11話 ホワイトムスクの結婚式
目を覚ますと時計はもう午後の時間を指していた。
私はベッドを抜け出すと顔を洗い、少し迷ったが、一応着替える事にした。
今日は日曜日で、仕事もオフにしようと決め、ある意味、気合を入れて寝る事にしていた。
私は冷蔵庫を開けて、何か作ってみようと考えた。
いつもあまりに料理をしないので、休みの日くらいは何か少し作ろうかと……。
しかし、冷蔵庫の中の食材を見ても何も思いつかない。
それはそうだろう。
普段何もしていないのに、いきなり何か作ろうと思っても何も思いつかないのは当たり前の事で。
とりあえず、冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを出し、グラスに注いでダイニングテーブルに着いた。
そして何も出来ない自分を噛締めてみた。
「何処かで何か食べるか……」
と、独り言を言い、タバコに火を咥えてマッチを擦った。
何も出来ない癖に拘りもある。
タバコに火とつけるのは、出来ればマッチが良い。
しかし、最近はマッチをもらえる店も無くなってきた。
昔は喫茶店のマッチなどが沢山あったのだが、今では喫茶店自体が禁煙だったりする。
よく行くドラッグストアで十二個で二百円程のマッチを買う事にしている。
「タバコ、おやめになったらいかがですか」
と編集者の上杉さんが良く言っていた。
「百害あって一利なしって言うじゃないですか」
確かにそうなのかもしれない。
出来ればやめたいって気持ちもある。
「でも、タバコが無ければ生まれて来なかった文学は沢山あるんですよ」
なんて作家を気取り、反論する。
かつての文豪は所謂ヘビースモーカーが多かった。
咥えタバコの写真などが残っている事も多い。
高度経済成長期の日本は、オフィスでも咥えタバコで仕事をしていたのだ。
そんな映像も多く残っている。
現代の人が見ると異常な光景なのかもしれないが。
表に車が止まる気配がした。
私は立ち上がり、リビングから表を見た。
タクシーが止まっている様だった。
するとそのタクシーから着飾った上杉さんが降りて来るのが見えた。
上杉さん……。
日曜なのに……。
私は玄関に回り、ドアを開けた。
「先生、すみません」
上杉さんは大きな紙袋とバッグを抱えている。
「どうしたんですか」
「友人の結婚式だったんですよ」
上杉さんはそう言いながら入って来た。
ああ、確かそんな事を言ってたな……。
私は玄関の鍵を閉めて、ダイニングテーブルに戻った。
日曜に上杉さんが来る事など珍しい。
しかし来る予定にもなっていなかったような。
「すみません、突然」
上杉さんは荷物を置いて頭を下げた。
「あ、外出される予定でしたか」
私はタバコを消しながら首を横に振った。
着飾る上杉さん。
出版社のパーティの時に何度か見たが、この部屋で見るのは初めてだった。
「二次会まで時間があったので、先生が居られたら、少し休ませてもらおうかと思いまして」
なるほど……。
ご休憩ですね……。
上杉さんの年齢だと、友人の結婚式も多い時期だろう、もう私の年齢くらいになると、友人の結婚式自体も減り、出席する事も無い。
「あの、ご迷惑でしたか……」
上杉さんは私の顔をじっと見て言う。
「いえ、特に用事もないですし、私は構いませんよ」
私はそう言うとコーヒーを飲んだ。
上杉さんは微笑むと、
「ありがとうございます。私もコーヒー戴いてよろしいですか」
普段ならそんな断りも無いのだが、今日は仕事ではないという事もあり、遠慮しているのだろう。
私はグラスを出して、上杉さんにコーヒーを注いだ。
「あ、奥の部屋、お借りしても良いですか」
と上杉さんが立ち上がる。
「着替えさせて戴いて良いですか」
私は頷いて、どうぞと言った。
上杉さんはバッグを抱えて奥にある客間へと向かった。
私は上杉さんの背中を見送ると、何故か微笑んだ。
普段と少し違う上杉さんが新鮮に見えてならなかった。
「先生」
そう言いながら上杉さんが戻って来た。
「どうしました」
