12話 虹の橋ビフレスト
空はどこまでも高く青く澄みわたり、あたり一面が白い霜に覆われた高原に出る。
その霜は太陽の光を受けて虹色に輝く……ビフレストの近くまで来た。
冷たい風が頬を撫でた。
空を見上げると、薄い雲の間から七色の光がゆるやかに地上へ降り注いでいる。
その光こそが、神々の世界へと続く虹の橋ビフレスト。
エレニはその壮麗さに思わず息を呑んだ。
「これが……神界への道……」
リオは長い尻尾を揺らしながら、真剣な眼差しで周囲を見回す。
「ここを通るには、神々の許しが必要です。簡単には渡れませんよ」
その時、静寂を切り裂くように、低い声が響いた。
「よく来たな、地上の者たち」
虹の根元、黄金の門の前に立つ男
大きな体に白銀の鎧に身を包みむーー神々の門を守る者、ヘイムダル。
「私はヘイムダル。このビフレストを守護する者だ。
ゼウス様のもとに向かう理由を述べよ。さもなくば、一歩も通すことはできぬ」
アテナが一歩前へ出た。
その姿には、女神としての威厳と気迫があった。
「我らはゼウス様の命により来た。ここを通すのだ」
ヘイムダルは眉をひそめる。
「……女神アテナ、お前ほどの者がなぜ、凡俗を伴っている?」
アテナは振り返り、エレニたちを見る。
「彼女はエレニ。世界樹の異変に関わる“選ばれし者”だ」
エレニは緊張を隠しきれず、胸の前で手を握りしめた。
「わ、私は……ただの修行者です。でも、ゼウス様に聞かなければならないことがあるんです」
ヘイムダルは無言のまま、じっと彼女の瞳を見つめた。
その眼差しは心を見透かすように鋭い。
沈黙を破ったのは、ジーノだった。
「通してもらおうじゃねぇか、門番さん。俺たちは争いに来たんじゃない。ただ話がしたいだけだ」
リオが冷静に口を挟む。
「ジーノ、もう少し言葉を選んでください」
「はは、悪ぃ悪ぃ。緊張してるんだよ」
軽口を叩きながらも、ジーノの手は剣の柄に添えられていた。
ヘイムダルはわずかに目を細め、再び口を開く。
「……お前たちの心、確かに見た。
虹の橋は、偽りを映し出す。もしその心に邪なものがあれば、ビフレストの光はお前たちを拒むだろう」
アテナは静かに頷く。
「覚悟はできている」
「ならば進め、エレニ。お前たちの真実が試される場所だ」
ヘイムダルが槍を掲げると、天に走る虹がまばゆい光を放ち、橋の形を成していく。
風が巻き起こり、七色の道が神界へと延びた。
エレニは一歩、橋へと足を踏み出す。
七色の光が足元で揺れ、ビフレストは幻想的な輝きを放っていた。
橋は揺らぐことなく空に延び、雲の間を縫うように神界へと続いている。
エレニは慎重に足を踏み出した。
「……こんな橋、本当に渡れるのかしら」
手に汗を握り、足元の光を見つめる。
アテナは静かに横に立ち、優しく微笑んだ。
「恐れなくていいわ。心を偽らなければ、この光はあなたを拒まない」
リオは少し前を歩き、警戒を怠らない。
「橋は幻想的ですが、油断は禁物です。何が起きてもおかしくありません」
一方、ジーノは笑いながら言う。
「はは、俺には眩しすぎるぐらいだな。でも、こういう道も悪くない」
風に髪をなびかせ、橋の光を跳ね返すように歩く姿は、まるで冒険を楽しむ少年のようだった。
橋を進むごとに、光が揺らめき、時折過去や心の断片が映し出される。
エレニの視界に、幼い頃の記憶、初めて雷魔法を使った瞬間、眠った妖精との日々、リオとの出会い…。
胸が熱くなるが、足は止めない。
ジーノもまた、少年時代に失った父の姿が光の中に映る。
「……ふっ、見せられたか。でも今の俺はもう、違う」
彼は剣を握り直し、橋の揺れに負けず前に進む。
リオは冷静に橋を見渡しながら、少し口を開いた。
「エレニ様、ジーノ、全員の心が揃っていることを確認しましょう。橋は正直です」
エレニは深呼吸して、仲間たちと目を合わせた。
「行きましょう。ゼウス様に会いに!」
アテナは頷き、橋の光に溶けるように歩き出す。
「ええ、全員揃って渡るのよ。これが、あなたたちの試練の第一歩」
虹の光が全身を包み込み、七色の輝きの中で仲間たちは確かに一つの意志で前に進む。
神々の世界、ゼウスの間までは、あと少し。




