16話 ホワイトムスクの夜明け前
今週からサマータイムと称し、私は夜中に仕事をしている。
昼間時間が出来る事で、普段行く事が出来ない役所や、歯医者などにも行く事が出来て、良い。
しかし、夜中に仕事をするというのもなかなかキツイモノがある。
私の様な仕事だと、夜中に仕事をしても周囲を巻き込む事も無いので、良いと言えば良いのだろうが、編集者の上杉さんだけは確実に巻き込んでいる。
まあ、彼女の発案で、サマータイムを取り入れたのだから、そこは引け目を感じる事も無いのかもしれないが……。
今日も夜の九時頃に上杉さんの赤いアウディがガレージに入って来た。
昨日、うちの冷蔵庫が空っぽに近い状態である事が発覚し、今日の上杉さんの買い物の量は半端では無かった。
近くにある会員制のアウトレットで大量に買い込んできて、結局冷蔵庫にも入らず、ドリンク系の常温で良いモノを外に出して、無理矢理食料を押し込むという結果になってしまった。
これでは私の愛飲するアイスコーヒーが常温になってしまう。
「先生……」
私が書斎でキーボードを叩いていると、上杉さんが入って来る。
「あ、はい……」
私は顔を上げて、原稿を持った上杉さんを見た。
「六ページの表現なんですけど、少し回りくどく無いですか。此処は歯切れが良い表現で良いと思いますけど……」
私は上杉さんが見ている個所までスクロールして同じ原稿を見た。
「そうですね……。では相原の言葉を……」
そう言いながら原稿を目で追っていると、上杉さんは私の傍に立ち、同じ様にモニターを覗き込む。
「そうです、そこですね……」
上杉さんの吐息が私の耳元に掛かる。
私は少し身を引いて、身を乗り出してモニターを見る。
「それは君が言い出した事じゃないか」
私は主人公の相原の台詞を読み上げる。
「もっと、端的に出来ませんか」
「君が言い出した事だろ」
私は直した台詞を読んだ。
「それで良いんじゃないですか……。此処はスピードが欲しいので……」
上杉さんは横から私の顔を覗き込んで微笑む。
この笑顔が上杉さんには一番似合っている。
「わかりました。ではその様に……」
私は直した原稿を保存し、上杉さんと共有するストレージにコピーした。
以前の担当編集者はこんな細かい部分までどうこう言って来る人では無かった。
しかし上杉さんは、この辺りの細かい表現にかなりうるさい。
それで私の作品は少し精錬されて行った気がする。
上杉さんはブツブツと原稿を読みながら、またリビングへと戻って行った。
こんなやり取りをしながら朝まで原稿を書く。
上杉さんとのやり取りにタイムラグが無いので、その分は楽なのだが、たまに、書いている勢いを殺してしまう事もある。
それはどっちが良いかという話にしかならないのだが。
「先生……」
数分の経たない内に上杉さんがまたやって来る。
「はい……」
私は顔を上げて書斎の入口に立つ上杉さんを見る。
「少し休憩しませんか」
と私を見て微笑んでいた。
モニターの隅に表示されている時間を見ると一時を過ぎていた。
もう、こんな時間か……。
私は上杉さんに微笑み、
「そうですね……。少し休憩しましょうか」
と原稿を保存し、立ち上がった。
ダイニングのテーブルに着くと、上杉さんはいつもの様にスイーツを準備していた。
時間がズレているとは言え、上杉さんの休憩時間にはスイーツは欠かせない様だ。
「今日はフルーツタルトですよ……」
これでもかというくらいにフルーツの載ったタルトが目の前にある。
「お取り寄せしてみました。結構人気のお店のタルトです」
そう言いながら私にフォークを渡してくれる。
「お取り寄せですか……」
「ええ、愛知の春日井のケーキ屋さんですね……」
とうとう、お取り寄せまで手を伸ばしたか……。
私は上杉さんに微笑むと、手を合わせた。
「戴きます……」
この時間にタルトを食べるってのは初めてかもしれない……。
実際にはお酒を飲む時間、いや、もうお酒も終わって眠っている時間だったりするのだから。