そう言うと上杉さんは背中を私に向ける。
「ファスナー……。少しだけ下ろしてもらえませんか」
ファ、ファスナー……。
女性のワンピースのファスナーを下ろす……。
そんな経験は今までの人生で何度あっただろうか……。
「少しだけで良いですよ」
と上杉さんは強調する。
全部下ろすと下着が見えてしまう事を気にしているのだろうが、そんなに協調する必要はあるのだろうか。
私は、ワンピースのファスナーをご要望通り少しだけ下ろした。
「これで良いですか」
そう訊くと、上杉さんは背中に手を回す。
「あ、もう少しだけ……」
注文の多い編集者だ。
私は一気に全部下ろしてやろうかと思いつつ、もう少しだけ下ろした。
すると上杉さんの手がファスナーに届いた。
「ありがとうございます」
そう言うと上杉さんは客間へ戻った。
良い大人なのだ。
下着が見えたくらいで興奮する事も無いのに。
しばらくすると上杉さんはラフな格好になって戻って来た。
「すみません。ありがとうございます」
そう言うと私の向かいに座り、コーヒーを飲み、息を吐いた。
「本当に、ドレスとかが嫌いで、自分の結婚式とかもジーンズとTシャツ限定でやってやろうかと思ってるくらいです」
斬新な発想かもしれない。
私はタバコを咥えてマッチを擦った。
「でも、会社のパーティとかあるじゃないですか。いつもドレス着ておられますよね」
私は煙を吐きながら訊いた。
すると、小声で、
「ええ、でも実は一着も持ってないんです。その都度レンタルしてます」
なるほど、レンタルね……。
「最近は皆そうですよ。買っても一、二度着るくらいのモノなので、レンタルの方が手軽で良いですし、流行のモノを選ぶ事も出来ますしね」
確かに、女性のドレスには流行もある。
レンタルの方が良いのだろう。
「まあ、レンタルなんで着てる時は少し気を使いますけどね……」
上杉さんはコーヒーを飲みながらそう言った。
そして明らかに引き出物の入った大きな紙袋を引き寄せる。
その中から、有名な洋菓子店の包みを取り出し、テーブルの上に置いた。
「バームクーヘン食べますか」
と私に訊くと、その包みを開き始めた。
「開ける前にバームクーヘンってわかるんですか」
「あら、結婚式と言えばバームクーヘンじゃないですか」
今もそうなのか……。
私はそんな疑問を抱えながら、上杉さんが開ける包装紙をじっと見た。
確かに中からバームクーヘンが出て来た。
しかしイメージしたそれとは違い、白い砂糖でコーティングされたバームクーヘンだった。
「ほらね……」
上杉さんはそう言うとキッチンからナイフと皿をもって来た。
「これって、二人でこの年輪の様に幸せに年を重ねて行きますって意味なんですよね……」
確かそんな意味があった気がする。
「けど、ここまでコーティングされると年輪なんて見えないですよね」
上杉さんはそう言うと笑った。
「まあ、縁起物って事ですね」
私はタバコを消して、キッチンにフォークを取りに行く。
「あ、すみません」
上杉さんはフォークを受け取り礼を言う。
そして二人で引き出物のバームクーヘンを食べた。
私は疑問だった。
何故、上杉さんは二次会までの空き時間に私の所へ来たのだろうか。
別に着替えるだけなら式場でも出来るし、時間を潰すだけなら他にも方法はあったと思うが。
私は向かいに座る上杉さんをじっと見つめた。
スマホを触っている上杉さんが顔を上げ、目が合う。
私は目を逸らした。
「恋愛小説……。進んでますか」
上杉さんは視線をスマホに戻してそう訊く。
「あ、ああ……。少しずつですけどね……」
すると突然身を乗り出し、
「また疑似恋愛が必要ですね」
そう言うと悪戯っぽく微笑む。
疑似恋愛ね……。
疑似恋愛小説ってモノなら書けるのだろうかと考えてしまった。
「どんなシーンがドキドキするかとか、こんなシーンでは何を考えているのだろうかとか、細かい部分でどうしても引っかかってしまうんですよね……」
私は二杯目のコーヒーを飲みながら言う。
