25話 ヘラの狙い
三人は、転移魔法を使いアカデミーの広場に戻った。
足元の芝生を踏みしめるたび、芝生の香りが増す。
エレニは息を切らして顔を上げる。
「アテナ先生か、アイアスが居ればいいんだけど…」
「ほんとだな。あの二人にも、通信機渡せばよかったぜ」
「とりあえず、本部に行ってみましょう」
リオの冷静な一言に従い、三人は天幕の並ぶ演習本部へと急ぐ。
本部では、アルテミス、アテナ、アイアスが待機していた。
「先生!!」
「エレニ、もう戻ってきたの?」
思った以上に早い帰還に、アテナが目を見開く。
「早いご帰還だな」
「何か、問題でもありましたか?」
アイアスの低い声に、エレニは肩で息をしながらうなずいた。
「……その前に、少し落ち着きなさい」
アルテミスが水差しを差し出す。
三人はそれを受け取り、一息ついてから報告を始めた。
「森の奥に、封印された洞窟があったの…。その中に魔獣がいる様子で……。
最初の扉を開けたら、さらに奥にもう一枚、封印された扉がありました」
ジーノが腕を組む。
「あの気配、尋常じゃなかった。まるで魔力が全部吸い込まれてい来ような感じだった」
リオが続ける
「しかも、封印の表層にはヘラ様の封印が…。おそらく、解こうとした痕跡です。完全に開放はされませんでしたが、封印は歪み、精度が落ちていました」
「そのせいか、私が触ったら最初の封印が溶け、扉が開いてしまって…」
アルテミスとアテナ、そしてアイアスの三人は互いに目を合わせる。
張り詰めた空気が、幕の中をゆっくりと流れた。
テナは最後に、エレニへと視線を戻した。
「あなたたちはよく戻ってきたわ。――私はゼウス様のもとへ行って確認してきます」
アテナの背に、金の光がふっと揺らめいた。
彼女の姿が光の粒となって消えると、残された三人は無言で顔を見合わせた。
ーー上層階 ゼウスの間ーー
玉座の間の扉の前に立ち、彼女は一度だけ深呼吸をした。
「入れ、アテナ」
重厚な声が響き、天が鳴る。
扉が自ら開き、眩い光があふれ出した。
そこにいたのは、世界の支配者。
雷を纏う王、ゼウス。
金の椅子に腰かけながら、手元の書簡をひらひらと弄んでいる。
が、その姿はどこか――くつろぎすぎていた。
久しいな、アテナ。そんな顔をしてやって来るとは……また面倒ごとでも持ち込んだか?」
「……相変わらず察しが早いですね、父上」
アテナが苦笑する。。
「さて、今回はどんな災厄だ?
またポセイドンの魚が暴走したか、ヘルメスの悪戯か、それとも――」
「ヘラ様です」
ピシッ。
その一言で、空に雷鳴が響く。
ゼウスの顔が、ほんの一瞬ひきつった。
「……ヘラ、だと?」
「はい。エレニのチームが“封印された洞窟”を発見しました。
封印は古代神代式。表層にヘラ様の印章がありました。
……どうやら、封印を“解こうとした”形跡が」
「ふむ、森の封印が……歪んでおるのか」
「はい。おそらくヘラ様の介入です。完全な解除は失敗しているようですが、
封印が不安定になり、いつ崩れてもおかしくありません」
「ヘラめ、また妙なことを……」
ゼウスは眉をひそめながらも、葡萄をもぐもぐと口に運ぶ。
アテナが小声でため息をつく。
「……その顔で説得力を台無しにしておられます」
「よいではないか。神も腹は減る」
「神であっても謁見中に軽食はやめてください」
「おぉ、アテナよ。まるでヘラのように口うるさい」
「……。」
「ふっ、冗談だ。」
雷がぱちりと弾け、ゼウスの瞳が真剣な色に変わる。
「恐らく、その洞窟にいる魔獣とは…。オピオタウロスだ」
アテナが驚く。
「オピオタウロス…。
まさか古の神話に出てくる禁獣……?」
「そうだ。あいつの内臓を火で焼いた者は、”神をも倒す力を得る”」
ゼウスは顎のひげを触りつつ続ける。
「…あやつも、そこまで愚かになったか」
「ヘラ様は、あなたの玉座を――」
「奪う気だろう。いつものことだ」
ゼウスは苦笑し、葡萄を口に放り込む。
「だが今回は、少々冗談では済まぬな。
あの封印を解くには、神と妖精と人間の血が必要なのだ。
そして、あの神獣を一人で倒さねばならない」
ゼウスは重く言い、視線をアテナに向ける。
「ゆえに、この討伐は――エレニに託すしかあるまい」
アテナはうなずく。
「彼女なら、雷を宿す神の血、ケット・シー“リオ”を通した妖精の血、そして人間の血の三つを兼ね備えています」
ゼウスは豪快に笑いながらも、目は真剣そのものだ。
「うむ。彼女に任せるぞ、アテナ。オピオタウロスの討伐は、彼女にとって大きな試練となるだろう。
……そして、ヘラの企みを未然に防ぐためにもな」
アテナが軽く頭を下げる。
「承知しました。地上に戻り次第、エレニに任務を伝え、二つ目と三つ目の扉を開く方法も指導します」
ゼウスは再びくすりと笑った。
「そうだな……娘よ、楽しむがよい。雷を纏う者の戦いぶりを、我も楽しみにしているぞ」
アテナは肩をすくめ、微笑む。
「父上……それは、かなりプレッシャーですが」
ゼウスは雷の閃光をぱちりと弾けさせ、部屋中に光を散らした。
「ふはははっ! プレッシャーこそが、神をも超える力を呼ぶのだ!」
アテナは小さくため息をつき、光の粒となって姿を消す。
玉座の間には、雷の残光とゼウスの笑い声だけが残った。




