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シングルマザーが転生した冒険者は女神様でした!――猫と娘と世界を救う物語  作者: 織田珠々菜
神々の戦い編

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113話 時空を裂く決戦 ―唯一の“今”

 

 クロノスの瞳が、氷のように冷たく光った。


 次の瞬間――

 世界が、きしんだ。


 空間が歪み、戦場そのものが“逆回転”を始める。

 放たれた矢は、空中で軌道を反転し、弦に戻る。

 展開された魔法陣は、紋章をほどかれ、光の粒子へと分解されていく。


 踏み出した足は、地面に縫い留められたかのように戻され、

 振り下ろされた剣は、斬撃になる前の構えで静止した。


 ――攻撃が、存在しなかったことにされていく。


「ならば――こうするまでよ」


 低く、冷たい声。


 空間が“折り畳まれ”、次の瞬間には

 クロノスの腕の中に、レイの小さな身体があった。


「レイ!!」


 仲間たちの叫びを、クロノスは一瞥で切り捨てる。


「エレニーーー!!!」


「うるさい。羽虫め!!」


 その言葉と同時に、時空が再び軋む。

 世界は前に進むことを拒否し、すべてを“可能性”の段階へと押し戻す。


「やめて!!!!」


 エレニは叫びかけ――

 だが、言葉が声になる寸前で、喉が凍りついた。


(だめ……!

 ここで焦ったら、レイを守れない……)


 深く息を吸う。

 雷鳴のように暴れかけた感情を、胸の奥へ沈める。


「……レイを離して」


 震えを押し殺し、エレニは真っ直ぐにクロノスを見据えた。


「代わりに……私を」


 クロノスの口元が歪む。


「ほう。女神が身代わりとなるか」


 ――その表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。


 カチリ。


 世界のどこかで、歯車が噛み合う音。


 エレニの足元に、雷が走った。

 一本ではない。

 幾重にも分岐する稲妻が、地を焼き、空を裂き、巨大な魔法陣を描き出す。


「今だ!」


 同時に、レイの指輪が淡く光った。


 時間が――一瞬だけ、逆流する。


 その刹那。


 リオの影が、爆発的に広がった。

 影は地面を這い、空間の“継ぎ目”へと食い込み、クロノスの足元を縫い止める。


「――無駄だ」


 クロノスが力を解放しようとした、その瞬間。


 アイアスが踏み込む。

 神代の戦争をくぐり抜けた剣が、空気を裂き、時の残滓を断ち切る。


「おおおおっ!!」


 ジーノの一撃が重なる。

 一度は無効化されたはずの攻撃。

 だが“今”この瞬間に選ばれた刃は、確かにクロノスの身体を掠めた。


 雷が、落ちた。


 否――

 雷ではない。


 “選択”そのものが、世界を貫いた。


 轟音と閃光。

 空間が焼け、時間の断片が蒸発し、

 クロノスの身体に――初めて、明確な傷が刻まれる。


「……面白い」


 爆炎の中、クロノスは一歩、後退した。


「だが覚えておけ。

 “時”は、未だワシのものだ!!」


 ――だが、その言葉には、確かな揺らぎがあった。


 そして。


 時間が、完全に止まった。


 音も、風も、雷の余韻すらも。

 世界は一枚の絵のように凍りつく。


 動いているのは、クロノスただ一人。


「……やはり、この程度か」


 彼は悠然と歩き出す。

 砕けた大地を踏みしめるその足取りは、

 戦場を進む者のそれではない。


 ――玉座へ向かう、王の歩みだ。


「未来を背負う者よ」


 低く、よく通る声。


「貴様らは“今”に縛られすぎている」


 指先が、軽く鳴る。


 それだけで――

 仲間たちの身体に、見えない鎖が絡みついた。


「っ……!?」


 動かない?


