3話 ホワイトムスクの長い一日
困った事が起こった。
昨夜までサクサクと動いていたパソコンが朝一番に電源を入れたところ、うんともすんとも言わず、原稿が書けなくなった。
「パソコンはいざという時のために二台は使って下さいね」
日頃から上杉さんは私にそんな事を言っていた。
そのうちそうしようと思いつつ、今朝を迎えてしまったと言えば聞こえも良いが、結局はめんどくさいという気持ちが、最悪な状況を招いてしまった。
「直りますか……」
私はパソコンのケースを開けて中を触っている上杉さんの背中に声を掛ける。
「わかりませんね……。最悪、パソコンショップに持ち込んで診てもらいましょうか」
特に私のパソコンに人に見られて困るモンは入っていない。
友人たちの中には、
「俺が死んだらパソコンの中のデータを破壊してくれ」
と頼んで来る奴もいる。
どうしても家族にも見られたくないデータが入っているらしい。
男とはそんな生き物だ。
「まあ、見られて困るモノも入っていないので、そうしますか」
私の言葉に上杉さんがピクリと動きを止めた。
「先生、お言葉ですが……」
久々に聞いた、上杉さんの「お言葉ですが……」。
これが出ると私は何等かの地雷を踏んだと認識している。
私は、ゆっくりとソファに座り、手に持ったコーヒーを飲んだ。
「このパソコンの中には先生の書かれた原稿のデータが入っているんですよ。それが一番見られて困るモノじゃないですか。先生のパソコンの中に趣味のエロ画像がどれだけ入っていても私には何の問題でも無いですけど、原稿データは流石に外に出ると困りますよ」
上杉さんは、捲し立てる様に言うとまたパソコンのケースの中に視線を戻した。
私には、
「そんなエロ画像なんて入ってません」
と反論する間合いも無かった。
ゆっくりと立ち上がり、また上杉さんの後ろにそっと立つ。
「データのバックアップはあるんですか」
上杉さんはパソコンを触りながら訊いた。
「クラウドには有りますよ……」
「クラウドだけですか」
「はい。ただクラウドのパスワードはそのパソコンの中にメモしてあるんですよね」
上杉さんは顔を上げると呆れたと言わんばかりに溜息を吐いて、またパソコンに視線を移した。
「パソコンに詳しい会社の子、呼んでも良いですか」
上杉さんはニットのシャツの腕を捲りながら言う。
私は日頃からあまりこの部屋に人を入れたくないと上杉さんに言っているので、それを気にしたのだろう。
しかし、今は緊急事態。
そんな事も言ってられず、
「はい。お願いします」
と、言ってソファに座った。
上杉さんは玄関で会社に電話をしてリビングに戻って来た。
私は上杉さんのコーヒーを淹れてテーブルに置く。
「すみませんね……。私がパソコン音痴なばっかりに……」
「普通、男の人の方が好きそうなんですけどね」
上杉さんは椅子に座るとコーヒーを飲んだ。
「原稿、今日中ですよね」
私も上杉さんの向かいに座る。
「ええ、十四時までですけど、多分間に合わないので……」
サラッと嫌味を言う上杉さんに免疫が出来ている自分に気付く。
「どのくらい出来てるんですか」
上杉さんはテーブルに置いた頂き物のクッキーに手を伸ばし、口に放り込んだ。
「もう少しなんですよ。本当に」
「本当に……」
「ええ、本当に……」
そしてまた二人は無言になり、静寂の中の重い空気をたらふく吸い込む事になる。
「来られるのは男性ですか」
「ええ、システム部の若い子ですけど……。女性の方が良かったですか」
私はコーヒーを一口飲んで、
「いえ、決してそう言う訳では無いのですが……」
上杉さんはまたクッキーを手に取り、
「女性なら家に入れても良いのかと……」
今日の上杉さんはいつもより厄介な人かもしれない。
普段より嫌味の回数が遥かに多い。
朝一番に上杉さんに電話を入れたので、上杉さんは会社に出社せず、直接私の所に来たようで、朝食も食べていない様子だった。
「何か朝食でも食べますか」
私が立ち上がろうとすると、それを上杉さんは手で制した。
