合おう」
アイアスの声が落ち着いて響く。
「それから、ここの護衛の強化も必要だ。ゼウス様には私から伝えておく」
「ありがとう……」
エレニは小さく頷いた。
決意を帯びた瞳の奥に、母への想いが宿る。
「では、すぐにアカデミーへ転移しよう」
「はい」
彼女は最後に母の額へ手をかざす。
「フィロラ、お母さまをお願い。必ず戻ってくるから」
「承知いたしました。お目覚めになられたらお伝えしておきます。……どうか、ご無事で」
「ありがとう」
家から出ると、エレニは杖で彼らを包み込む。
そして、転移の魔法陣がゆっくりと輝き出した。
――セレニアの霧が、完全に朝陽に溶ける頃だった。
★ ★ ★
そのころ、メリノエとマカリアは休日を利用して冥界へ帰省していた。
「お母さま、これ、アカデミーのお友達が作ってくれたの!」
「果実のソーダよ。ほら、小さい泡が光るの!」
「まぁ……素敵ね。冥界にはない色だわ」
ペルセポネは微笑み、娘たちの成長を静かに見つめた。
「お友達ができたのね」
「うん!みんな優しいんだよ、冥界出身でもぜんぜん平気!」
「ふふ……それは良かったわね」
「それじゃあ、街に行ってお土産を探してくるね!」
「おやおや、忙しいのね」
母の言葉に、二人は手を取り合って笑った。
――アスフォデロスの街。
白い花が風に揺れ、薄い光が漂う通りの一角に、その店はあった。
【冥界菓子店 アンダーヴェイル】
黒曜石の看板には、淡い銀の文字が刻まれている。
扉を開けると、温かな甘い香りが、冷たい冥界の空気を溶かすように広がった。
店内には、沢山の不思議なお菓子が並ぶ。
「この街に来るのも久しぶりね」
「お土産、何がいいかなぁ……」
「この香り……! チョコの奥に、花の匂いが混ざってる!」
マカリアはショーケースに顔を寄せた。
中には淡く光る黒いケーキが並んでいる。
「タルタロス・ナイトケーキ。苦いけど、あとから甘いんだって」
メリノエが説明札を読み上げると、マカリアの目が輝く。
「買う! あと、これ! コキュートス氷結キャンディ!」
「舐めすぎると透明になるやつね?」
「うん、でも綺麗だからいいの!」
メリノエは笑って、次の棚を見た。
「アスフォデロス花クッキー……。お母さまにもこれがいいかも」
「優しい味だし、冥界の花の香りだもんね」
ふたりは仲良くバスケットを持って歩き回る。
その時、メリノエが立ち止まった。
「……ねえ、今、あそこを通った子見た?」
「え?どこ?」
「エレニに、すごく似てたんだけど……」
「えー?エレニは今、リオの故郷に行ってるって言ってたよ?」
「……そう、だよね」
「それに、冥界出身や死者以外は簡単に冥界に入れないのよ?」
「気のせいか……」
マカリアが笑って肩をすくめる。
「気のせい気のせい!さ、早く買おう!」
「うん……!」
二人は笑い合いながら店を出た。
けれど、彼女たちの背後で――
ウィンドウに映る少女の姿が、霧のように消えていった。
その瞳は、確かにエレニに似ていた。
けれど、その奥にあったのは――冷たい夜の光だった。
★ ★ ★
エレニたちは転移魔法でアカデミーへと戻った。
空間が収束し、見慣れた白い尖塔が霧の中から姿を現す。
到着するや否や、アイアスは学園長への報告を申し出た。
そして、急遽開かれた緊急会議――。
円卓の間には、学園長メティスを中心に、
魔法学のアテナ、植物学のディアーナ、剣技のアルテミス、そしてアイアスが集まっていた。
メティスが口を開く。
「皆さんも既に感じているでしょう。
この世界の根幹をなす“世界樹”に異変が起きています。
また、レダ様の毒による不調も急を要します。
この二つは、恐らく同一の根を持つ問題。
アカデミーから正式に“世界樹の調査隊”を派遣したいと思います」
ディアーナが続く。
「生徒たちの研究記録を照合した結果、今回の異常は“三つの泉”と“三人の女神”に関係している可能性が高いようです」
「三つの泉……そして、三人の女神?」
アイアスが問い返す。
「はい。その存在を突き止めたのは、エレニたちでした」
アルテミスが頬に手を当てた。
「だが、世界樹の異変を完全に解明するには、上層――神界の枝と、
地下――冥界の根、双方の調査が必要だろう」
「ええ、ですから各階層に分け、数名ずつの調査隊を編成したいのです」
ディアーナが頷いた。
メティスが静かに頷き、アテナへと視線を向けた。
「アテナ先生、適材適所の人員を選定してください。
この調査は――極秘扱いでお願いします」
「承知しました」アテナが立ち上がる。
「それぞれの資質を考慮し、次の構成を提案します」
世界樹の調査隊として選ばれたのは…
上層部:アイアスとディノ
下層部:エレニ、リオ、ディーノ
冥界地下:エリノエ、マカリア
「選ばれた者たちには、後ほど園長室で説明を行います」
メティスが宣言する。
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