 いいや、正確には――

 動こうとした“意思”そのものが、過去へ引き戻されていた。


「時間停止ではない」


 クロノスは淡々と告げる。


「“選択肢の否定”だ」


 その言葉が、世界に落ちる。


「行動に至る前の思考を切り捨てる。

 結果として、貴様らは――何も選べぬ」


 ゆっくりと、彼の手がレイへと伸びた。


「レイ!!」


 エレニの叫びは――声になる前に消えた。


 喉が震えるより前。

 感情が言葉になる、その“手前”へと巻き戻される。


(……っ)


 残っているのは、思考だけ。


(このままじゃ……誰も……)


 クロノスは、レイの顎を掴み、軽々と持ち上げた。


「恐れるな」


 穏やかな声だった。


「この子は鍵だ。壊しはせぬ」


 クロノスはそう告げ、

 ゆっくりとエレニへ視線を向ける。


「だが――貴様は違う」


 時空が、裂けた。


 無数の未来が、ガラス片のように宙へ浮かび上がる。

 倒れる仲間。

 崩壊する世界。

 すべてを失い、独り立ち尽くすエレニ。


 そして――

 もう一つの未来。


 戦いのない日常。

 穏やかな家。

 誰かの隣で微笑む、人間のエレニ。


 クロノスが低く囁く。


「お前は、まだ迷っているだろう」


 静かな断定。


「この先の未来を……」


 エレニは、言葉を失った。


「……」


 クロノスは続ける。


「ワシには、わかる」


 一歩、距離を詰める。


「おまえは女神ではなく、人間で生きたかったはずだ」


 胸の奥が、微かに痛んだ。


「人間として……」


 思わず、エレニの口から零れる。


 クロノスは、逃さない。


「人間として、穏やかな生活を望んでいたのではないか?」


 ガラスの未来が、鮮明になる。


「愛する者と結ばれ、

 結婚をし、子を産み、育てる未来もある」


 一瞬、アイアスの姿が重なった。


「ヘラの陰謀に巻き込まれることもなかったであろう」


「まさか……」


 エレニの声が、かすれる。


「さぁ……」


 クロノスは、嗤った。


「お前はどうする。

 何を選ぶ?」


 ――私が、人間として生きる……?


 胸に浮かぶ、甘い可能性。


 アイアスと、人として生きる未来。

 戦いのない日々。


「エレニ……」


 レイの小さな声。


「エレニ!! 惑わされるな!!」


 アイアスの叫び。


 その瞬間、エレニの中で何かが、はっきりと定まった。


(いいや……違う)


 静かに、だが確かに。


(そんなんじゃない)


 心の霧が、晴れていく。


(私が選ぶ未来は、決まってる)


 レイと、リオと、

 そして――自分を支えてくれたすべての人と生きること。


(世界を守るって、決めた)


 女神か、人間か。


(どちらも、私だ!!)


 唇を噛みしめ、エレニは顔を上げる。


(苦難があろうが、なかろうが)


(未来を切り開き、選ぶのは――私!!)