「先生も朝食まだですよね。良いです、私が作りますよ」
と言いキッチンへと向かう。
私は座り直し、
「すみません。何か催促したみたいで……」
と言う。
「あら、そうじゃなかったんですね」
目が笑っていない上杉さんは久しぶりかもしれない。
上杉さんはフライパンをコンロに掛けると、オリーブオイルを入れて、卵をそこに割った。
そしてウインナーを二本同じフライパンに入れた。
トーストを割った卵の上に置き、クルリと一周回す、そしてそのトーストをひっくり返すとトーストに卵が載ったモノが出来上がっている。
そこにウインナーを乗せて完成らしい。
冷蔵庫からマヨネーズとケチャップ、マスタードを出して、それに掛け、真ん中で二つに折る。
何とも美味しそうなウインナー卵サンドの完成。
オリーブオイルで焼く事で表面はカリカリに仕上がり、中はフワフワになるそうだ。
「これは美味しそうですね」
私は手を合わせた。
「こんなモンが料理と言えるかどうかわかりませんが……」
上杉さんも手を合わせてトーストを二つに折った。
おなかの空いている上杉さんはとにかく機嫌が悪い。
これを食べると少しはマシになってくれる筈だが……。
「うん。これは美味い。朝食には最高だ」
私は、少し大袈裟に褒めてみる。
「もう一枚作りましょうか」
私はその言葉に手を出して制した。
「いえ、一枚で結構です」
上杉さんはクスリと笑って、コーヒーを飲んだ。
そしてサンドを食べながら、
「先生、もう一台パソコンを準備してくださいね。何なら会社に申請して準備させますよ」
私は口の中のモノを飲み込み、
「いえ、後でネットで注文します」
と答えた。
「パソコン直らなかったら注文も出来ないですよ」
確かにそうだ。
よくよく考えると、やはり仕事でパソコンを使う以上、スペアは必要だ。
ノートパソコンを一台準備しよう。
私はそんな事を考えながら上杉さんの特製サンドを食べ終えた。
手にケチャップが付いたので手を洗った。
口にもケチャップが付いていたので、ついでに顔を洗った。
朝から顔も洗っていなかった。
ダイニングテーブルに戻ると、上杉さんは電話をしていた。
「え、そうなの……。わかったわ。とりあえず、現状と写真を送るから……。うん、うん、お願いね」
上杉さんは電話を切った。
「会社でネットワークのトラブルがあって、直ぐには来れなくなったそうでして……」
それは困った。
夕方までに原稿、間に合うんだろうか……。
私は無言で椅子に座った。
来てもらうのに文句を言う立場でも無いと思ったので……。
上杉さんは一度、外に出て、車に積んでいるパソコンの入ったトートバッグを持って来た。
そしてテーブルの上でノートパソコンを開くとメールを打ち始める。
「すみませんね……。お手数おかけして」
私はテーブルの上のタバコを取り咥えた。
「いえいえ。これも仕事なので……」
上杉さんはキーボードを打ちながら答えた。
私はマッチを擦り火をつけると上杉さんの方へ煙が行かない様に吐いた。
しばらく待っていると上杉さんの電話が鳴った。そのまま上杉さんは私の書斎へと歩いて行く。
私もその後を着いて行くと、色々とパソコンを調べ始めた。
抜いていたコンセントを差し電源を入れたが、やはりパソコンは立ち上がらない。
今度はドライバーでネジを外していく。
案外パソコンの中ってスカスカなんだな……。
私は上杉さんの横からパソコンの中を覗き込んでそう思った。
「あ……、これが壊れてる可能性が高いのね」
上杉さんはファンの付いた大きな部品を手に取り、机の上に置いた。
「これと同じモノを買ってくれば良いの……。うん、うん、うん」
電話の向こうの人はかなり詳しい様で、上杉さんは言われた事を机の上のメモに書いていた。
そうやって十分程やり取りをすると上杉さんは電話を切った。
そして大きく息を吐くと、私を見て、
「私、パソコン屋さんに行ってきます。先生はどうされますか」
私はとにかく出不精、出来れば出たくない。
しかもパソコンの事に関してはずぶの素人でもある。
