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轟く者

 新横浜駅を17時55分に出発した、特殊装甲列車『出雲丸』。

 東海道新幹線の路線を、各駅に停車することなく京都駅まで一気に向かう。到着予定時間は深夜になるが、西日本に入ればもう悪魔達の脅威からは解放される。もはや安全は約束されたようなものだった。


 その車内では、今までになく穏やかな時間が流れていた。

 座席に座る人々に、栄養バランスを考えられた消化の良い食事が提供されている。

 昨日まで明治神宮に避難していた人々にとっては、まともな食事にありつくのも久々であった。安全な場所で、温かな食事を摂ることができる。それがいかに当たり前で、幸せなことか。疲れきっていた人々の顔にも、笑顔が戻りつつあった。


 人々に食事を運ぶ乗務員の女性達は、皆全て出雲大社の巫女である。今ここにはいない神子のように紅白の装束は着ているわけではないが、彼女達もまた悪魔達から人々を守る組織の一員。

  出雲丸を運転する男性達も、元々は鉄道員であったり現職の者であるが、今は『出雲大社』という大きな枠組みに所属している。


 神職でもある彼らは当然、日本の神であるツクヨミと天神に最大限の気を遣う。

 優先的に食事を運んだり、その疲れを労わろうとするが、天神は民間人へのケアを優先して欲しいと巫女達に伝えた。


「……でも食べないと身体持たないわよ。信仰心がアタシ達を形作っているとは言え、今は実体化しているんだから。アンタ……昨日の夜から何も食べてないでしょ、天神」


「私は大丈夫です。彼らの身元を整理して、出雲大社に報告しなければいけませんから。……あぁ、ツクヨミ様は先に召し上がっていて下さい」


 天神は一柱、出された食事に手も付けず書類をまとめていた。

 その隣の座席に座るツクヨミは、感心するべきかそれとも呆れるべきかと、天神の横顔を見つめる。


 半年前の災害以降、死者や行方不明者は数えきれないほど発生した。現状、国ですら正確な被害規模を把握できていないのだ。

 そんな中で、東京の中心部から避難してきた人々が、一体どこの誰なのか。それを確認しなければならない。もしかしたら今もどこかで、安否の確認をしたい人や、帰りを待っている家族がいるかもしれない。運が良ければ、京都で再会できるかもしれない。

 そういった人々のために、天神は出雲大社に提出する避難民リストをまとめていた。


「……まったく」


 天神は穏やかな性格ながら、意外と頑固な部分もある。恐らく何を言っても、作業が終わるまで食事に手を出すことはないだろう。

 ツクヨミはため息を吐いてから、弁当箱の上に箸を置き、書類の一部をひったくるように天神から奪った。


「貸しなさい。アタシも手伝うわ。……だいたい、皆の身元は明治神宮でほぼ確認してんだから、後は出雲大社の連中に任せればいーのよ。行方不明や死亡扱いになっていても、向こうに着けばすぐ分かるんだから」


「ツクヨミ様……」


 ブツブツと何か悪態を付きながら、それでも避難者達のリストを確認するツクヨミの姿を見て、天神は表情を緩ませる。

 離れ離れになった神子とスサノオのことは、変わらず心配だ。だが今この車両に乗っている人々に関しては、ツクヨミと出雲大社に任せれば、後のことは大丈夫だろうと思えた。


 京都まで行けば、避難民達の安全は保障される。専用の施設や仮設住宅に入り、生活費や仕事のサポートも手厚く受けることができる。未成年達は、それぞれどこか関西の学校に編入されるだろう。

 首都が滅亡した日本において、それを可能としているのも、世界各国の援助があったからだ。


 東京に新型爆弾を投下した直後は、日本とアメリカは国際社会から強い非難を浴びた。しかし悪魔の脅威と天使の降臨を目の当たりにして、世界中の世論は『日本援助』の動きに傾いた。

 人道的支援や絆の力、人類同士は助け合うべきだ――などという言葉を、災害直後はよく耳にした。民間レベルでは勿論、善意による支援がほとんどだっただろう。だが各国の上層部は恐らく、『悪魔を日本に閉じこめておきたい』というのが本音で支援を決定した。

 悪魔が日本を滅ぼせば、恐らくその脅威は次に大陸に広がり、世界が地獄になる。

 そうならないよう世界各国は、日本国と、日本の対悪魔機関である出雲大社に援助を惜しまない。人間というのは結局のところ、他人よりも自分の保身の方が大事なのである。


 思惑はどうあれ、人類は共通の敵を前に、表面上は結束している。

 天神にとっては、それだけでありがたい。人々が安心しきった顔を浮かべる車内の光景を眺めるだけで、そう思うことができる。

 そして絶望の状況からこの光景まで繋いだ、『仲間』への感謝も。


「……ありがとうございます、ツクヨミ様」


「急に何よ。礼なんて要らないわ。戦闘向きじゃないアタシには、できることも少ないし」


「そんなことないですよ。ツクヨミ様がいなかったら、ここまで来れたかどうか……」


「ちょっと、ヤメテくれる? アタシはどんな言葉でも悪く捉えて陰口に脳内変換する性格なんだから」


 照れ隠しだろうか、ツクヨミは書類から目を逸らして、車窓に顔を向けている。だが反射する窓ガラスには、明らかに嬉しそうな、夜の女神の表情が映っていた。

 天神の言葉は本心からだ。ツクヨミには感謝しているし、ベルゼブブを撃退した白峰神の活躍もあったからこそ、こうして人々は生き長らえている。


「……白峰神にも、申し訳ないことをしました。私の力が足りないばかりに……」


「……アンタさぁ」


 ツクヨミは再び、天神の横顔に向き直る。どうやらまた不機嫌になっているようだ。

 だがその感情は、個人的な怒りや嫉妬からのものではなかった。むしろ、天神に対しての『高評価』からだった。


「なんでアンタが責任を感じてんのよ。あのバカ(白峰)は人を守れて満足だったでしょうし、この列車に乗ってる連中も、アンタには一番感謝してるわ。アンタが無力なら、アタシの功績なんてマイナスじゃない。そういう自虐風自慢は周りの連中にムカつかれるだけだから、大概にしときなさいよ」


