112話 雷神と破壊神の激突
果樹園の地面に、テュポーンは動けぬまま立ち尽くしていた。
無常の果実の力で身体を縛られ、百の頭が苦悶の呻きを上げる。
その瞬間、轟雷と共にゼウスが舞い降りた。
天空を裂く雷霆が、周囲の大地に閃光を落とす。
「テュポーン……ここまでだ!」
ゼウスの声が大気を震わせる。
「くっ……! 雷なき神王の癖に……!」
百の頭を振り乱し、巨神は怒号を放つ。
ゼウスは杖を構え、全身に雷霆を纏う。
その瞳には、神王としての覚悟と冷徹な決意が宿る。
「これ以上、世界を蹂躙させはしない!」
振りかざした雷霆が、天より地へ落ちる。
それは単なる雷ではない。
神王ゼウスの全力――雷霆の一撃。
轟音と閃光が混ざり合い、百の頭を焼き尽くす。
テュポーンはよろめき、大地に倒れ込む。
「ぐ……っ……!」
身体が炎に包まれ、火の熱気が周囲の岩や土を溶かしていく。
「ストス!!タルタロスに封じ込めるのだ!!」
待ち構えていた、ストスは己の手で手掛けた巨大なハンマーで地面を打った。
みるみるうちに、火の熱気が周囲の岩や土を溶かしテュポーンの身体が炎に包まれた。
ぐあああああああああああああああ!!!!!!!!
絶叫と共に、その炎の熱気は、ストスが鍛えた鉄をも熔かすほどで、
果樹園の地面をことごとく溶解させ、
溶ける大地に足を取られテュポーンは自身の力で立ち上がることもままならない。
「タルタロスへ帰れ!!二度と戻るな!!!」
ゼウスは雷霆を再び振るい、炎に包まれた巨神を押し流す。
テュポーンの身体は炎と溶解した大地ごと、深淵の檻――タルタロスへと投げ込まれた。
地面が震え、残された空間に静寂が訪れる。
燃え尽きた炎の煙の中、ゼウスはゆっくりと握りしめた雷霆を下ろす。
「……やっと、終わったか」
全身に力を入れずとも、神王の存在感は圧倒的だった。
* * *
クロノスの足元に、黒い影が絡みつく。
それは鎖の形を取り、逃げ場を封じるように地へ縫い留めていた。
次の瞬間、転移の光が連続して弾ける。
エレニ、レイ、アイアス、そしてジーノ――
全員が一斉に合流した。
「リオ、もう手ぇ出したのか!? 早えよ!!」
ジーノが叫ぶ。
「好機を逃す理由はありませんからね」
涼しい声で、リオは影の鎖をさらに締め上げる。
「……ほう」
クロノスの瞳が細められた。
「お前ら、このワシを――
コケにするつもりか!!!」
怒声とともに、時そのものが軋む。
その瞬間だった。
ジーノは迷わなかった。
腰のホルダーから短剣を抜き放ち、全力で投擲する。
「くらえっ!!」
短剣は一直線にクロノスへ――
否。
途中で、失速した。
空気に絡め取られたかのように、
勢いは急激に削がれ、刃は宙で震える。
クロノスが、杖も振らず、ただ指先で触れた。
――ザリッ。
金属音とともに、短剣は一瞬で赤錆に覆われ、
次の瞬間、粉となって崩れ落ちた。
「くっ……!!」
ジーノが歯噛みする。
「小僧」
クロノスは低く、嗤う。
「その程度で、
時の神たるワシに勝てると思ったか?」
「なんだと!!」
ジーノは即座に腰の剣を抜いた。
「ジーノ! よせ!!」
アイアスの制止も届かない。
踏み込み、斬りかかろうとした――その瞬間。
「……っ!?」
身体が、進まない。
いや、違う。
「な……なんだこ……れ……」
(押し戻されてる? いや……逆だ。戻されてる……!)
踏み出したはずの足が、
気づけば元の位置にある。
剣を振り上げたはずの腕が、
振り下ろす前の状態へと引き戻されている。
時間が、巻き戻されている――
局所的に。
「ふん……」
クロノスは、ジーノの手元に光る指輪へと視線を落とした。
「その指輪か」
杖の先が、ゆっくりと向けられる。
「ワシの“流れ”に抗っているのは…… 邪魔だな」
空気が、凍りつく。
時を操る神の前で、
戦いは――まだ、始まったばかりだった。