酔った勢いでスイーツを食べた事は何度かあるかもしれないが、こんな本格的なスイーツは多分初めてだろう。
「サマータイムしてるんで、こんな時間になっちゃいましたけど、かなり前にオーダーしてたんですよ。今日の昼間に届いたので、ラッキーでした」
と上杉さんも嬉しそうにタルトを口に入れている。
「美味しいですね……。流石は上杉さん。スイーツは外しませんね」
「ええ、雑誌の編集をやっている同期の友人から逐一情報は送られて来ます。雑誌に載る前に情報をくれるので、先行でオーダー出来ます。雑誌に載ってしまうと、下手すれば数年待ちなんて事もありますからね……」
す、数年待ち……。
今食べたくてオーダーするのに数年も待ってしまうと、有難みが半減してしまう気がするが……。
その辺の価値観的なモノが変わってしまっているのかもしれない。
私は一緒に用意してくれたアイスコーヒーを飲んだ。
ふと見ると、上杉さんは変わった色の飲み物を飲んでいる事に気付く。
「上杉さん……。何を飲んでるんですか……」
私は上杉さんのグラスを見て訊いた。
「あ、これですか……。抹茶オーレです」
抹茶オーレ……。
私は目をぱちくりし、その異様な飲み物を見る。
「飲んでみますか……」
と上杉さんは自分のグラスを私の前に差し出した。
まあ、それが間接キスなどと騒ぎ立てるトシでも無いので、私は上杉さんの抹茶オーレを口にした。
異常に甘い……。
「甘いですね……」
「ええ、甘いです……。脳が糖分を欲しがる時はこんな感じのモノを飲む様にしてます」
なるほど。
脳が糖分をね……。
私は抹茶オーレのグラスを上杉さんに返した。
「昔、グリーンティって飲み物ありましたよね」
確かにあった。
緑色の粉を水に溶いて飲む。
もしくはそれをかき氷に掛けて食べる、みたいな……。
「ありましたね……」
と私は口直しにアイスコーヒーを飲んだ。
「私、あれを牛乳で溶いて飲んでたんですよね。高校生くらいの時」
上杉さんは抹茶オーレを一口飲んだ。
異様な色に見えたのはグラスが青いせいだという事に気付いた。
「私は先駆けて抹茶オーレを飲んでた人って事ですね」
上杉さんはそう言って笑った。
考えてみると抹茶はお茶。
お茶に牛乳を混ぜて飲むなんて、考えると少し気持ち悪い気がする……。
しかし、茶葉を発酵させた紅茶にはミルクを入れる。
チャイなどに関してはそのミルクで煮出して作る。
世界的に見ると、お茶に何も入れずに飲む日本は変わっているのかもしれない。
私の視線に気付いたのか、上杉さんはじっと私を見る。
「あ、先生、抹茶オーレ。少し気持ち悪いとか思ったでしょ」
そう言ってクスクスと笑っている。
「あ、いや、そんな事は無いんですけど……」
私も商店街のお茶屋の前で売っていたグリーンティは好きでよく飲んでいた記憶がある。
私の中ではお茶とはすっきりさっぱり飲むモノだと定義されている気がする。
「昔、グリーンティはよく学校の帰りとかにお茶屋の前で売っているモノを飲んでましたから」
上杉さんは飲み干したグラスにまたペットボトルの抹茶オーレを注いだ。
「先生も買い食いとかしたんですね……」
そりゃ買い食いくらいするだろう……。
「ええ、夏はアイスクリーム、冬は肉まんとかね……」
「わかります、わかります。コンビニのレジ前の揚げ物とか、めっちゃ食べてました」
私が学生の時はそんなにコンビニも無く、その辺りにはジェネレーションギャップを感じる。
「コロッケとか、から揚げとか……」
私は少し考えた。
「コロッケやから揚げはお肉屋さんで揚げてるモノを買ってましたね……」
「ああ……その方が美味しそうですね」
そんなモノもコンビニに取られてしまったんだ……。
そりゃ肉屋も無くなって行く訳だ……。
私はタルトの最後の欠片を口に放り込む。
「先生は、これは誰も買い食いしてないだろうってモノ、食べた事有りますか……」
上杉さんは身を乗り出して訊いて来た。
誰もしていないモノ……。
そんなモノあるだろうか……。
私は少し考えてみた。特に思い付かない。
「いや、普通のモノですね……。第一買い食いの定義ってのは飲食店に入らずに食べられるモノですよね……」