着いて行っても面白くも何ともない。
「お願いしても良いですか」
上杉さんはニコッと笑い、
「そう仰ると思ってました」
と言うと外した部品を持って書斎を出て行く。
私もその後を着いて行った。
「どうやら。電源ユニット……が壊れたんじゃないかという事でしたので、電源ユニットを買ってきます。買い替えるより随分安く済むそうなので」
上杉さんは自分のパソコンの入っていたトートバッグに外した電源ユニットなるモノを放り込んだ。
そしてカップに残ったコーヒーを飲み干すと玄関へと向かう。
「お昼は鰻買ってきますので、先生の奢りでお願いしますね」
私は頷き、
「も、もちろん……」
「特上で」
「あ、はい。特上で……」
私はそんな上杉さんを見送り、玄関を閉めた。
ふう……。
何か疲れた……。
私はフラフラとリビングまで歩き、ソファに倒れる様に横になった。
仄かに香るホワイトムスクが眠りを誘う。
しかし此処で寝てしまうと上杉さんが帰って来た時に失礼では……。
私の意識はどんどん遠退いていく……。
ダイニングのテーブルの上に置いていたスマホがけたたましい音を立てている事に気付き目を覚ました。
いかん……、寝てしまっていた様だ。
私は飛び起きて、電話に出た。
上杉さんだった。
「先生、この電源ユニットは壊れていないらしいです。そうなるとマザーボードかハードディスクの破損だろうとお店の人が教えてくれました」
「そ、そうですか……」
私はダイニングテーブルの椅子に座り、タバコを咥えた。
「どうすれば良いんですかね」
上杉さんは、
「ハードディスクの破損だと中のデータは致命的ですね。先生に死ぬ気でクラウドのパスワードを思い出してもらう必要が出て来ますね」
なるほど……。
それは殺される可能性も出て来るな……。
「マザーボードだと、交換は私では難しそうなので、新品を買う事を勧められました」
私はタバコに火をつけて、溜息と一緒に煙を吐いた。
「新しいの買って下さい」
「新しいの買っちゃって良いですよね」
私と上杉さんは同時にそう言った。
「わかりました。ハードディスクが生きてるなら、新しいパソコンに繋いでデータを救済出来るそうなので……」
何か難しい事になりそうな気がしてきました。
上杉さんが帰って来たのはそれから二時間後だった。
色々と店の人に教えてもらってきたらしい。
大きな箱を抱えて上杉さんは玄関から入って来た。
パソコンの箱を置くと、もう一度車に戻り、今度は約束通りの「鰻」を持って入って来た。
私はパソコンの箱を抱えて書斎へと運んだ。
直ぐにパソコンの入れ替えに取り掛かるのかと思っていると上杉さんはダイニングテーブルでうな重を袋から出していた。
「先生、鰻が先ですよ。優先順位の付けられない人は嫌われますよ」
そう言うと微笑んだ。
私は頷き、椅子に座った。鰻の良い匂いがしてくる。
私が鼻をクンクン鳴らすと、上杉さんはクスクスと笑った。
どうやら今朝よりはかなり機嫌は戻った様だ。
「いや……良い匂いだと思ってね」
上杉さんはうな重の蓋を開けて、
「先生、「匂い」ってのはパンツとか靴下のそれに使いましょう。食べ物や飲み物それには「香り」という言葉を使う様にしませんか」
厳しい校閲を入れられた気になり、私は小さく頷いた。
上杉さんによると、前から気になっていた鰻屋があり、そこまで三十分掛けて買いに行ったらしい。
それで往復一時間。
帰りが遅い事に納得してしまった。
その甲斐もあり、うな重は美味しかった。
「いやあ、美味しかった」
私は満面の笑みで言った。
上杉さんも満足げな表情で手を合わせていた。
「あ、そうだ……」
上杉さんはバッグから財布を取り出し、私の前に領収書を置いた。
「パソコンが二十万とうな重が一万四千円です。締めて二十一万四千円ですね」
パソコンの二十万はわかるが、うな重が一万四千円……。
私は顔を引き攣らせながら、スマホから上杉さんの口座に二十一万四千円を振り込んだ。
上杉さんは振り込まれたのを確認して、
