20話 ホワイトムスクのサマーガール
夏休み。
何もする事が無いのは本当に苦痛以外の何物でもない。
「今日は一日、寝ます」
と、上杉さんは宣言して昨日は丸一日寝てました。
私もそれに合わせて丸一日寝ようとしたのだが、そんな事は出来る筈も無く、昼前には起きてしまった。
仕方なく、ガレージへ出て、私の車と上杉さんの車の洗車をした。
全身ビショビショになりながらの洗車だったが、暑い日なので気持ち良かった気がしている。
で、夕飯を作ったが、上杉さんは部屋から出て来ず、一人で食べ、上杉さんの分はラップをして冷蔵庫に入れ、メモをテーブルの上に置いておいた。
今朝起きると、上杉さんは鼻歌を歌いながら朝食を作っていた。
「あ、先生。おはようございます」
そう言って微笑んでいる。
「おはようございます」
私も挨拶をしてダイニングテーブルに付く。
「しかし、良く寝てましたね……」
私はそう言い、テーブルの上のタバコを咥える。
「ええ、たまにやるんです。二十四時間寝続ける。勿論、途中で何度も起きてしまうんですけどね。トイレ行ったり、お水飲んだり」
上杉さんは私の前にトーストとハムエッグ、サラダを並べた。
気のせいが少し上杉さんの顎のラインがシャープになった気がした。
「それは何か目的が……」
上杉さんはフルーツとヨーグルトの入った器を置きながら、天井を仰ぐ様に見る。
「断食ダイエット……、ですかね」
断食ダイエット……。
なるほど。
私は無言で頷いた。
「嘘ですよ。たまにこうやってリセットするんです」
初耳だった。
この夏、一緒に暮らしているが、そんな上杉さんを見たのは初めてだった。
「しょっちゅうやると身体がおかしくなっちゃうんで、年に数回ですね」
私は再び頷く。
「疲れって結構蓄積してるんですよ。こうやってこれでもかって程寝ると、よくわかりますよ」
私はタバコを灰皿で折る様に消した。
「先生も一度やってみると良いですよ」
私に出来るだろうか……。
眠るにも体力がいる。
六時間が限度の私が、そんなに寝ると腰が痛くなってしまう可能性もある。
「コーヒーはアイスとホット、どちらが良いですか」
上杉さんは考え込む私を覗き込む様に見ると、そう言った。
「あ、ではアイスで……」
上杉さんはニコッと笑うと、冷蔵庫からアイスコーヒーのボトルを出してグラスに注ぐ。
そして私の前にそのグラスを置き、自分の分もコーヒーを注いだ。
「先に食べて下さいね」
そう言う上杉さんを横目に私はアイスコーヒーのグラスを手に取り、渇いた喉を潤した。
身体に沁み渡る様だという表現は正にこの時のためにあるのだろうと思った。
「あ、先生、車洗って下さったんですね。ありがとうございます」
そう言いながら上杉さんは私の向かいに座った。
「ああ、昨日、暑かったんで、水浴びついでに」
私も素直ではないのかもしれない。
「今日、洗車に行こうかと思ってたんです」
上杉さんもアイスコーヒーを飲み、そう言う。
私はヨーグルトの器を手に取る。
最近はヨーグルトが毎朝出て来る。
いつの間にかこれが無いとダメな身体になってしまった。
「決めましたか、夏休みの使い方」
私は食事を取る手を止めて顔を上げる。
「ああ、いや……。夏休みと言ってもそんなに長くないし」
私はそう言って、アイスコーヒーを口にする。
「何なら夏休み延ばしても良いじゃないですか、旅行先で仕事しても良いし」
上杉さんはやはり何処かへ行こうとしている様だ。
「まあ、でも今からじゃホテルも取れないでしょうしね」
此処まで否定的な事を言うと、私は上杉さんとの旅行を拒んでいる様にも感じられるかもしれない。
上杉さんは少し身を乗り出して小声で言う。
「先生、最近の若い子はホテル取らずに旅に出て、旅先のラブホテルに泊まるそうですよ」
ら、ラブホテル……。
一時はファッションホテルなどと言っていた事もあった。
今はまたラブホと呼んで、身近に感じている様だ。
しかし、上杉さんと私じゃラブホテルに泊まるなんて出来ないだろう。