上杉さんはうんうんと頷いている。
どれだけ考えても斬新なモノは出て来ない。
「上杉さんはあるんですね……」
私はアイスコーヒーを口にしながら訊いた。
上杉さんは勝ち誇った様な表情で、
「ありますよ……」
ほう、一体どんなモノを……。
私はグラスを置いて身を乗り出す。
「女子高生が栄螺の壺焼きを楊枝で穿って食べてました」
そう言うと笑った。
さ、栄螺の壺焼き……。
それは屋台でおっさんが日本酒を飲みながら食うモノじゃないのか……。
「後は、生雲丹とか、平目のお刺身とか……」
それは結構気の利いた店で食べるモノだろう……。
「それは一体、どんなお店で……」
私はテーブルの上に置いたタバコを手に取り、マッチを擦った。
「お魚屋さんですね……」
魚屋……。
「お魚屋さんが店先で焼いてくれるんですよ、七輪で」
それはなかなか洒落た魚屋だ……。
「雲丹は殻を割ってくれるし、平目は捌いて御醤油掛けて渡してくれますね」
テレビ番組で見る、何処かの市場の朝市張りのサービスだな。
「駿河湾が近いので、魚介は美味しかったので」
そんな話をしているとお腹が空いて来た。
「なるほど……。それは美味しそうですね。しかし、それって結構高いんじゃ……」
上杉さんは抹茶オーレを飲んで、首を横に振ります。
「栄螺一個の値段で焼いてくれてましたね。雲丹も一個、平目なんかも数百円でしたよ」
それなら高校生でも買い食い出来る値段だな……。
私は大きく頷いて、
「良いですね……。一度食べてみたいな……」
私はグラスを取りコーヒーを飲んだ。
「今度、行ってみますか。多分、まだあると思いますので……」
「それは御殿場に……」
上杉さんは首を横に振った。
「いえ、沼津ですね。高校は沼津だったので……」
なるほど、山を下りて沼津まで通学してたって事ですね……。
そりゃ海のモノは美味しかったでしょう……。
ダメだ。本当にお腹が空いた……。
「家から学校まで、自転車乗って、電車に乗り換えてって一時間くらい掛かってましたよ。そりゃ帰りに買い食いしちゃいますよね」
まあ、買い食いはするかもしれないが、栄螺の壺焼きや生雲丹ってのはあまり無いかもしれない。
「先生は通学って電車でしたか……」
私は煙を吐きながら首を横に振った。
「いえ、私は自宅から近かったので、徒歩、または自転車でしたね。近過ぎて自転車の通学も許可されないので、学校の近くの神社に自転車を隠して通学してました」
それを聞いて上杉さんは笑っていた。
「だから学校と自宅の間に、そんなにお店も無くて、買い食いしようと思うと、遠回りして帰る事になったんですよね」
「ああ、わざわざ遠回りするくらいなら家に帰りますね」
私は頷き、
「そうですね……。それでもたまに遠回りして何か食べてましたね」
そう言うと上杉さんは声を上げて笑った。
「高校生はお腹空きますからね」
いや、こんな時間に食べ物の話をする方がお腹空きますよ……。
私は苦笑した。
サマータイムは正解かもしれない。
と言ってもまだ二日目なのだが、思いの外、効率が良い。
時間を見ると四時を回っている。
そろそろ外が明るくなり始める時間だった。
私は少し窓を開けて部屋の空気を入れ替える。
ムッとする熱気が一気に部屋に流れ込むが、致し方ない。
そう言えば、一時間程、上杉さんの声を聞いていない気がする。
私は書斎を出てリビングを見た。
上杉さんはテーブルに伏して眠っている様だった。
昼間の起きてたんじゃ無理も無い……。
私はリビングの隅に畳んで置いていたブランケットを上杉さんに掛けた。
利きすぎる冷房で風邪をひいてしまうかもしれない。
キッチンへ行き、デキャンタからマグカップにコーヒーを注ぐ。
眠気覚ましのコーヒーはホットの方が良い様な気がする。
私はマグカップを持って書斎に戻り、開けていた窓を閉め、またパソコンに向かう。
上杉さんが起きるまでに原稿を仕上げてしまおう。
熱いコーヒーを飲み、キーボードを叩く。
私は夜型人間なのだろう。
