13話 ホワイトムスクの午前三時
上杉さんは車に乗ると直ぐに寝息を立てていた。
上杉さんを自宅まで送ろうと思ったが、自宅を私に知られる事も嫌かと思い、とりあえず家に連れて帰る事にした。
会場から自宅は車で十五分程だったので、そんなに遠くは無く、ただ歩ける距離ではない。
私はガレージに車を入れると上杉さんを起こす。
「上杉さん、着きましたよ……。上杉さん」
私は上杉さんの耳元でそう繰り返した。
しかし、一向に起きる気配は無い。
仕方なく私は車を降りて、反対側に回ると上杉さんのシートベルトを外し、上杉さんの身体を揺すった。
「上杉さん、上杉さん、着きましたよ」
すると「うーん」と声を上げて、私の肩に手を回して来た。
ちょ、ちょっと……。
私は上杉さんを抱きかかえ、家の中に連れて行った。
玄関で一度下ろすと、車のドアを閉めて、玄関の鍵を閉めた。
そして先に上がりまた上杉さんの身体を抱える。
そのままリビングのソファに連れて行くと、上杉さんを寝かせ、ハイヒールを脱がせて玄関へと持って行った。
シャンパンの飲み過ぎだろう……。
私は気持ち良さそうに眠る上杉さんを見て微笑んだ。
車の中に上杉さんのバッグを忘れている事に気付き、取りに行く。
そしてリビングに戻ると、上杉さんはソファに起きていた。
「あれ、私、寝ちゃってましたか……」
そう言うとまた横になる。
私はそれを見て笑ってしまった。
一人ダイニングの椅子に座るとポケットからタバコを出し、咥えるとマッチで火をつけた。
そしてポケットに手を入れ、パーティ会場の喫煙室でもらった名刺をテーブルの上に置いた。
「週刊ファーストスクープ 記者 緑川充子」
名刺にはそう書いてあった。
私はネクタイを緩め、上着を脱ぐ。
そしてその上着をリビングのハンガーに掛けた。
冷蔵庫からアイスコーヒーを出して、椅子に座る。
向かいに椅子に置いた上杉さんのトートバッグには今日、パーティでもらった景品の目録が見えていた。
私はそれを出してテーブルの上に並べた。
ホテルの宿泊券、ハワイ旅行、ヨーロッパ旅行、それと束子……。
ソファで上杉さんが起き上がるのが見えた。
そしてゆっくりと私の方を見た。
「先生……。おはようございます」
そう言われても、まだ夜なのですが。
「起きましたか」
「はい、起きました……」
眠そうな表情で上杉さんは目を擦っていた。
「今、何時ですか……」
私は時計を見る。
二十三時を少し回ったところだった。
「二十三時過ぎですね……」
眠そうに身体を前後に揺らし、上杉さんは頷いた。
多分、聞いていないのだろう。
「コーヒーでも飲みますか」
と訊くと、上杉さんはコクリと頷いた。
グラスにアイスコーヒーを注ぎ、
「入りましたよ」
と声を掛けると、ゆっくりと立ち上がり、ダイニングテーブルにやって来てストンと座った。
しかし、まだ目を開けてはいない。
テーブルに伏せる上杉さんに、私は慌ててコーヒーの入ったグラスを避けた。
「先生……。今日は本当にごめんなさい。私の我儘に付き合わせてしまって……」
起きてるのか寝ているのかわからず、私は上杉さんを見て苦笑した。
「いいえ。楽しかったですよ……」
私はタバコを消してそう答えた。
すると突然、上杉さんは起き上がった。
「本当ですか……」
と私に訊く。
「勿論です。上杉さんの彼氏役も出来ましたし。束子ももらえたし」
「束子……」
上杉さんの記憶の中には既に束子の存在は無かった様だった。
「束子……」
こりゃダメだ……。
私は上杉さんを覗き込む様に見た。
「大丈夫ですか……。今晩は泊まって行かれますか」
と私はコーヒーを飲んだ。
「泊まります……。先生と一緒に寝ます」
私はコーヒーを吹き出す寸前で耐えた。
「だって彼氏じゃないですか……。一緒に寝るくらい当たり前じゃないですか……」
そう言うとまたテーブルに伏せる。
会場を出るまでしっかりしていた上杉さんは、車に乗ると一気に酔いが回った様だった。
それなりに気も張っていたのだろう。
こんなに酔っている上杉さんを見たのは初めてだった。
