105話 世界樹が立つ理由
朝の光が、アカデミーの食堂にやわらかく差し込んでいた。
長いテーブルの上には、湯気を立てる朝食が整然と並べられている。
焼き立ての星麦のパン。
ベリーと蜂蜜を添えたヨーグルト。
世界樹の枯れ枝で燻したソーセージ。
命脈根と月茸の滋養スープに、香り高いハーブティー。
「今朝のメニューは……三力回復、ってところか」
ディオが感心したように言う。
「三力?」
エレニが首をかしげると、
「気力! 魔力! 体力!!」
「……なるほどね」
くすくす、と小さな笑いがこぼれた。
「ディオ。昨日はありがとう。助けてくれて」
エレニがそう言うと、ディオは照れたように後頭部を掻く。
「いやぁ……正直言うとさ、
アレスに槍を投げる直前、手が震えてた」
「それでも、命中させました」
リオが淡々と評価する。
「そこが、流石です」
「でもさぁ」
ジーノが口を挟む。
「せっかくディオに助けてもらったのに、
エレニってば、そのあとエニオに刺されるんだもんなー」
「ちょっと!」
マカリアが即座に突っ込んだ。
「ジーノ、一言余計!」
「事実だろ?」
「事実でも言わなくていいの!」
食堂に、くすりと笑いが広がる。
「さあ、ちゃんと食べて」
メリノエが言った。
「今日も、厳しくなるわ」
「それで、エレニ。体調はどうだ?」
アイアスが、低い声で尋ねる。
「昨日、ゆっくり休めたから……だいぶ元気になったよ」
「無理はするな」
「そうね」
マカリアが頷く。
「今、癒しが使えるのはエレニだけなんだから」
「……みんな、ありがとう」
胸の奥が、ほんの少し温かくなる。
エレニは、そう感じていた。
* * *
ヘルメスが案内する一行が辿り着いたのは、
アレスとの戦闘が行われた世界樹の麓だった。
そこで目にした光景に、誰も言葉を失う。
かつて豊かだった大地は抉られ、
畑は荒れ、山は崩れ、森は焼け焦げている。
建物だけが、奇跡のように形を保っていた。
「……ひどい……」
誰かの呟きが、風に溶けた。
それでも――
世界樹だけは、そこにあった。
焦げてもいない。倒れてもいない。
天を突くように、静かに聳え立っている。
「ゼウス様は……」
ヘルメスが低く語る。
「世界樹だけは守ろうと、テュポーンを引き離して戦われていました」
(世界と……レイを繋ぐ、世界樹……)
エレニは、拳を握りしめる。
(お父様は……命を賭けて、守ってくれたんだ)
「……行こう」
そう言って踵を返そうとした、その時。
――ガサッ。
――ガサガサッ。
「誰だ!!」
世界樹の枝が揺れ、影が飛び降りてくる。
「……シルベア!?」
一体だけ残ったシルベアが、エレニの胸に飛び込んだ。
「……っ」
エレニは、そっと抱きしめる。
「みんなは……?
あなただけ、残ったの?」
シルベアは、小さく頷いた。
「……そっか……」
エレニの胸が熱くなり目を伏せた。
「みんな、頑張ってくれたんだね。ありがとう……」
「で、どうする?」
ジーノが言う。
「何言ってるの」
マカリアが即答した。
「連れて行くに決まってるでしょ」
「邪魔にならないかー?」
「シルベアは、立派な戦士です」
リオが静かに言う。
「私は、その活躍を見ています。
猫型じゃないのが、残念ですが」
「猫型って……」
エレニが苦笑した。
「……そっか」
ジーノは肩をすくめて笑った。
「じゃあ、決まりだな!」
エレニは、シルベアの頭に手を置く。
「一緒に行こう。……いいよね?」
シルベアは、頷いて応えた。
世界は傷つき、
戦いは、まだ終わらない。
それでも――
彼女たちは、前に進む。