「ツクヨミ様……」


「……そうやって、自分一人で何でも抱え込むのは充分やったでしょ。アンタも生前(・・)から千年も続けてきたんだから。ここらで、もう後悔のないように振る舞いなさい。……神様の先輩としてのアドバイス」


「……そうします。本当に、ありがとうございます。やはりツクヨミ様はお優しい」


 最後の言葉に過剰反応して、ツクヨミはまた顔を赤くして抗議してくる。

 その様子に笑いながら天神は、心の奥底で温かなものがじんわり広がる感覚を覚えた。昔からずっと抱えているものが、少しばかり軽くなったような。


 戦えない自分の代わりに、白峰神が激闘を繰り広げ散っていった。理詰めでどうにもいかなくなった時、ツクヨミの人々への感情が良いガス抜きになっていた。

 良き仲間に恵まれたと思った。三柱一体での行動において、もし今と違う人選だったら、また違う結果に終わっていただろう。そして同時に自分ではなかったら、東京を脱出できていなかったかもしれない。

 天神自身も、多大なる貢献をした。そう思って、良いのだ。


 最近張りつめてばかりいた天神は、それを思って安心すると、食欲よりも瞼が重くなってくる。少しばかり寝て休もうか。そう思って、メガネを外した時――。


「!?」


 突如、激しい衝撃が列車を襲う。

 身体が前のめりになり、まだ手を付けていなかった弁当が宙を舞う。


 窓の外を流れていた景色が止まっている。どうやら列車が緊急停止したようだ。

 食事を終えて眠りに入ろうとする者もいた避難民達は、また不安に駆られザワつく。

 何があったのか。まさか、また――。


「ツクヨミ様、皆の傍にいてあげて下さい!」


「天神……ッ!」


 天神はすぐに列車の運転席へと走る。

 どうか、杞憂であって欲しい。動物を轢いたか、倒木が見えたか、その程度の通常の列車停止であってほしい。

 額に冷汗を浮かべ、食欲も睡魔も吹っ飛んだ天神は、運転席の扉を勢いよく開けた。


「何が――!?」


 出雲丸の運転席は、天神の思った以上に恐怖に包まれてはいなかった。それぞれが冷静に状況や車体の確認をしつつ、しかしどこか困惑した様子だった。

 そして天神は、運転席のガラス越しに見た。緊急停止の原因を。

 列車のライトに照らされた先にいたのは、動物でも倒れた木でもなく――。




***




「――いや~、ガッハッハッハッハ!! イキナリ奇天烈な戦車にぶっ飛ばされたから、何事かと思ったわい!! しかし戦車(チャリオット)にしては、馬やヤギが()いていないんじゃなァ。どういう仕組みじゃ?」


 新幹線に轢かれた直後だというのに、口を大きく開けて大笑いする老人は、丸太のように太い手足と大柄な体躯をしていた。西洋の鎧に身を包み、ハリガネのような白いヒゲが特徴的だ。北欧神話に登場する『ドワーフ』を彷彿とさせるが、ドワーフにしては背が高い。

 そして何より、この老人はドワーフどころの種族ではなかった。


「ちょっと、天神……。コイツ本当に……?」


「まぁ、悪魔ではないと気配で分かりますが……。しかし天使や日本の神でもなく、なのに神聖な力を感じますし……」


 運転を再開した出雲丸の車内。床に座って握り飯(オニギリ)を食べるその老人は、パクパクと美味しそうに、一口で放り込んでいく。本来は避難民達へ提供される食事のはずだったのだが、「腹が減った!」と大声で喚くので、天神達は振舞うことにしたのだ。

 そしてオニギリ50個を平らげ、ウォータータンクから直でお茶を飲み、一気に2リットル全てを飲み干す。豪快にゲップをする老人の姿に、ツクヨミは顔に浮かんだ嫌悪感を隠すこともしない。


 天神とツクヨミの背後で、避難民達はその様子を興味深そうに観察している。

 動物園のゴリラを見るような、好奇心を宿らせる日本人達に向かって、老人はニカッと笑みを飛ばすと、これまた大きな声で自己紹介を始めた。


「申し遅れたが、ワシはオーディンとヨルズの子、アース神族の『トール』じゃ!! この国では『ソー』の名の方が馴染みがあるかの? まァ良いともかく、アースガルズから人間界(ミズガルズ)に、オーディンよりの伝言を届けに参ったァ!!!」


 北欧神話に登場する英雄。農耕や天候を司るその神は、『ニョルニルハンマー』を武器に巨人と戦った、いくつもの武勇伝を持つ。

 北欧神話最強の一角を誇る雷神トール。その彼が今、天使と悪魔の巣食う混沌とした日本に降り立った。


「――それで、『イヅモタイシャ』へはどっちに行けば良いかのう?」


 第四勢力、介入。

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