私は息を吐くと、伏せる上杉さんを見て微笑み、コーヒーを飲み干した。
そしてさっきハンガーに掛けた上着を取り、上杉さんに羽織らせる。
「お風呂、お湯張って来ますね」
そう言うと私はバスルームへと向かった。
バスタブの掃除をしてお湯張りのボタンを押す。
今日はゆっくりとお湯に浸かりたい。
そんな気分だった。
私がそうであるのだから、上杉さんはもっと疲れている筈だった。
ダイニングに戻ると、上杉さんは伏したまま眠っていた。
こりゃ、お風呂も無理かな……。
私は上杉さんに掛けた上着を取り、抱かかえると客間へと連れて行く。
客間の隅には上杉さんの荷物が置かれたままで、そのままベッドに上杉さんを寝かせた。
「ゆっくり休んで下さい」
私は眠った上杉さんに声を掛けると、毛布を掛けた。
そして部屋の照明を消してドアを閉めた。
ダイニングの椅子に座ると、上杉さんのために入れたコーヒーを飲む。
長い一日だった……。
私は初めてぐったりとした気がした。
タバコを咥えてマッチを擦る。
ホワイトムスクの空間の中に紫の煙が漂う。
とりあえず、上杉さんの面目は立ったのだろうか……。
私は新郎新婦に挨拶をした事を思い出した。
この年の差を不思議に感じなかっただろうか。
そうであれば時代は変わったのだろう。
少し年齢の離れたカップルを見ると、やれ不倫だ、やれ援助交際だとつい最近まで騒がれていた。
しかし、もうそんな時代ではなくなってしまい、年の差カップルがある意味美談になる時代になってしまった。
「上杉が年上好きなのは知ってたけど……」
青山はそんな事を言っていた。
上杉さんは年上が好きなのか……。
青山が知っているという事は過去にそんな事があったのだろうか……。
私は、天井で回るファンを見ながら考えた。
私は頭を振る。
そんな事を考えていても仕方がない。
先に風呂に入ろう。
私は立ち上がり、灰皿でタバコを消した。
そして寝室に行き、着替えを取るとバスルームへと向かった。
夕方にシャワーを浴びてからパーティに行ったのだが、緊張で嫌な汗をかいた。
今日はゆっくりと風呂に入ろう。
私は服を脱いで風呂に入る。
荒々しく全身を洗い、バスタブに沈む。
自然と声が出た。
しかし、よく考えると仕事の仲間に彼氏役など頼むのだろうか。
ましてや編集者と作家の関係。
私はずっと疑問だった。
上杉さんは私に心を許しているのか。
私に好意があるのか。
疑問は疑問を呼び、私の頭の中はクエスチョンマークに一杯になった。
十五も年齢の違う相手と恋愛が出来るのか。
いや、中には親子程の年の差で結婚するカップルもいる。
しかし、それが自分だとなると、どうもピンと来ない。
例えば私の十五歳上の女性と私が結婚する。
私は十五歳上の女性に恋愛感情を持つ事が出来るのだろうか。
私は風呂に頭まで沈んでみた。
ブクブクと息を吐きながらお湯の中で頭を振る。
そして続かなくなった息のせいで顔を出す。
ダメだ……。
こんな事は考えても仕方がない。
しかし、これはもしかすると恋愛小説を書く上では必要な事なのかもしれない。
私は風呂を出て、バスタオルで身体を拭く。
服を着てバスルームを出た。
バスタオルで濡れた髪を拭きながらダイニングへ行くと、キッチンに上杉さんが立っていた。
「上杉さん……」
私の声に上杉さんが振り返る。
「あ、すみません。なんかお腹空いちゃって……」
と何かを作っていた。
確かにオードブルを少し食べただけで、食事らしい食事はしていなかった。
「大丈夫なんですか……」
私は上杉さんに訊く。
「何がですか……」
さっきまでの酔った上杉さんが嘘の様に、いつもの上杉さんになっていた。
「あ、私、もしかして変な事言ってました」
言ってましたけど……。
「あ、いや、そうではないですけど、結構酔ってらしたみたいだったので……」
そう言うと私は椅子に座った。
「シャンパンって駄目なんですよね……。本当に酔ってしまうんですよ……。眠くなるし」
知ってます、知ってます……。
「先生も食べますか……。パスタ作ろうと思ってるんですけど……」
日が変わったところだった。