「はい、確かに……」
と頭を下げた。
無駄に大きな段ボールを開けて、新しいパソコンを取り出す。
机の上に分解しておいてあるパソコンよりも一回り大きなパソコンだった。
「今のパソコンよりも性能はかなり良いらしいので……」
上杉さんは新しいパソコンを繋ぎ電源を入れた。
どうやらセットアップを行うらしい。
文字を打つ仕事なので、キーボードは良く壊れる。
予備のキーボードも置いているが、新しいパソコンにもキーボードは付いていて、私はそれを棚に置く。
今使っているキーボードがまだ使えるらしいので。
そしてパソコンの入っていた段ボール箱をたたみ、部屋の隅に置いた。
「コーヒー淹れますね」
と上杉さんは書斎を出て行った。
どうやら少し時間は掛かるらしい。
私は画面が上がって来るのを待ち、必要な項目を入力して、それをメモに残した。
上杉さんに言われた通りにやっているだけなのだが。
ダイニングから上杉さんの、
「コーヒー入りましたよ」
という声が聞こえ、私は書斎を出た。
淹れたてのコーヒーの匂い……、香りはやっぱり良い。
私はカップから立ち上る湯気の香りを楽しんでコーヒーと言う黒い悪魔を口に入れた。
あれ、豆が変わったかな……。
「あ、気付きました……」
上杉さんは自分のコーヒーをカップに注ぐと、向かいに座った。
「少し違うブレンドを頼んでみたんですよ。先生の好きなサントスを多めにしてみました」
サントスという豆は苦みが特徴的なのだが、その割に癖が少ない。
コーヒー店のブレンドにはよく使われる豆で、すっきりしたコーヒーが好きな私には合う。
「良いですね……。これは良い配合ですよ」
私はカップを覗き込み殆ど一気に飲み干した。
上杉さんは黙って私のカップにお代わりを注いだ。
窓の外を見ると少し風が強そうで、気温はどんどん下がっている様に思えた。
私は窓の結露を手で拭くと、その向こうを見つめた。
「もう冬ですね……」
上杉さんも外を見ている。
「先生は冬の方が夏より好きなんですよね」
私はうんうんと頷く。
「寒いのは着込めば良いですからね。暑いのは服を脱ごうにも限界があるじゃないですか」
私はコーヒーカップを取り、口を付ける。
「あ、それって私が居るから脱げないって事ですか」
上杉さんはニコニコと笑いながら頬杖を突いた。
「私の事は気にせず、脱いで戴いてもよろしいんですよ」
私は熱いコーヒーに目を白黒させた。
「室内の話じゃないですよ。外に出た時の話です」
私はカップを置いた。
「先生、外に出ないじゃないですか」
上杉さんは声を出して笑った。
コーヒータイムが終わり、書斎に戻る。
パソコンのセットアップが終わり、上杉さんは分解したパソコンからハードディスクを取り出した。
そして新しいパソコンのケースを開ける。
「古いパソコンのハードディスクを新しいパソコンに繋ぎます。ハードディスクが壊れてなければ、データは生きてる筈なので……」
忘れていた。
このハードディスクが壊れていた場合、私は上杉さんに殺される可能性があるのだった。
上杉さんはスマホで何かを検索し、動画を流し始めた。
どうやらハードディスクの繋ぎ方なる動画がインターネット上には有るらしい。
本当に便利な世の中になったモンだ。
ハードディスクをパソコンの中にネジで留めるとケーブルを袋から出して繋いだ。
「あれ……」
上杉さんは動画を止めてケーブルを見ている。
「どうしました」
私も横から覗き込んだ。
上杉さんは答えず、また小さなコネクターを差し込んでいる。
「やん。これ、大きくて入らない……」
上杉さんはその先端をじっと見つめていた。
私はパソコンの中を見た。
「こっちじゃないですか……。ほら……」
私はそのコネクターを別のジャックに差し込んだ。
すんなりとそのコネクターは入った。
「ほらね……」
上杉さんは私を見て、
「先生も役に立ちますね」
と言う。
そしてもう一つのケーブルは直ぐに差し込まれた。
一つは信号線でもう一つは電源の線だと言う。