「ラブホテル……。お嫌いですか」
上杉さんはトーストを食べながら訊く。
お嫌いですかって言われても……。
「私は良いですよ。先生とラブホ」
ん……。
良いですよって聞こえたが、空耳だろうか……。
「良い大人ですしね」
その時インターホンがなった。
上杉さんは立ち上がって玄関へと向かった。
上杉さんとの話は心臓に悪い。
私は少年の様にドキドキしていた。
上杉さんは箱を抱えて戻って来る。
「私の荷物でした」
と言うとその箱を持ったまま、
「ちょっと待ってて下さいね」
と部屋へと消えて行った。
もう上杉さんの荷物もこの家に届く様になってしまっているのか。
私はトーストを口に放り込み、コーヒーで流し込んだ。
しかし、私とラブホテルに泊まるという事は、そう言う事だろう。
そう言う事って何だ。
「良い大人ですし」なんて事も言っていた。
上杉さんはやはり私が好きなのか……。
私は味のしなくなった朝食を口に機械的に放り込む。
果たして良いのだろうか。
作家と編集者が結婚するなどと言った話はよくある。
しかし、私と上杉さんではトシも離れていて、つり合いが取れない気がする。
しかも上杉さんのご尊父はかなり厳しい方だとも聞いている。
全て私次第という事なのか……。
確かに、作家と言えど一人暮らしの男の家に泊り込む女性。
その行為にはそれなりの覚悟もあるのだろう。
その勇気を称えて、私からの誘いを前向きに考えるべきなのだろうか。
いや、恋愛経験の乏しい……、壊れているという表現の方が正しいのか、そんな私の事を単なる安牌として見ているだけなのかもしれない。
私は上杉さんに安全な人としてしか思われていないのかもしれない。
確かに良い大人ではあるが、それが正常な大人とはイコールで繋ぐ事は出来ない。
「先生、どうですか」
と夏らしい白のワンピース姿で上杉さんが出て来た。
「ちょっと下着透けてますよね……。これは少し考えます」
私からだと下着が空けている所までは良く見えないが、涼し気な格好で、上杉さんらしさが出ている。
「いいですね……。お似合いですよ。夏っぽくて」
私のその言葉に上杉さんは口を尖らせた。
「それだけですか」
と返って来る。
下着が空けていると聞くと、マジマジと見るのも失礼かと思い、目を伏せる。
「可愛いとか、かっこいいとか、綺麗とか、ステキとか、色々と語彙力のある作家先生ならではの言葉が戴ければ、このワンピースも買った甲斐があるのですが……」
私はフォークを皿の上に置いて、じっと上杉さんを見つめる。
目が慣れて来たのか、確かに下着が透けている様だ。
「先生の書く、プレイボーイの主人公なら何て言いますか」
上杉さんはクルリと回った。
スカートが広がりふわりと風が起きる。
プレイボーイの主人公。
そんなキャラを書いた事がある。
それは自分とは真逆の男を書く事で何とか乗り切った記憶がある。
私は自分の前で両手を組んで、じっと上杉さんを見た。
「今すぐ抱きたい」
私はそう言った。
その言葉を想像していなかったのか、上杉さんは頬を赤くして、動きを止める。
「あ、主人公の台詞ですよ」
私は弁明するように言った。
しかし、上杉さんはそっと椅子に座り、朝食の続き口にした。
私も、バツが悪くなり、食事を終えてリビングのソファに移動した。
白いワンピースを着た上杉さんと私は、海の見えるホテルの一室に居た。
窓から差し込む夏の太陽の光にワンピース越しの上杉さんの身体のラインが浮かび上がる。
「先生……」
上杉さんは逆光の中で、ゆっくりとワンピースの肩紐をずらして肌を見せていく。
私は籐の椅子に座り脚を組んだまま、その上杉さんをじっと見つめていた。
スルリと足元まで落ちたワンピースから抜け出す様に下着姿の上杉さんは私の方へと歩き、私の膝の上に座った。
「今すぐ抱きたいんでしょ……」
その暖かな吐息と共に発せられた声が私の首筋をくすぐる。
私は上杉さんの背中に手を回して、引き寄せた。
「先生……。抱いて下さい」
「先生、先生……」
その声に私は目を覚ました。