しかし私も空腹のままでは眠れそうになかったので、
「はい、戴きます」
と答え、髪を拭いたバスタオルを洗濯機の中に放り込んだ。
少し眠ってすっきりしたのだろうか。
上杉さんは鼻歌を歌いながらパスタを作っていた。
直ぐにパスタが出て来た。
「パスタソースが無かったので、梅茶漬けと塩昆布のパスタです」
と見た目の和風のパスタが出て来た。
しかし、これはこれで美味しそうだった。
どうやら茹でたパスタを梅茶漬けと塩昆布、和風だしを絡めて炒めるらしい。
これなら私でも出来そうだった。
「美味しそうですね……」
上杉さんは二人分のお茶を準備しながら、
「ええ、美味しいですよ。たまに作るんです」
と言う。
私は手を合わせてパスタを食べる。
うん。
なかなか美味い。
二人とも一気に食べ終えてしまった。
「ご馳走様でした」
私は手を合わせた。
「本当に私、変な事言ってませんでしたか」
上杉さんはお茶を飲みながら訊いた。
「え、ええ……」
私はそう答え微笑む。
「だったら良いんですけど……」
私はタバコを取り一本咥えた。
「ご自宅まで送りましょうか。明日、お仕事ですよね」
私はマッチを擦る。
「明日は有休なんですよ。何かこうなってしまう予感がしてて……」
ん……。
こうなってしまう予感……。
私はマッチを持ったまま固まった。
もしかして、今日のこの一夜彼氏は計画的なモノだったのか……。
私は指の傍まで燃えたマッチを、慌てて灰皿に落とした。
「あ、いや……。ほら、シャンパンでね……酔ってしまう気がしてたので……」
あ、そっちか……。
私はもう一本マッチを擦り、タバコに火をつけた。
上杉さんはパスタの皿を持ってシンクへと行き、また座った。
そしてテーブルの上に置かれた名刺を見付ける。
「週刊ファーストスクープ……。緑川充子……」
その名刺をじっと見つめて読み上げた。
「先生、この名刺……まさか、会場で……」
私は頷く。
「ええ、喫煙所で声を掛けられまして……」
上杉さんは眉を寄せてじっと名刺を見ていた。
「私が作家である事も知ってましたし、上杉さんが編集者である事も……」
上杉さんはコクリと頷く。
「ええ……。充子は同級生なんですよ……」
「えっ……」
私は口元でタバコを止める。
「週刊ファーストスクープに居るとは知らなかったんですけど、雑誌の編集をしているって同窓会で言ってたのは覚えてます」
私はタバコを消して、お茶を飲む。
「まさかゴシップ誌の記者だったとは……」
ゴシップ誌。
確かに週刊ファーストスクープはゴシップ誌かもしれない。
ある事ない事書いてしまうので有名で、以前、椎名先生もゴーストライター説をでっち上げられた事があったらしい。
「まあ、何も問題はないですよね……。私も先生も独身ですから、付き合っていたとしても……」
世間はそれで大丈夫かもしれないが、上杉さんが会社で立場が悪くなる事はあるのかもしれない。
「一度、取材をさせて欲しいと言われましたよ」
上杉さんはテーブルをドンと叩き立ち上がった。
「それは絶対にダメです」
私はムキになる上杉さんを見つめる。
「どうしたんですか……」
上杉さんは我に返り、
「あ、いえ……。何でもありません」
と言うと座った。
「たかが取材でしょ……。上手くやれば宣伝効果もあるんじゃないですか……」
上杉さんは首を横に振った。
「ダメなモノはダメなんです」
そう言う。
私は少し考えて、
「まあ、上杉さんがそこまで言うならお断りしましょう」
と返事をして、お茶を飲み干した。
「どうしましょう。送りましょうか」
と私は上杉さんに訊いた。
「私、泊まるって言いましたよね……」
と上杉さんは言った。
「えっ……」
上杉さんは泊まると言った事を覚えている様だった。
上杉さんもそれに気付いたのか、顔を赤くした。
「私、お風呂戴きますね……」
と言うとそそくさと客間の方へと向かった。
そして着替えを取って来ると、私の上着の胸に入っていた下着を取りバスルームへと入って行った。
一体、どうなっているのでしょうか……。
私は、上杉さんがわからなくなった。
時計を見ると午前一時を過ぎていた。