原稿の出来は別として、スラスラと書ける。
夜中に書いたラブレターは恥ずかしい。
昔、そんな事を書いていたモノを読んだ。
私自身ラブレターを書いた記憶がそんなに無いのだが、学生時代の友人が、夜中に書いたラブレターを相手に渡す直前に読み返して、渡すのを止めたと言っていた。
それ程に高揚した気分で書いてしまうのだろう。
それは原稿にも同じ様な事が言えるのだろうか。
朝起きて読み返すと恥ずかしい原稿になっているのだろうか……。
それは上杉さんに判断してもらう事にしよう。
「先生……」
そんな声が聞こえた。
ふと顔を上げると、ブランケットを肩に巻いた上杉さんが立っていた。
「お目覚めですか」
私はそう言い、視線をモニターに戻した。
「すみません。寝ちゃってたみたいですね……」
そう言うと書斎に入って来て、私の机の向かいにあるソファに座った。
「今、何時ですか……」
と上杉さんは書斎の中で時計を探している。
私の書斎には時計は無く、パソコンのモニターに表示される時間がすべてだったりする。
「四時過ぎですね……。もう少し仮眠して下さい。朝、起こしますから……」
私はそう言うとキーボードを叩いた。
「いえ、そんな訳には行きませんよ。私もサマータイム中ですので……」
十二時間ずらしたサマータイムってのも可笑しいのだが。
上杉さんは私の傍に来て、机の上の私のコーヒーに手を伸ばす。
そして普通にそのコーヒーを飲んだ。
「ああ、美味しい……」
そしてマグカップを両手で持ったまま、またソファへと戻った。
いや、それは私の……。
と言おうとしたが止めた。
上杉さんはカップをテーブルの上に置くと、ソファに深く沈み、目を閉じていた。
私はマグカップを取り返そうと思ったが、書斎を出てキッチンでまたコーヒーを淹れて来た。
モニターの向こうに眠る上杉さんが見える。
可愛い顔して眠るなぁ……。
私はそんな上杉さんを見て微笑んだ。
キーボードを打つ手を止めて、コーヒーを飲みながらそんな上杉さんをじっと見つめていた。
静かな空間に漂うコーヒーの香りと上杉さんの寝息。
一変して仕事にならない状況に陥る。
そんな静けさの中で、ゆっくりと空が白くなって行く。
私は椅子に座ったまま背伸びをして凝りを解した。
「これも夜明けのコーヒーかな……」
私はマグカップを手に取り、上杉さんの顔を見ながら飲んだ。
椎名先生の小説の中に、
「俺と夜明けのコーヒーを飲まないか」
という言葉があった。
しかし、その主人公は、OKを出した相手の女性に、
「じゃあ、朝の五時半集合で」
と言い放つ。
私はそれに笑ってしまった。
椎名先生らしい洒落だった。
私はそれを思い出してクスリと笑った。
すると、上杉さんが突然、瞼を開く。
「あ、嫌だ……。また寝てしまってる……」
そう言うと立ち上がった。
「無理しないで休んで下さいよ……。車で帰らなきゃいけないんですから……」
私は眉を指先で掻きながら言う。
「いえいえ、そんな……。先生は仕事しておられるのに、私だけ休むなんて……」
そう言うとテーブルに置いたコーヒーに手を伸ばす。
しっかり眠っていた彼女の顔を思い出し、笑った。
外は明るくなり、街の輪郭が見え始めていた。
私は上杉さんの寝顔を見る事が出来て、得した気分だった。
上杉さんは朝飯を作ると言い、キッチンに立っている。
そんな上杉さんを見ながら私は新聞を広げ、ダイニングでコーヒーを飲む。
これも不思議な気分で、上杉さんの言う「疑似恋愛」的なモノなのかもしれない。
私が和食に飢えている事を知ってか、上杉さんはどうやら和食の朝飯を作っている様子だった。
ご飯が炊き上がる音がして、私の前に味噌汁と塩鮭、卵焼きが並ぶ。
そして自宅で作って来たのか、ひじきと漬物が置かれた。
私からすると理想の朝食に近かった。
湯気の立つ白米が私の前に置かれる。
「もしかして、作って来てくれたんですか……」
私はひじきの入った器を手に取った。
「あ、お嫌いでしたか……」
と上杉さんが動きを止める。
「いえ、大好きです……」
そう言って微笑んだ。
