101話 呼び覚ませ
アカデミー医務室――
白い天井が、静かに揺れていた。
それが地震なのか、
それとも自分の視界が揺れているのか――
レイには、もう判別がつかなかった。
アカデミー医務室のベッド。
その上に、エレニは横たわっている。
顔色は、土気色。
雷を宿していたはずの身体から、熱が抜け落ちていた。
「……エレニ……」
呼びかけても、返事はない。
胸は、かすかに上下している。
けれど、それは命の証というには、あまりにも弱い。
「お願い……戻ってきて……」
レイは、必死に両手を重ねた。
世界樹の根が通る、この場所。
生命の流れが、最も濃く集まる場所。
――ここなら。
胸の奥が、焼けるように熱を帯びる。
怖い。
それでも、やめられない。
淡い緑の光が、レイの掌から溢れ出した。
春の芽吹きのような、柔らかな光。
「……お願い……」
何度も、何度も呼びかける。
けれど。
エレニは、目を覚まさない。
光は、確かに身体を包んでいる。
傷は塞がり、血も止まっている。
それなのに――
“魂”が、戻ってこない。
「……どうして……」
声が、掠れる。
世界が崩れる音が、遠くでしている気がした。
* * *
静かな場所だった。
戦場の音も、雷鳴もない。
ただ、柔らかな光が満ちている。
「……ここは……」
エレニは、自分が“立っている”ことに気づいた。
痛みはない。
身体は、驚くほど軽い。
その前に――
ひとりの少女が、立っていた。
自分と同じ色の長い髪。
月光のような微笑。
「……セレナ……?」
呼びかけると、彼女は静かに首を振った。
「エレニ。
ここは、あなたが来る場所じゃない」
その声は、優しく、けれど確かな拒絶を含んでいた。
「……でも……」
言葉を探すエレニに、セレナは一歩近づく。
「あなたは、まだ守らないと……」
その瞳が、どこか遠くを映す。
「……え?」
驚くエレニに、セレナは微笑んだ。
その声が、わずかに震える。
「今度こそ、
わたしに“光”を見せて」
――世界を、守って。
その言葉が、胸に深く落ちた。
「エレニ。
目を覚まして」
光が、強くなる。
「あなたが倒れたままじゃ、
この世界は――」
* * *
「……エレ……ニ……」
かすかな声がエレニの耳に聞こえる。
レイは、はっと顔を上げた。
エレニの指先が、微かに動いた。
「……え……?」
次の瞬間。
雷が、微弱ながらも、確かに走った。
心臓が、大きく跳ねる。
「エレニ!!」
エレニの瞼が、ゆっくりと持ち上がる。
その瞳に宿るのは――
まだ弱いが、確かな“雷”。
「……守らなきゃ……」
掠れた声で、エレニはそう呟いた。
同時に。
遠く――
世界が、再び大きく鳴動した。
神王と災厄の戦いは、まだ続いている。
だが、
地上には、確かに“戻ってきた雷”があった。