ようやく上杉さんも風呂を出て来た。
化粧を完全に落として、頭にタオルを巻いていた。
化粧を落とした上杉さんを見るのは初めてではないが、化粧をしなくても殆ど変わらない。
「やっぱりお風呂は気持ち良いですね……」
と言いながら椅子に座る。
私は上杉さんが風呂を出るまで寝るに眠れず、ダイニングで待っていた。
「なにか冷たいモノでも飲みますか……」
私が席を立つと、
「あ、良いですよ。自分で取りますので」
と、上杉さんは冷蔵庫を開けた。
「ビールも冷えてると思いますよ」
「あ、いえ、もうお酒は……」
と言い、冷えた炭酸水を持って来た。
そしてボトルを開けて喉を鳴らして飲む。
「先生、本当に今日はありがとうございました。これで私の面目も立ちます」
上杉さんは私に頭を下げる。
「いえいえ、いつもお世話になっている事ですし、これくらいの事は……」
そう言って笑う。
「そんな……。お世話になっているのは私の方なのに……」
そして二人で自然とテーブルの上の景品に目をやる。
「ホテルの宿泊券とハワイにヨーロッパ……。束子は良いとして、凄い景品ですよね……」
上杉さんはテーブルの上に置いたスマホを手に取り調べ始めた。
「ハワイが多分三十万くらいですかね……。安く見積もって……」
上杉さんはメモに三十万と書く。
「ヨーロッパは五十万くらいかな……。ホテルの宿泊券は……。ホテルの宿泊券は安く見ても十万ですね……」
そして上杉さんは束子を手に取る。
「先生……。この束子って身体を洗うためのモノみたいです。七千円とかしてますね……」
束子で七千円……。
それは確かに高級かもしれない。
しかも身体を洗うモノ……。
私は上杉さんから束子を受け取ると、その毛を触ってみた。
確かに柔らかい気がする。
「なるほど……。気持ち良さそうですね……」
上杉さんもまた手に取る。
「知ってれば使ってみたのに……」
なんて言っている。
「良かったらお持ち帰り下さい」
私はそう言うとタバコを手に取る。
「持ち帰ると先生が使えないじゃないですか」
いやいや、上杉さんが使った束子を私も使うってのもどうかと……。
逆もしかりですし。
「此処に泊めて戴いた時に使う事にしますから良いですよ」
此処に泊まる……。
そんな事は滅多にない筈なのだが……。
「どうしますか……。勿論、一緒に行きますよね、旅行……」
上杉さんは身を乗り出して訊く。
まあ、部屋を追加すれば行けない事は無い。
ただ、あの村上夫妻と一緒だとボロが出てしまう気もする。
「まあ、少し考えましょう。私もそうですが、上杉さんもお忙しいでしょうし。スケジュールが合うかどうかも……」
少し膨れっ面で炭酸水を口にする上杉さん。
「じゃあ、このホテルの宿泊券はどうしますか……」
流石にホテルの宿泊券をもらっておいて、別の部屋と言う訳にはいかない気もする。
食事だけ一緒にして上杉さんだけ泊まってもらうってのもありかな……。
それ以前に一つ訊いておきたい事があった。
「上杉さん……」
私は立ち上がり、冷蔵庫のドアを開ける。
そして普段は飲まないビールを取り出し、グラスを取る。
そしてテーブルに戻ると、そのビールをグラスに注いだ。
「一つ訊いて良いでしょうか」
上杉さんは炭酸水のボトルをテーブルに置き、姿勢を正した。
「はい……。何でしょうか」
「いや、そんな畏まらなくても良いのですが」
私は素面では訊けない気がして、ビールを一気に飲み干す。
「その旅行にしても、ホテルにしても……」
「はい」
私は空のグラスにまたビールを注いだ。
「相手は私で良いのでしょうか……」
そう言い、返事を訊く前に私はまたそのビールを一気に飲み息を吐いた。
上杉さんは、じっと私を見ている。
そして少し目を伏せて考えていた。
そして顔を上げる。
「これは先生と私が一緒に戴いた景品です。先生と行くのが筋じゃないかと……」
筋ですか……。
私は普段あまり飲まないビールを飲み干した。
そしてゆっくりと席を立つともう一本ビールを持って来た。
「それに、先生の恋愛小説のネタにもなるんじゃないかと思いますし……」