さっきのワンピース姿の上杉さんが私を覗き込み揺さぶっていた。
「あ、ああ……」
私は声にならない声を発していた気がする。
そしてソファから起き上がると、頭を振った。
「なんだ……、夢か……」
「夢……。どんな夢見てらっしゃったんですか」
私は目を丸くして上杉さんを見た。
確かに間近で見ると胸の辺りも下着が透けているのがわかり、目を逸らした。
「いや、何か……」
私は返事にもなってない言葉で、誤魔化して立ち上がる。
ダイニングテーブルまで行くと、グラスに残っていたコーヒーを飲み干した。
「あ、エッチな夢ですか」
上杉さんはそう言って声を上げて笑った。
今、一緒にいる男がいやらしい夢を見ていたら警戒するのが普通ではないのか……。
私はそんな事を考えながら、タバコを咥えた。
「着替えないのですか」
私は向かいに座った上杉さんに訊いた。
「涼しいんで、今日はこれで」
私は小さく頷き、
「リゾート用かと思っていたので」
と答えた。
「着替えて欲しいって仰るなら着替えますけど……」
上杉さんもコーヒーを飲みながら言う。
「ああ、いや、そのままで良いですよ。涼しいのが一番です。此処まで暑いとね……」
家の中はエアコンが効いていて、そこまで暑くもない。
女性なら少し寒いくらいかもしれない。
「私、夏のイメージって少女のワンピース姿なんですよね。これに大き目のハットを被って……」
私はその言葉に微笑む。
「サマーガールですね」
「そう、サマーガールです。もう私はガールってトシじゃないかもしれませんけど」
確かにガールは未成年に使うのかもしれない。
私はタバコを消して、じっと向かいに座る上杉さんを見た。
「今日はやたらと先生の視線を感じるのですが……」
上杉さんは胸元を隠す様に身体を捩る。
「あ、ああ……。観慣れていない上杉さんが居られるモノで、つい」
その言葉に上杉さんはクスクスと笑う。
「先生って私以外の女性を見る事があまりないですもんね。特に、この数週間は、全然見てないでしょ」
確かに、サマータイムで昼夜逆転の日々を二人で送っていたのだ。
外に出る事も無く。
多分身体には悪い生活だろう。
まあ、上杉さんは買い出しに出掛けたりしている事もあり、他の男性を見る事もあるのかもしれないが。
「先生は何かありますか……。夏のイメージらしきモノは」
夏のイメージか……。
私は上杉さんがお代わりを淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら考えた。
夏のイメージ……。
「夏の……」
私は無意識に何度もそう言っていたのかもしれない。
「スイカ、素麺、真っ赤なトマト、キンキンに冷えたキュウリ。アイスクリーム……」
私の言葉に上杉さんは笑う。
「嫌だ先生、食べ物ばかりじゃないですか」
私は我に返る。
確かに今口にしたのは食べ物ばかりだ。
私はそんな上杉さんを見ながらいつかの夏を思い出していた。
彼女と私は、広大なひまわり畑の中に立っていた。
私はその一面ひまわりの咲く丘を見渡した。
「こんな場所があったのか……」
私はたまらずそう呟く。
「何、知らなかったの……。私は毎年来てるわよ」
そう答えた彼女。
しかし私の記憶の中にその彼女の顔が無い。
「ほら、見て……。このひまわりは赤いの。ひまわりって黄色いモノばかりじゃないのよ」
私は彼女の指差す赤いひまわりを見て頷く。
「私はひまわりの花が一番好き。真っ直ぐ伸びて、神々しい程に黄色くて、ずっと太陽を追いかける」
私は両手を広げてそう言う彼女の背中に微笑んだ。
本当にひまわりの様な人だな……。
私は白いワンピース姿の彼女を見てそう思った。
白いワンピース……。
そうか。
彼女か。
「もっと向こうまで行ってみましょ」
彼女は私に手を差し伸べた。
私はその手を握り、二人でゆっくりとひまわり畑の中を歩き始める。
「此処で君のヌードを撮りたいな……」
「何、馬鹿な事言ってるのよ」
馬鹿な事……。
本気でそう思ったのだが……。
