98話 戦火の渦
エレニは、一歩も引かなかった。
雷を背負ったまま、
戦場の中央に立ち続ける。
(エ、エレニ!!!何故、あんなところに……)
前線にいたアイアスは、膝をついていた。
「……っ、硬すぎる……!」
盾に走る亀裂。
防ぎ続けてきた衝撃が、限界を越え始めている。
相手は、クロノス配下の重装兵。
時間歪曲の余波で、攻撃の“重さ”が異常だった。
(エレニが前に出ている今、ここを抜かせるわけには……!)
歯を食いしばり、再び盾を構える。
だが、腕が――震えていた。
一方、ゼウスの親衛隊を率いるレモンも、アレス軍を相手に戦っていた。
「ここから先は、何があっても通さん!!」
四方から集まってくる、無数のアレス軍兵士を相手に
自ら斧を振り回しては、なぎ倒した。
そして、世界樹の根元に、寄り添うよう置かれた木馬があった。
アレスが「ガラクタ」と切り捨てた物……。
木馬の足元に刻まれた微細な紋様が、淡く脈打つ。
誰も気づかないほどの、弱い魔力。
だが――
エレニの木馬が、応えた。
――ギ……。
軋む音は、戦場の喧騒に紛れる。
アレスが「くだらん」と切り捨てた木馬。
(いつの間に、ここに……?でも、チャンスだわ)
「起きて」
エレニが小さく呟く命令と同時に。
木馬の腹部が、音もなく展開する。
ポロポロと流れ出たのは――
クマのぬいぐるみ。
布の体。
丸い目。
だが、着地と同時に、
その瞳が一斉に光った。
「――シルベア隊、起動」
世界樹の根、枝、影の中から――
同じぬいぐるみが次々と現れる。
数十。いや、百を超える。
兵たちがざわめいた。
「ぬいぐるみ……?」
「なんだこれは……?」
――次の瞬間。
投擲槍が、エレニへ放たれた。
「エレニ!」
叫ぶ暇はなかった。
シルベアが跳ぶ。
小さな体で、エレニの脚に抱きつく。
淡い光が、球状に弾けた。
――ガンッ!!
槍は衝撃ごと弾かれ、地面へ転がった。
役目を終えたシルベアは、影へと溶ける。
兵が突き進もうとした、その足元にも――
別のシルベアが転がり込む。
見えない糸。
魔力の流れが縛られ、鎮静化する。
「なっ……!?
魔力が……!」
兵の声が、途切れた。
「数で潰せ!」
号令と同時に。
――ぽん。
一体が、二体に。
二体が、三体に。
「……何!? 増えただと?」
三体のシルベアが散り、
同時に護りの障壁が展開される。
斬れない。
突破できない。
守りが、戦場を止めていた。
「……面白い」
アレスが、低く笑う。
「守りを連鎖させるとはな」
エレニは、枝先を見上げた。
鳥籠の中。
レイが、こちらを見ている。
「待ってて」
エレニが翼を広げ、世界樹に沿って飛ぶ。
世界樹の枝先にある、籠へ辿り着いた瞬間、影からリオが姿を現した。
「エレニ様!」
「ありがとう……この籠ね。
鳥籠を魔道具として牢にしたのね……」
エレニの杖から、魔法が走る。
鳥籠の魔力と扉が解除され、中からレイが飛び出してきた。
「エレニーー!!」
「レイ!!」
泣きながら、レイが抱きつく。
「必ず来てくれるって……信じてた」
「当たり前でしょう」
――この瞬間を、アレスは見逃さなかった。
「馬鹿め!!!この時を、待っていた!!!」
アレスは、待ち構えていた投槍を放とうとした。
だが。
別方向から、勢いよく飛来した槍が、アレスの脇腹を貫いた。
「ぐ、ああああああああああああ!!!!!」
アレスの咆哮が大地を震わせた。
「お、己……誰だ……よくも……」
そのアレスに向けて投げた槍――
ディオがアテナから受け取った物だった。
* * *
回想――
「私たちが!?」
「そう。この戦いで、一番狙われるのはエレニよ。だから、あなた達にお願いがあるの」
「一体、何を……」
「メリノエ、あなたはハデスから身を隠せる”ハデスの兜”を借り、ディオに渡して」
「お父様の兜……」
「ディオ、あなたはその兜をかぶりペガサスに乗ってアレスの動向に注意し
エレニが危険な時、この槍でアレスを刺すのよ」
「お、俺がですか!?」
「私たち、神々やリオやジーノへのガードは既に固い。
頼めるとしたら、あなたしかいないの。
この槍なら、アレスに致命傷を与える事ができるわ。
彼女には、この世界の未来が掛かっている。
やってくれるわね?」
「俺なんかが、出来るんでしょうか……」
「馬鹿ね、出来ないと思ったら頼んでいないわ。
あなたなら、必ず出来る。
もし、上手くいかなかったら、私が必ずあなたを守るわ」
「わかりました……」
* * *
「ち、父上!!」
「アレス様!!」
エニオとアルプが駆け寄る。
槍は、消えていた。
それでも血だけが、止まらない。
「撤退するのだ!! アレス!
お前が血を流すと、兵が混乱する!」
「……クロノス……あとは……頼む……」
「レイ、リオ!脱出す――」
その言葉は、途中で断ち切られた。
背中に走る、衝撃。
「え? エレニ……?」
「……お前が……お前が悪いんだ……」
背後から、冷え切った声。
振り返ると――
エニオの手には、ナイフから血が滴り落ちる。
「いやあああああ!!
エレニ!! エレニ!!」
「……レ……イ……」
「エレニ様!!
しっかりしてください!!」
戦場の音が、遠ざかる。
守るために立った女神は、
守られる側へと、崩れ落ちた。