「クロノス……!!」


 雷鳴のような声。


「あなたが言ってくれたおかげで、ようやくわかったわ」


 クロノスの瞳が、細まる。


「ほぅ……ならば」


 エレニは、はっきりと笑った。


「ふふ……勘違いしないで」


 足元に、雷が灯る。

 小さく、しかし確かな光。


「私の未来は、私の手で切り開く!!」


 雷光が、魔法陣を描き出す。


「選ぶのは――あなたじゃない!!」


 視線が、真っ直ぐに突き刺さる。


「――私よ!!!」


 迸る稲妻が、過去と未来を貫いた。


 止められていた時間が、軋みながら再び動き出す。


「な――」


 クロノスの支配が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。


 その刹那。


 レイが、クロノスの腕から飛び出し

 エレニの指輪に触れる。


「……ママ」


 小さな声。


 ――時が、完全に動いた。


「今だ!!」


 仲間たちの声が、重なる。


 剣が振るわれ、魔法が放たれ、雷が落ちる。

 完璧な連携ではない。


 だがそれは――

 “今を生きる者たち”の全力だった。


 爆炎の中、クロノスは一歩、後退する。


「……面白い」


 その口元に、確かな笑み。


「神に抗う資格は、あるらしい」


 だが、腕を振る。

 空間が歪み、クロノスの姿が薄れていく。


「時は必ず、代償を求める……」


 その表情に、もはや余裕はない。

 だが敗者の色もない。


 低く、世界に染み込む声。


「時とは循環だ。

 始まりも終わりも、すべてはワシの掌の上」


 彼が一歩踏み出すたび、過去と未来が軋む。


 仲間たちは身構えるが――

 その瞬間。


 空気が変わった。


 “時間の流れ”とは、異なる何か。


 それは圧でも力でもない。

 ――ただ、訪れるべき瞬間。


「……そこまでだ、クロノス」


 澄んだ声が、戦場に落ちた。


 空が裂けるのではない。

 今という一点が、正しく定まる。


 そこに立っていたのは、時の質を扱う神。


 白と金の衣をまとい、

 その瞳は、過去でも未来でもなく――

 今だけを映していた。


「カイロス……!」


 エレニが息を呑む。


「……迷子のお嬢さん。また会ったな」


 クロノスの表情が、初めて歪んだ。


「……貴様か。

 “選ばれし瞬間”の神が、なぜここに」


 カイロスは静かに告げる。


「理由は一つだ」


 一歩、前へ。


「お前は“時”を支配した。

 だが――瞬間を侮った」


 クロノスが嗤う。


「戯言を。

 瞬間など、時の断片に過ぎぬ」


 だが。


 カイロスは首を振った。


「違う」


 その言葉と同時に、

 エレニの指輪が強く光る。


「瞬間とは――

 すべてが決定される“唯一の今”だ」


 雷が落ちた。


 否、雷ではない。


 選択そのものが、世界を貫いた。


「な――っ!?」


 クロノスが時を巻き戻そうとする。


 だが、戻らない。


 未来も、過去も、掴めない。


「ばかな……ワシの時が……」


 カイロスは杖を掲げる。


 その先に浮かぶのは、黒き深淵。


 ――タルタロス。


「クロノス。

 お前は敗れたのではない」


 静かな宣告。


「選ばれなかったのだ」


 影が渦を巻き、

 時間そのものを縛る鎖となる。


 それは“流れ”ではない。

 終わりへ至る一瞬。


「やめろ……!

 ワシは時だ!!

 時そのものなのだ!!」


 初めて、叫びが混じる。


 だが、エレニが一歩前に出た。


「違う」


 真っ直ぐな声。


「時は、生きるもののもの。

 支配するものじゃない」


 レイが、エレニの手を握る。


 その小さな温もりが、決定打だった。


 ――カチリ。


 世界の歯車が、正しい位置にはまる。


「これが、終端だ」


 カイロスの杖が振り下ろされる。


 タルタロスの闇が口を開き、

 クロノスを呑み込む。


「エレニ……

 時は……必ず……」


 最後の言葉は、闇に溶けた。


 深淵が閉じる。


 完全な静寂。


 ――クロノスは再び、

 タルタロスへと封じられた。


 永劫の牢獄へ。


 戦場に、風が戻る。


 空が、正しく流れ始める。


 カイロスは振り返り、エレニを見た。


「よく選んだな」


 穏やかな微笑。


「女神ではなく、

 “生きる者”として」


「……ありがとう」


 エレニは、そう答えた。


 カイロスは、すでに消えかけている。


「覚えておけ」


 最後の声。


「世界を救うのは、

 力でも未来でもない」


 ――今をどう生きるか。


 その言葉を残し、

 瞬間の神は去った。


 エレニは空を見上げ、

 胸に手を当てる。


 時間は、流れている。


 確かに。


 自分たちのものとして。

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