「帰りにひまわりの種の入ったアイスクリームを食べましょ。向こうで売ってるのよ」
私は彼女に頷き、少しぬかるむ畑の中を歩く。
「先生」
私は上杉さんの声に顔を上げる。
「あ、ああ……」
「先生の夏は見付かりましたか」
上杉さんは頬杖を突いて私を見ている。
私は微笑むと頷いた。
「私には夏は遠すぎて……。上杉さんのワンピース姿しか浮かばなかったよ」
「何か嬉しいですけど、私がワンピースじゃなくて水着に着替えていたら、先生の夏は水着だったって事ですか」
上杉さんは笑いながらそう言う。
「何なら水着に着替えましょうか」
え、水着もあるんですか……。
そう訊こうと思ったが止めた。
今日はワンピースだけで満腹だった。
あの記憶。
何だったんだ……。
私はベッドに横になり、さっき思い出した光景を考えていた。
確かにあんな事があった。
しかし彼女の顔を思い出す事が出来ない。
文字通り、ひまわりの様な人だった。
真っ直ぐで曲がった事が嫌いで……。
白のワンピースはリゾート用なのか、ひまわりを見たその日しか記憶にない。
しかし、顔を思い出せないのは何故なのだろうか。
私はゆっくりと目を閉じる。
そして彼女の顔を思い出そうとした。
夏の青い空の下。
ひまわりの咲き誇る丘。
白いワンピースの彼女。
私の方を笑いながら振り返る。
そして彼女の顔は……。
そこに出て来るのは上杉さんだった。
「上杉さん……」
私はそう呟く。
何故上杉さん何だろう……。
昼寝しようにも眠れない。
私はベッドから抜け出してダイニングへ行くと、グラスにお茶を注いで、テーブルに付いた。
上杉さんか……。
同じ様に昼寝をすると言って部屋に戻った上杉さん。
私は上杉さんの居る部屋の方をじっと見つめた。
すると、上杉さんの部屋のドアが開き、上杉さんが出て来た。
ワンピースは流石に着替えたのか、いつもの格好でダイニングにやって来た。
「先生……。起きてらっしゃったんですか」
上杉さんはそう言うと私と同じ様にグラスにお茶を注いてテーブルへとやって来た。
「寝ようと思うと眠れなくてね……」
「わかります。同じですね」
上杉さんは私の向かいでクスクスと笑った。
「そろそろお昼ですね……」
と上杉さんは時計を見る。
「何か食べたいモノありますか……」
私はこめかみに指を当てて少し考えたが何も思い浮かばない。
今日は上杉さんに迫られる夢も見たし、昔の彼女を思い出せない事もあり、私の頭も夏休み気分だった。
「お昼、何処かに食べに出ましょうか……」
私はそう言いながら立ち上がる。
「良いですよ、何か作りますよ」
と上杉さんも立ち上がる。
「良いじゃないですか、何か美味しいモンでも食べましょうよ」
私は外を見て背伸びをした。
「嫌ですか……」
「あ、いや、そんな事無いですけど」
どうにも気のない返事に聞こえる。
「お腹空いてませんか」
上杉さんは首を横に振ると、部屋に戻って行った。
そして直ぐに戻って来るとテーブルの上に封筒を置いた。
「どうせなら先生、此処に泊まりませんか」
気のせいか上杉さんの声が震えている気がした。
私は上杉さんがテーブルの上に置いた封筒を見て手に取る。
それは上杉さんのご友人の結婚式の二次会でもらった高級ホテルの宿泊券だった。
「此処だと夕食も付いてます」
やっぱり上杉さんの声は震えていた。
私は困惑しながらそのチケットをじっと見る。
そして私はゆっくりと椅子に座った。
すると上杉さんも向かいの椅子にストンと座った。
「先生……」
上杉さんは声を震わせながら言う。
「私だって、それなりに勇気を出して言ってるんです。誰にでもこんな事言う訳じゃないですよ」
「はい……」
そんな事はわかっている。
少なくとも私は今、世界一上杉さんを理解している男だと思う。
「先生は本当に私が仕事のために、此処で寝泊まりしているって思ってらっしゃるんですか」
私はドキッとした。
今まで避けて来た疑問だった。
こんな形で上杉さんに詰められるとは考えても見なかった。
「いや、あの……」
