10話 ゼウスへの謁見
ギルドに戻った私たちは、ギルド受付に行く。
「岩場のモンスターウルフ討伐完了しました」
「おお!お疲れさん!」
「それから、これが分別回収した戦利品です」
カウンターの上に戦利品をドサッと置くと、漠然とした達成感と共に、身体の疲労がじんわり襲ってきた。息はまだ荒く、額の汗が冷えている。心臓はまだ早鐘のように打ち続け、手先の震えが完全には止まらない。
「結構あるな…って、な、なんだ!!こりゃあ!!」
マスターの声がギルド内に響く。
「オ、オ、オ、オ、オルトロスの皮じゃないか!!!」
「シー! シー! シー!!!!」
「あぁ、す、すまんつい大声だしちまった」
「Sランクが居たなんて大きい声だしたら、みんなビビっちまうぜ!」
「確かにそうだな……。倒した後の戦利品とはいえ、手が震えるな……。こんな貴重な品を見るとは思わなかったぞ」
奥からアテナ先生が歩み寄った。
「なんだか、ただならぬ様子ね」
「アテナ様、ご無沙汰しております」
「あら、アイアスじゃない。どうしてここまで?」
「実は、彼女たちが魔物退治してた所にオルトロスが現れたんです」
「冥界入口にいるはずの、あいつが?」
アテナ先生も、驚いた表情だった。
「はい」
「アイアスさんが、居なかったら危険でした」
「とにかく、みんな無事で良かったわ」
「先生とアイアスさんは、お知り合いなんですね?」
「えぇ、彼らパラディンは神や女神に使える聖騎士団だからね」
「アテナ様は、最近ずっと下層階にいらっしゃるので、お会いするのは久しぶりですね」
「彼女は、私の弟子というか、妹のような感じかな。色々教えてあげてるの」
「はい、先生にはとても助けられてます!」
「フフフ。いい娘でしょー」
「マスター、後ほど回収品と手当の分配をお願いします」
「わかった」
「それじゃ私たちは、お昼を食べますね」
「いってらっしゃい」
「リオ、ジーノ、お弁当食べよう」
「かしこまりました」
「もう、ハラペコだぜー」
「とこで、アテナ様。彼女なんですが…」
「綺麗な子でしょ? 手出したらだめよ~」
「何言ってるんですか……。それより本当に、ただの人間の冒険者なのですか?」
「あー……。やっぱり気づいた?」
「一緒に、オルトロスを退治したのですが、彼女の雷魔法の威力はゼウス様に匹敵するほどの威力でした」
「そっかぁ……」
「それに、ケット・シーも連れていますし」
「このことは、内密にしててくれる?私は一度、上層階に行ってお父様に会いに行くから……」
「かしこまりました」
「アイアスさん! お腹空いてない? 一緒にお弁当食べませんか?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」
「沢山あるから、遠慮しないで!」
「お茶をお淹れしますね。」
ー上層階ー
この世界は、世界樹を中心としており世界樹の根の部分が下層階で人間やが暮らしており
上層階は、世界樹の枝から上の部分になり神や女神たちが暮らしている。
また、世界樹の根より下、つまり地下部分は冥界となっていた。
アテナは神殿の回廊を静かに歩く。世界樹の枝を通じて降り注ぐ光が、長く赤い髪を揺らした。
ドアの前に立っている聖騎士に、謁見を申し出る。
――(お母さまは、いないわよね……?)