間違いなく、昨日も昼間寝る時間を削って作ってくれたのだろう。
私の向かいに座ると、上杉さんは微笑み、
「お口に合うかどうかわかりませんが……」
と言い手を合わせた。
私もそれを見て、手を合わせる。
「戴きます……」
程よい甘さのひじき。
塩鮭もなかなか良い。
そして茄子と薄揚げの味噌汁。
甘い卵焼きも最高だった。
「何か贅沢な朝飯ですね……」
私は上杉さんが漬けた浅漬けを食べながら言った。
「結婚したら、こんな朝飯が食べれるんですね……」
私はそう言って、しまったと思った。
上杉さんは私を見て微笑んでいる。
「そうとも限りませんよ……。世の奥様たちは、旦那様が出勤してから起きる方も多くいると言いますし……」
私は箸を止めて、上杉さんを見た。
上杉さんはクスリと笑い、
「今は共働きの方が多いですから、奥様も時間が無いんです。だから手っ取り早く出来るトーストとかになってしまうんですね。それにサラダとウインナー、目玉焼きなんかが付いているなら、それは立派なモンですよ。テーブルの上にロールパンが置いてあるだけの家も多いんじゃないですかね……」
確かにそうかもしれない。
共働きの家が増えた事で、日本の朝食も手の掛かる和食から洋食へと変化して行ったと何かの本で読んだ事がある。
食事の準備に掛ける時間を効率的に短縮して行くのも日本の経済状況の現れなのかもしれない。
「サザエさんの家の朝食なんて、もう都市伝説化してますよ」
上杉さんは塩鮭を口に入れて微笑む。
確かにそうかもしれない。
朝一番に牛丼屋で朝食を取るサラリーマンも皆が独身かと言われると違う気がする。
私は上杉さんが作ってくれた和の朝食を朝から食べる事で出来ている。
これは私一人なら天地がひっくり返ろうとも無理な話だ。
私は幸せな人の分類に入るのかもしれない。
「私は幸せかもしれませんね……」
と上杉さんが言う。
え……。
私は箸を止めて上杉さんを見た。
「だって、誰かのためにこうやって食事を作る事が出来てるんですモノ……」
私は箸を置いて、お茶を飲んだ。
そして大きく息を吸う。
「私だってそうですよ……。こんな美味しい朝食を戴けるなんで……」
私と上杉さんは黙ったままお互いを見た。
そしてクスクスと二人で笑った。
食事を終えて、私はコーヒーを飲みながら新聞の続きを読んでいた。
上杉さんは鼻歌を歌いながら食器を片付ける。
時計を見るともう九時を回っている。
私も昨日は夕方早めに起きていたので、そろそろ眠くなってきた。
しかし、上杉さんが帰る前に寝るのも悪いと思い、必死に目を開ける。
食器を食洗器に入れ終え、上杉さんは自分のコーヒーを淹れて椅子に座った。
「今から寝るのにコーヒーってのも良くないですかね……」
上杉さんはそう言うと笑った。
「そうですね……。もっとも私の場合はもういつコーヒーを飲んでも眠る邪魔にはなりませんけど」
と私は新聞を畳んだ。
「けど、上杉さんは今から運転するんで、しっかり目を覚ましておかないと……」
私はそう言って微笑んだ。
上杉さんは、その言葉にニッコリと笑った。
そして、
「先生、一つ相談がありまして……」
と言う。
「いえ、相談と言うよりもお願いですかね……」
お願い……。
一体何を……。
私は眠くてすっきりしない頭でそれを考えながら上杉さんを見た。
「何でしょうか……」
私は、上杉さんに微笑み、訊いた。
「週末まで泊めて下さい」
私は何を言ってるのか理解出来なかった。
「え……」
私は、目を見開く。
「あ、勿論、先生がオフの週末は帰りますので、お仕事されておられる時は、住み込みという事でお願いしたいのですが……」
私は、黙ったまま上杉さんを見つめる。
確かに先日も上杉さんを泊めた事もあり、此処で断る理由もある訳では無い。
強いて言えば、独身の上杉さんの世間体がという事だけだった。
「はあ……。良いですよ……」
私は確かにそう言った。
その言葉で上杉さんは車へ行き、大きなスーツケースを持って来た。
「ではよろしくお願いします」
私は微妙な表情だった筈だ。