15話 アカデミーの準備
窓から、朝の木漏れ日と共に小鳥のさえずりが聞こえる。
居間には、整えられた荷物が置かれていた。
エレニは杖を磨き、リオは荷物の最終確認をしている。
家の前で、ペガサスの羽音が聞こえる。
扉を開けると、そこに立っていたのは…いつもの鎧姿ではない私服姿のアイアスだった。
「おはよう。エレニ」
「あれ?アイアス!?朝からどうしたの?しかも、今日は、鎧ではないんですね」
柔らかい風に、彼のロングコートがなびく。
いつもの厳粛な印象とは違い、どこか柔らかく街の青年のような雰囲気だった。
「ふっ、アテナ様にから”地上に行くなら少しは空気を読め”と助言されてね」
「アテナ様が?」
「地上の方々に囲まれると鎧や祭服では浮いてしまうからね」
「た、確かに」
アイアスは僅かに笑い、魔法バッグから荷物を取り出す。
「さて……これが入学準備物です。ビフレスト・アカデミーより正式に支給されたもの」
机の上に並べられたのは、アカデミー紋章入りの封筒、そして小さな金属製の徽章、制服の入った箱がそれぞれ3人分置かれた。。
「この徽章は“入学証”。門を通過する際に必要になります。
紛失すると入学初日から“補講”の対象ですので――お気をつけて」
「補講……!?」エレニが眉間にしわを寄せる。
「アカデミーの“初日補講”って、なんだか嫌な響きですね」
「経験者の顔を見れば一目瞭然ですよ」
「経験者?」
「私です」
リオが小さく吹き出し、その後誤魔化すかのように咳払いをする。
エレニとジーノもくすくすと笑う。
「封筒の中には、寮の鍵も入っております。それからーー」
アイアスは少し笑みを浮かべ、包みの中から小さな木箱を取り出した。
「ゼウス様から、エレニ様にと」
「お父様から?」
木箱を開くと、中に小さな稲妻の模様が描かれたペンダントが入っていた。
淡い光を帯び、触れると微かに温かい。
「綺麗……」
「これは、雷魔法の制御を助ける護符です。アカデミーでは力の制御を誤ると周囲に影響を及ぼすことがありますから。」
「…そうか。私の魔力を抑えるために」
「抑えるというより、”導く”ためと言うほうが正しいです」
アイアスが優しく微笑む。
「力は、恐れるものではなく、使いこなすものですよ」
フィーロがそっと、エレニの肩に手を置く。
「良かったわね、エレニ。お父様の想いがこもっているのね」
「うん…。大切にする」
「ただ、アカデミーには多くの神々の子が通っています。あなたの力を不用意に見せないよう、しばらくは“雷の魔法”は封印しておいてください」
エレニは深呼吸をして、頷く。
「うん。分かった」
「それから、制服を試着してみてください。サイズが合わないと困りますので」
机の上に置かれた大きな箱を開けてみる。
「わぁ~。素敵…」
上品な生地とデザインにうっとりしてしまう。
「似合いそうですよ、エレニ様」
「そうかな?じゃあ…ちょっと着てみるね」
リオが微笑んで頷くと、エレニは隣の部屋へ行き着替えを始めた。
しばらくしてーー
「……どうかな」
少し恥ずかしそうにして現れたエレニに、アイアスもリオも一瞬、言葉を失う。
彼女の柔らかい雰囲気とよく似合っていた。
「馬子にも衣裳だな」
「はいはい。まだまだ未熟者ですよー」
エレニとアイアスのやり取りに、リオとジーノが苦笑する。
アイアスが、小さく眉を寄せる。
「おい……ボタンがひとる外れている」
「えっ、どこ!?」
エレニが慌てて胸元を見下ろす。
「まったく…。動くな」
アイアスが一歩、彼女の前に立つ。
長い指先で外れた金ボタンを留めながら。彼の顔がほんの少し近づいた。
(わ、わ……ちょっ、近い…!!)
頬がふっと赤く染まる。
アイアスは気づかぬふりで淡々と手を動かす。
「これでよし。……お前はもう少し落ち着いて行動しろ」
「は、はい……」
「まったく、天然にもほどがある」
皮肉めいた口調だが、だがどこか優しさがにじむ。
リオは、少し苦笑しながらも
「……お二人とも息が合ってきましたね」
「な、なにそれ!?そんなことないし!」
エレニは慌てて制服のしわを伸ばす。
アイアスはわずかに口元を緩めた。
「ふっ。アカデミーではもう少しマシに見えるようになれ。……雷の継承者がボタン外れたままでは様にならん。」
「うぅ、気をつけます!」
そのやりとりにリオがくすっと笑う。
「心配はいりませんよ。アイアス様がいれば、エレニ様のボタンはすぐに戻りますから」
「ちょっとリオ!それ、恥ずかしいんだけど!!」
「まぁ…どうか、楽しいアカデミー生活を。課題の締め切りを守る限りは、平穏ですので」
ジーノが後ろでぼそっと呟いた。
「それ、一番むずかしいんだが…」
「全く同感です、」リオが即答した。