「ああ、それは人それぞれなんですよ」
あたかも恋愛経験が豊富な解答だ。
「って私にもあまり経験は無いんですけどね」
違ったみたいだ。
「例えば、さっきの……」
「さっきの……」
上杉さんは背中を見せる。
「ワンピースのファスナー下ろして……。みたいな」
「ああ……」
私は頷く。
「あれって異性に頼む場合って、かなり心を許さないと頼めないんですよね。昨日、今日、付き合い始めた彼氏だったりすると、やっぱり頼みづらくて」
ん……。
それはどういう事だろうか……。
「女性が背中のファスナーを下ろしてもらうって、男性がズボンのベルトを緩めてもらうってのに似てるのかもしれませんね」
ますますわからなくなった。
そんなシチュエーションは滅多にない。
「つまり、かなり無防備な状況を相手に許すって事ですかね……」
私は苦笑しながら訊いた。
「そうです、そうです。だってそうじゃないですか……。あの状況で、私が先生に後ろから襲われても抵抗出来ないじゃないですか」
「まあ、襲いませんけどね……」
そう言って二人で笑った。
「だから、襲われても良いと思うか、絶対にそんな事をしない人って思うか。それくらい心を許せる人じゃないと頼めないって事なんですよ」
なるほど……。
少し理解出来た気がした。
「じゃあ私は上杉さんの心を許せる人って事ですね……」
笑いながらそう言うと上杉さんは笑うのをやめる。
「さあ、どうでしょうか……」
とまた悪戯っぽく微笑む。
この人のこういう所がズルいと私はいつも思う。
多分、いつもこうやって私で遊んでいるのだ。
「じゃあ先生はどうですか……」
「え……」
「私にベルト緩めてって言えますか」
私は上杉さんから視線を逸らして少し考えた。
「それは……」
上杉さんは少し前に乗り出す。
「それは……」
私の答えを待っている様にしか見えないのだが……。
こんな質問に答える必要はあるのか……。
今日はオフの日。
作家と編集者の会話をしなくてもいい日なのでは無いだろうか。
「心を許すと言うより、恥ずかしいですね」
私がそう答えると、上杉さんはクスリと笑った。
「私も先生にファスナー下ろしてもらうのは、やっぱり恥ずかしいですよ」
上杉さんは空になったグラスにコーヒーを注ぐ、
「でも、私が今、考えられる範囲では、そんな事は、先生以外には頼めないかもしれません」
こういう一言がこの人は上手い。
これを書くのが恋愛小説なのだろう。
「その恥ずかしさが無くなるのは、何年も連れ添った夫婦だったりとかするのかもしれませんが……」
私はまたタバコに手を伸ばす。
「そうなるのが目標なんでしょうね。年輪を重ねて行くって言うのは……。けど、そうなると少し寂しい気もしますよね。夫婦になってもいつまでもドキドキしたいじゃないですか」
私は頷き、タバコを咥えた。
「椎名先生は、結婚前でも野々瀬さんの前を平気でパンツも穿かずに歩き回っていたみたいですけど」
椎名先生とは、私が親しくさせてもらっている先輩作家で、最近、編集者の女性と結婚した方。
「結婚したらそう言うのも、ある意味理想ですけどね」
上杉さんは頬杖を突いて、私の顔をじっと見ている。
この姿に何か意味があるのだろうか……。
「あ、二次会何時からななんですか……」
私は時計を見て訊いた。
いや、多分、上杉さんの視線から逃げただけかもしれない。
「十九時からなので、まだ時間あります」
十九時……。
それなら一回、自宅に帰れたのではないか……。
「恋愛小説のヒントになりましたか……」
ヒント……。
そういう姿勢で一切聞いてなかった。
一グラムもヒントになっていない。
「ああ……、まあ……」
私は苦笑しながらそう答えた。
「上杉さんが担当しておられる他の先生方は恋愛小説、書いておられるんですか」
上杉さんは少し考えて、
「そうですね、井川先生とか、柏木先生、桜木先生、美濃部先生なんかも……」
私はその先生たちの名前を訊いて、
「ちょ、ちょっと待って下さい……」
と慌てて言う。
「何でしょうか……」