上杉さんはテーブルの上の目録をトントンと指で叩きながら言う。
「あの……」
私はまたビールを一気に飲み干す。
「はい……」
上杉さんは炭酸水のボトルを取り、キャップを開け、口に付けた。
「私も男ですよ……」
私はそう言ってマズイと思った。
そんな事を言ってしまうと意識してしまう事が必須だった。
私は気まずく思い目を伏せた。
すると上杉さんはクスクスと笑った。
「先生……」
上杉さんは俯いた私を覗き込む様に見た。
「はい……」
私は顔を上げて空のグラスを握りしめる。
「それを言うのならば……」
上杉さんはじっと私を見ていた。
「私も女です」
上杉さんはそう言った。
私は全身が心臓になったかと思う程にドキッとした。
私は缶ごと口にしてビールを飲み干した。
そして立ち上がり、
「今日はお疲れ様でした……。もう寝ましょうか……。おやすみなさい」
私はそう言うと上杉さんをダイニングに残し、足早に寝室へと向かった。
なんて事だ……。
これじゃこの先、仕事にならんかもしれん……。
私はベッドで毛布を被り、そんな事を考えた。
このまま話を終わらせてしまうと、明日の朝から気まずくなる事にも気付く。
どうすれば良い……。
完全にミステイクだ……。
私は毛布から顔を出し、時計を見る。
深夜二時過ぎ……。
困った……。
助けを求めて私の所に来ただけの上杉さんになんて事をしてしまったんだろう。
私は寝るに寝れず、目がどんどん冴えて行く自分に気付く。
どうしようか……。
私は暗い天井をじっと見つめていた。
トントンとドアをノックする音が聞こえた。
「先生……」
上杉さんの声が聞こえる。
寝たふりをする事も出来るのだが……。
「はい」
返事をしてしまった。
ドアがゆっくりと開く。
私は背を向けたままその明かりを感じていた。
そしてゆっくりと振り返ると、枕を持った上杉さんが立っていた。
そして上杉さんがドアを閉めると、そのシルエットだけが部屋に見えた。
「あの……」
私がそう言うと、上杉さんは私のベッドに入って来る。
「もう少しお話がしたくて……」
上杉さんは私の背中に背中を付けていた。
「あ……、はい……」
私は出来るだけ身体を小さくして返事をした。
「向こうに行きましょうか」
私が身体を起こそうとすると、私の袖を上杉さんは引っ張った。
これは寝るなんて出来る筈も無い。
「さっきの充子の事なんですけど……」
充子……。
誰だっけ……。
あ、ゴシップ誌の……。
「はい」
私は息を吐いているのか吸っているのかもわからなかった。
「彼女は高校の同級生で……」
「はい」
「仲も良かったんです。当時は……」
私は黙って上杉さんの話を聞く事にした。
「今日、青山君が言ってましたよね、私が年上好きだって」
「ああ、言ってましたね……」
なんて言ったがしっかりと覚えていた。
「高校生の時もそうだったんです。私はある先生に憧れてました。恋愛感情とは違うのでしょうが、若い頃にはよくある事で……」
「……」
上杉さんの吐息が聞こえる。
「それを充子に話した日から、充子が私をライバル視するようになりました。充子も多分、その先生が好きだったんでしょうね。彼女の場合は多分恋愛感情を抱いていたのだと……」
なるほど……。
「それから一切、口を聞かなくなり、卒業する時に一言だけ、彼女に言われたんです」
私はゆっくりと上杉さんを振り返り、
「何を言われたんですか……」
上杉さんは私を見て、クスリと笑った。
「あなたには負けないから……。そう言われたんです」
私は息を飲む。
「だから、先生に充子が近付くのは……」
上杉さんは囁く様に言う。
「なるほど……」
私は天井を見て息を吐いた。
「わかりました。緑川さんの取材はお断りします」
私はそう言って上杉さんを見た。
上杉さんは微笑み、
「良かった……」
と囁く様に言った。
そしてベッドを抜けて立ち上がると枕を抱えた。
「じゃあ私も寝ます」
そう言うと寝室のドアを開けた。
あれ……。
そう言う事か……。
上杉さんはクスクスと笑い、
「これもピロートークって言うんですかね」
と言うと出て行った。