接続が終わると、ケースを開けたまま、上杉さんはコンセントを差し電源を入れた。
不具合があるとまた開けなければいけないので、開けたままで行うそうだ。
モニターに映像が映り、ログイン画面になる。
私はメモを取った数字を入れて、ログインした。
「ログインしたら、コンピューターのアイコンをクリックして下さい」
私の横で上杉さんは言う。
私は言う通りにコンピューターのアイコンをクリックした。
「そこに繋いだハードディスクが表示されていれば成功です」
画面が開くとそこにはハードディスクが二つ表示されていて、私はその二つ目のハードディスクをクリックした。
そこには壊れたパソコンの中にあったデータがそのまま残っていた。
私は安堵の息を吐き、上杉さんを見た。
上杉さんも同じ様に息を吐いていた。
「ありましたね……」
私は呟く様に言った。
「ありましたね……」
上杉さんは微笑んで私を見ていました。
私の原稿のデータは無事復活し、仕事が出来る状態になりました。
上杉さんのおかげです。
結論から言うとマザーボードが壊れていたらしく、新しいパソコンを買ったのは正解だったようです。
私は原稿を仕上げて、上杉さんにメールで送りました。
「はーい。受け取りました」
とダイニングの方から声がしました。
私は再び安堵の息を吐き、暮れた窓の外を見ました。
強い風で庭のオリーブの樹が左右に大きく揺れています。
私は上杉さんのいるダイニングに行き、椅子に座るとタバコを咥えました。
「復活おめでとうございます」
上杉さんはキーボードを叩きながら言います。
私は小さく頭を下げると、
「ありがとうございました。上杉さんがパソコンに強くて本当に助かりました」
上杉さんはメールを送り終えたのか、ノートパソコンをパンと閉じて、微笑み、
「コーヒーでも淹れましょう」
と立ち上がった。
私は、タバコに火をつけると、椅子の背もたれに体を預けました。
「長い一日でしたね……」
上杉さんは豆をセットしながら私を見てクスクスと笑っていました。
「ええ、とっても長い一日でした……」
私はタバコの煙を細く吐き、凝った首をゆっくりと回しました。
「コーヒー飲んだらご飯行きませんか」
私は上杉さんに訊いた。
「珍しいですね……。先生に外食、誘ってもらえるなんて」
「あ、嫌なら良いですけど……」
「行きます」
上杉さんは食い気味に返事をしました。
私はそれが可笑しくて笑ってしまいました。
久しぶりに夕飯を外で食べようと上杉さんお車に乗り込んだのは良かったのですが、結局、昼の鰻を超えるモノが思いつかず、国道沿いにあるラーメン屋に入る事になりました。
窓ガラスに水滴が付くラーメン屋で二人でラーメンを食べて家に戻りました。
上杉さんも今日は疲れた様子で、そのまま帰宅すると言って帰って行かれました。
私は書斎に入り、新しいパソコンの電源を入れました。
もう一台、パソコンを買おうと思い、インターネットを立ち上げて色々と調べてみました。
しかし、何が良いのかわからず、結局選ぶ事が出来ませんでした。
仕方なく、上杉さんにメールを……。
「ちょうど良い頃合いのノートパソコンを一台準備して下さい」
すると直ぐに上杉さんから返信が来ました。
「承知しました。用意させます。うな重ご馳走様でした」
私はそのメールを見て微笑みました。
うな重で上杉さんの機嫌は復活し、そのおかげでパソコンも復活させる事が出来ました。
本当に長い一日でした。
私は窓の外を見ます。
風は治まり真っ直ぐにオリーブの樹は立っている様でした。
目を閉じて深く息を吸い込むとホワイトムスクの香りが仄かにしています。
そしてふと気が付きました。
パソコンのセットアップをしている時の上杉さんの香水の香り。
彼女の香りもホワイトムスクだったような……。
私は窓の外を見て、記憶を辿りました。
「まさかな……」
私は微笑み、頬杖を突きました。
そしてパソコンのクラウドのフォルダを開けて、パスワードを入力しました。
「ホワイトムスク」
二度と忘れない様にパスワード変更です。