31話 母を尋ねて
森の外れ――月光を正面から受ける白い屋敷が現れた。
蔦の絡まる石造りの壁。
他の家々よりも古く、静かな気配をまとっている。
「ここが、レダ様のお屋敷です」
アイアスが低く告げる。
エレニの胸が、どくん、と高鳴った。
(お母さま……)
アイアスが軽くノックをすると、扉が静かに開く。
そこには、小さな妖精フィロラが出迎えてくれた。
「ようこそ。遠いところおいで下さいました。私はフィロラ、レダ様にお仕えしてる妖精です。
どうぞ、お入り下さい」
フィロラに導かれて一行は屋敷の中へ。
暖炉の火が穏やかに揺れ、妖精たちが薬草を煮ていた。
ほのかに甘い香りが漂い、外の冷気がふっと和らぐ。
「レダ様、お客様がお見えになりました。お通ししてよろしいですか?」
「ありがとう、大丈夫よ…。お通ししてあげて」
透き通る柔らかな声が、奥の部屋から聞こえた。
その響きに、エレニの胸がまた締めつけられる。
(こっ……この声……私、覚えてる)
そう、この世界に……転生する直前に聞いた。
『大丈夫だよ…』
部屋に入ると、そこには薄いピンク色の髪を束ねた女性がいた。
横になったまま、微笑みを浮かべている。
肌は透き通るほど白く、まるで月光そのもののようだった。
「はじめまして、エレニです…」
エレニの声は、震えていた。
「あなたが……エレニ…私の娘なのね」
その瞬間、時間が止まったようだった。
エレニの目に涙が溢れ、彼女は迷わず駆け寄った。
「はい……お母さま!お母さま、私…」
レダはゆっくりと手を伸ばし、エレニの頬を包む。
「あなたの瞳……私と同じ色ね。愛しい子……やっと会えた。
そうよ…。あなたは、強い子。あなたの魂が私を呼んでくれた」
レダのその言葉で、エレニは全てを理解した。
言葉よりも先に、心が通じた。
母と娘。長い時を越えた再会だった。
だがその幸福の裏で、リオは静かに眉をひそめた。
(匂い?霧?どこかおかしい…)
リオは、周囲に気を付けながら見渡す。
「お母さま、体調はいかがですか?」
エレニが心配そうに尋ねる。
棚の上で、手のひらほどの小さな妖精がひらひらと舞う。
「レダ様は、無理をしすぎるんです!」
明るい声に、空気が一瞬和らぐ。
しかしその直後、コツコツと靴音を鳴らして居間のほうからケット・シーが現れた。
艶やかな黒い毛並みに、紅い瞳――。
「レダ様、もうお休みの時間では?」
その瞳が、一瞬、ぎらりと光る。
「私は、レダ様にお仕えしておりますミストと申します」
ミストは低く頭を下げ、丁寧に微笑んだ。
だが、アイアスはすぐに剣の柄に手をかけた。
「……レダ様に仕える妖精は、フィロラ一人と聞いていたが?」
「最近、雇われたのです」
ミストは柔らかく答える。
「レダ様はお疲れのご様子ですから、今夜はお休みいただきたく――」
「おかしい」リオが低く呟く。
「ケット・シーの足音は、あんなに重くない」
「な……?」とジーノが振り返る間に、リオのレイピアが閃いた。
刃先がミストの喉元に届く。
「何者だ」
部屋の空気が一気に凍りついた。
ミストは、一瞬だけ紅い瞳を光らせた。
だがすぐに笑みを作り、首をかしげる。
「……どういうことでしょうか、“月下の予言師”」
「ほぅ…。私の事も調査済みという事か」
「答えろ」
リオの眼差しは鋭いまま動かない。
レイピアの刃先が、かすかに月光を反射してミストの喉元を照らす。
「うまく化けたつもりだろうが、ケット・シーは音を立てて歩いたりはしない。
そして、紅の瞳を持つ者もいない」
「ふふふ…。それぞれ癖もありますし、瞳は特異体質なので仕方ありません」
「ならば、そなたから香る毒薬は何だ?」
「毒!!?」
レダ、エレニ、フィロラが目を合わせた。
「まさか、この毒に気づくなんて。はぁ…これだから鼻の利くケット・シーは困る」
ミストの瞳が細くなる。
次の瞬間――
バッ――!!
ミストの身体から黒い霧が噴き出した。
「下がれ!!」アイアスが叫び、エレニの前に立つ。
霧の中、ミストの輪郭が歪み、耳が裂け、黒い羽が生えた。
漆黒の妖精
「我が名はアルプ。女神ヘラ様に仕える影の使い」
「ヘラ!?」
アイアスが剣を抜き、即座に構えた。
「ハハハ…だが、役目は果たした」
アルプが、影になり消えていく。
「待て!!!」
リオが踏み込む。
だがレイピアの刃は空を切り、影は窓の外へ飛び去る。
ジーノが窓際に駆け寄り、怒鳴った。
「くそっ!逃げやがった!」
リオは剣を下ろし、深く息を吐いた。
「……追っても無駄だ。あれは“影渡り”を使った。奴のほうが速い」
その背後で、レダが苦しげに咳き込んだ。
「お母さま!」
エレニが駆け寄る。
リオが膝をつく
「毒の気配があります……衣類から」
「ミストが持ち込んだ服だわ!」フィロラが叫ぶ。
「フィロラ、お母さまに湯浴みを。私の服を代わりに着せてあげて。
前の服はすべて焼いて!」
「かしこまりました!」
妖精たちが急ぎ動き、湯を沸かし、香草を混ぜる。
アイアスは警戒を解かず、扉の外で剣を構えたまま立っていた。
「油断するな。アルプは影を渡る。まだ近くにいるかもしれん」
「了解」
ジーノが頷き、窓際を見張る。
エレニは母の手を握りしめた。
「お母さま……もう大丈夫。私がいますから」
レダは微笑み、かすかに頷く。
「あなたが来てくれて……本当に、よかった」
炎の明かりが、母娘をやさしく包み込む。
外では、風が止み、霧の中に月が静かに浮かんでいた。
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