上杉さんは平然と言う。
どれも大御所の女流作家ばかりだった。
「その先生たちを上杉さんが担当されてるんですか」
「はい……」
「一人で……」
「あ、一部担当が二人付いてる先生もありますけど……」
私は指先で寄せた眉を掻いた。
「あの……」
「はい」
「男性作家の担当は……」
「男性作家は先生だけです」
「そうですか……」
「ええ、それが何か……」
私はじっと上杉さんを見る。
「その先生方をずっと訪問されて……」
「いえ、訪問させて戴いてるのも先生だけです。まあ、数か月に一度くらいは訪問しますけど……」
私はそんなに出来が悪いのか……。
確かに大御所の作家ばかりだが……。
「ほら、先生って出不精じゃないですか。本当は会社に来てもらって打ち合わせるとかも出来ますし、今はネットもある訳ですし」
いや、それはわかる。
前の担当はそうだったので、こんなに頻繁に来てもらう事も無かった。
「一つ訊いて良いでしょうか……」
私は、首を傾げた。
「はい、何でしょうか……」
私は息を大きく吸った。
深呼吸と表現できない異質の呼吸……。
「何故、私の所には頻繁に訪問を……」
上杉さんは意味深に目を伏せる。
意味深に見えたのは私の錯覚かもしれないが。
上杉さんは顔を上げて真剣な表情で私を見据えた。
何故かドキドキする。
愛の告白の返事を待つような気分になった。
「こんな事言うと……。もう来ないでくれって言われるかもしれませんが……」
何でしょうか……。
なんか私は地雷を踏んだのだろうか……。
私は息を飲んだ。
「先生の所って落ち着くんですよ……。私の唯一の癒しの場所なんですよね……」
私は何故か微笑んでしまった。
「あ、それと……」
何、まだあるのか……。
再び、私の鼓動が大きくなる。
「会社からお達しが出てまして……」
私は顔を上げた。
「お達しですか……」
「ええ」
「どんな……」
上杉さんは顔を伏せた。
そして、
「先生に悪い虫が付かないように見ておけと……」
「悪い虫……」
私はまた眉を寄せた。
「他の出版社との契約をさせないようにと……」
ああ、そっちの悪い虫か……。
確かにこんなに頻繁に上杉さんが来ていると他社の契約は結び辛い。
「それだけじゃないんですけどね……」
ん……。
「何か言いましたか……」
私は聞き取れなかったので訊き返した。
「いえ、何でもありませんよ……」
上杉さんはいつもの顔で私に微笑んでいた。
上杉さんはレンタルしたドレスを専用のバッグに入れて持って来た。
「何処かに返しに行かれるんですか」
私はそのバッグを見て訊いた。
「ああ、ネットで借りて、送り返すだけなんですよ。便利でしょ……」
私は頷く。確かにそれは便利だ。
「三日間借りて一万円くらいですかね……」
それが安いのか高いのかは私にはよくわからないが。
「結婚式の度に、何処かにドレス見に行って、それ買ってって考えると、時間も掛かるじゃないですか。でもネットなら、夜中にオーダーしても良いし、余計なモノまで買わなくて済むし」
なるほど。
確かにそれは良い。
「あ、男性用も勿論あるんですよ……」
まあ、私の場合は借りる事も無いだろうが。
「三日で一万円か……。一日三千円くらいって事ですね……」
「まあ、三日着る事は無いですけどね」
上杉さんはそう言うと笑った。
確かにそれはそうだろう……。
「先生は、自分をレンタルするなら一時間幾らにしますか」
椅子に座りながらそんな事を訊いて来た。
どんな発想をしてるのだろうか……。
「自分をですか……。何のために……」
上杉さんは上を向いて考えている。
「例えばデートするとか、ほら、今あるじゃないですか、おじさまデートなんてレンタル」
そんなのあるんですか……。
私は苦笑した。
「そんなの嫌ですよ。一言も喋らないデートになってしまいますよ」
上杉さんはクスクスと笑っていた。
「じゃあ、私をレンタルするなら幾ら払ってくれますか」
私は苦笑して、コーヒーのグラスを手に取った。