どうにも煮え切らない男である。
こんな私は安牌でも何でもない。
単なる外れだ。
いつになく真剣な上杉さんに私は圧倒されてしまっている。
どう答えたら良いのかさえわからない。
「好きなんです……。先生が」
上杉さんのその言葉に、私はゆっくりと顔を上げて、俯いている上杉さんを見る。
「上杉さん……」
「私、どうすれば良いんですか……。私が押し倒せば良いんでしたらそうします」
上杉さんは頬に涙を流しながら言う。
女性に此処まで言わせる私は、如何ともし難い男だ。
「上杉さん……」
「はい……」
上杉さんは顔を上げ、精一杯の笑顔を見せた。
「私とあなたじゃ釣り合わない」
私は絞り出す様に言った。
「そんな事ありません。私は先生に似合う女になれます」
私は上杉さんの胸の奥から吐き出す様な言葉に胸が熱くなった。
「それ程に好きなんです」
上杉さんは私が好き。
それははっきりとわかった。
じゃあ、私はどうなのか。
そんなの答えはとうの昔に出ている。
「上杉さん……。聞いてくれますか」
私はテーブルの上に置いたタバコの箱を探し震える手でそれを掴む。
箱を開けてタバコを摘まもうとするが、上手く取れない。
私はそれを諦めて、タバコの箱を投げ出した。
上杉さんはそれを見て、私のタバコの箱を開け、タバコを一本出すと私に差し出した。
私はコクリと頭を下げるとそのタバコを咥えて、震える手でマッチを擦った。
「私はあなたをベストパートナーだと思っています。それは仕事もプライベートも……」
上杉さんは頬を緩める。
「今まで何人かの担当編集者の方にお世話になりましたが、あなた程、私と私の作品を理解して下さった方は居られませんでした。それ程に仕事の面でも大切なパートナーです。そして一緒に暮らしてみてわかった事。一緒に暮らしてしまうと嫌な面も見えてきます。誰もがそうでしょう。しかし、私は初めてあなたと逢った時と同じ様にあなたにドキドキしています。いつも、いつでも……、そして今も」
上杉さんは口角を上げて微笑んだが、頬の涙はまだ乾いてなかった。
私は大きな溜息を吐いて、まだ長いタバコを灰皿で折った。
「上杉さん……」
「はい」
上杉さんの声は小さかったが、先程の様に震えてはいなかった。
「私も……、いや、私はあなたが好きです」
私の言葉を聞くと上杉さんは声を上げて泣き始めた。
それは数分続いたのか、数秒だったのか、私にもわからなかった。
目を覚ましたのは昼前だった。
ゆっくりと上半身を起こし、ふと横を見ると、上杉さんが寝息を立てて眠っていた。
私は上杉さんを抱いた。
こうなりたかった。
それは事実だ。
しかし、越えてはいけない壁を越えてしまった感も否めなかった。
じっと横で眠る上杉さんを見ていると、彼女もゆっくりと目を開けた。
そして私を見ると、
「おはようございます。先生……」
と言い、身体を起こし白い胸を露わにした。
それに気付いてタオルケットを胸まで引き上げた。
「おはよう……」
私は彼女をベッドに残したままダイニングへと行き、冷蔵庫の中の水を出して飲む。
いつもと少し違う朝だった。
少しすると上杉さんもダイニングにやって来て私が手に持っていた水のペットボトルを取り、水を飲んだ。
その後シャワーを浴びて出てくると、上杉さんは昼食を作っていた。
「お腹空いちゃって……」
上杉さんはそう言って微笑む。
「はい、私も」
私は椅子に座りタバコを咥える。
これでもかと言う程の大盛のパスタが出て来る。
窓の外は夏の日差しが照り付け、そろそろ聞こえなくなる蝉の声が響いていた。
「いっぱい運動したんでお腹空いたでしょ」
上杉さんは悪戯っぽく笑いながら言う。
「上杉さんもね……」
二人でクスクスと笑いながらパスタを食べた。
「今日、家に帰ります」
上杉さんはそう言った。
「え……」
「明日、また来ます。あのワンピースを来て……。先生の記憶に残るサマーガールになりたいので」
上杉さんはそう言って最後のパスタを口に入れた。
私は彼女に微笑み、小さく頷いた。