門の前に立つ聖騎士が、深く頭を下げる。
「アテナ様、ゼウス陛下に謁見の許可をいただいております」
「感謝するわ」
重厚な扉が、ゆっくりと開いた。
その奥に、玉座がある。
天を支えるような石柱の間、眩い光の中に、雷ゼウスが座していた。
「おお、アテナか! 相変わらず、説教くさい顔をしておる!」
開口一番、神々の父ゼウスは笑いながら言った。
玉座の上なのに、まるで宴席にでもいるかのような調子だ……。
「……お父様。せめて“賢き顔”とおっしゃってください」
「はっはっは! そうとも言えるな。いや、しかしだ……最近の神々は皆まじめすぎる。雷を放つよりも、ため息の方が多い!」
アテナは軽く咳払いし、話を戻す。
「お父様にお伺いしたいことがありまして参りました」
「おお、そうであったな。申してみよ。長話になるなら、葡萄酒を持ってこよう!」
「……いえ、結構です」
ゼウスは肩をすくめた。
「神々の話は酒抜きでは味気ないぞ」
アテナは一歩、玉座の前へ進み息を整える。
「お母さま――ヘラ様は今、どちらに?」
「カナートスの泉に行っておる。最近少し気が立っておってな、気晴らしに沐浴へ行かせたのだ」
「……そうですか」
心の中で、小さく安堵する。(今なら話せる)
「お父様、実は、私が幼い頃から導いてきたひとりの娘がいます。
その子は――尋常ならざる雷の力を持っているのです。
そして彼女は、ケット・シーの契約者でもあります」
ゼウスの眉がわずかに動いた。
「ほう……ケット・シー。あの毛玉どもは気まぐれだぞ。よく仲良くできたものだ」
(……毛玉とか、言い方が…)
「その娘の放った雷が、まるでお父様の雷のようだったと」
ゼウスの表情が、ふと静まる。
「……そうか。あの子が、ついに……」
「やはり、何かご存じなのですね」
ゼウスは玉座から立ち上がると一瞬で空気が張りつめた。
「――あの子は、レダとの間に生まれた娘だ」
その眼には、王ではなく、ひとりの父の苦悩が宿っていた。
「やはり……」
「ヘラに知られれば、あの子は生きてはおれん。
ゆえに私は、力を封じ、人間の家の前に置いたのだ」
「……赤子のまま、ですか?」
「ああ。だが、あの子には私の加護を与えた。そして、あの子の力は妖精と共に眠り、再び芽吹く時を待っている」
「……!」
アテナの胸が高鳴る。
(確か、初めてエレニに会った時、眠ったままの妖精がいると聞いたわ)
「しかし、おかしいな。その妖精はケット・シーではなかったはずだが」
「はい、幼い時から一緒にいる妖精は眠ったままで、まだ目覚めていません」
「それは、困ったな…」
「その妖精を目覚めさせるには――どうすれば?」
「世界樹の花蜜を与えれば、目覚めるだろう」
「世界樹の……花蜜?」
「世界樹が再び花を咲かせる時、生命の循環が戻る。花蜜は“魂の記憶”そのもの。あの娘の妖精を呼び覚ます鍵だ」
「……!」
「アテナ、彼女を連れてきなさい。私が直接、その力を見極めよう」
「承知しました。……お父様」
「ところで、レダ様は今どちらにいらっしゃるのですか…?」
「彼女は、下層階のケット・シーのセレネア王国で静かに暮らしている」
「ならば、彼女と共にいるケット・シーに聞けば何か知っていそうですね」
「あぁ…。アテナ…娘の名前は何というんだ?」
「エレニです。」
「エレニか…良い名前を授かったな…」
「それから、最近魔物が増えており先ほどオルトロスも出現しました」
「何?オルトロスだと?」
「魔物が増えていることで、何かご存じの事はありませんか?」
「もともとは、ハデスに防衛策として小規模の魔物を預けておったのだ。レダやエレニの安全のためにな。しかし世界樹に異変が起き、制御が効かず魔物が暴走しているようだ。しかし、それだけではない気がする。」
「そういう事でしたか……。承知ました。こちらでも、調べてみます。それでは、私はこれで失礼ます」
アテナは深く頭を下げる。
去り際、ゼウスが静かに言った。
「気をつけろ。ヘラには決して知られてはならぬ。――あの子は、神々の均衡を揺るがす存在だ」
アテナは振り返らず、扉の外へ歩き出した。
(慎重に、事を進めていかなければ…)