「そうですね……。上杉さんをレンタルですか……。上杉さんをレンタルして何をすればいいんですかね……」
「何でも良いですよ。掃除も洗濯もお食事やデート、あ、なんならアダルトな感じも事も」
クスクスと笑いながら上杉さんは言った。
また私をからかっているな……。
「そうですね……。何でもいいって事であれば幾らでも払いますね」
私も笑いながら言った。
「一体何の質問ですか……」
私がそう言うと上杉さんは、姿勢を正して座り直した。
そして真剣な表情で私を見る。
「先生、お願いがあるんです」
上杉さんのお願い……。
今までも無理難題しか無かった記憶がある。
私は少し身を引いた。
「お願いですか……」
お金を貸せと言われるのが一番楽かもしれない。
「今日の二次会、一緒に行ってもらえませんか」
上杉さんは深く頭を下げて言った。
「はっ……」
私はその言葉に固まる。
一体どういう事なのでしょうか。
「お願いします。一生のお願いです」
もう何度も一生のお願いを聞いた気がするのですが。
私はタバコに火をつけて、煙を吐いた。
「どう言う事なのか、教えて戴けますか……」
と私は訊ねた。
上杉さんの話によると、同伴者を連れて行かなければ入れない二次会になっているそうで、要はパートナーが居る事前提で招待されているらしい。
上杉さんの年齢ならばパートナーくらいは居るだろうという事で、居ないとも言えず当日を迎えてしまったという事だった。
何とも恐ろしい二次会だ。
例えば私がそんな二次会に誘われたら、勿論行く事も無いだろうが、女には女の見栄の様なモノがあるのだろう。
「何ともサディスティックなパーティですね……」
私はそう言って笑った。
「そうなんですよ……。酷いんです」
「もはや、二次会でパートナーを見付けようなんで時代は終わったんですね……」
上杉さんは無言でコクリと頷いた。
「あの、お礼はお支払いしますので……」
お礼……。
金で私を買う気ですか……。
私は困っている上杉さんを見て、何故か優越感に浸ってしまった。
「お礼なんて良いですよ……。でも、どうしようかな……」
私は困り果てる上杉さんに意地悪をした。
「お願いします。何でもします、何でもしますから……」
上杉さんは更に頭を下げる。
私は、タバコを消して、コーヒーを飲み干した。
「わかりましたよ。上杉さんが困っているのを見過ごす訳には行きません。今日は一日、上杉さんにレンタルされましょう」
私がそう言うと上杉さんは手を叩いて喜んでいた。
そしてここでいつもの仕返しを私は始める。
「では、前払いという事で……」
私は立ち上がった。
「え……」
上杉さんは立ち上がった私をじっと見ている。
私はズボンのベルトを外し、
「私はシャワーを浴びて来ますね。上杉さんはベッドルームに……」
「え……」
上杉さんの動揺は完全に表情に出ていた。
「あ、あの……」
私は、バスルームの方へ歩き出す。
「あの、先生……」
私は立ち止まり、上杉さんに言う。
「先生じゃないですよ。今日は上杉さんの彼氏なので……」
上杉さんは顔を伏せていた。
「私がシャワーを浴びる間に準備してて下さい」
私はクスリと笑い、バスルームへと歩き出す。
「私の今日の服をベッドルームのクローセットで選んで下さいね。上杉さんに恥をかかせる訳にはいかないので……」
「え……服ですか……」
上杉さんの言葉に私は立ち止まる。
「ええ、服を選んで欲しいんですけど……」
「それだけですか……」
「ええ、他に何か……」
上杉さんは俯いて、
「あ、いえ……何も……」
そう言うと恥ずかしそうに更に下を向いていた。
私は笑いを堪えながらバスルームに入った。
上杉さんは、色を押さえたスーツを出してくれていた。
私はワイシャツにネクタイをしてその上着を羽織った。
髪の毛をワックスでセットして、リビングで待つ上杉さんにそれを見せた。
「どうですか……。これで上杉さんの彼氏に見えますかね……」
上杉さんは、微笑みながらネクタイの歪みを直してくれた。
「完璧ですよ……」
私も上杉さんに微笑み、頷く。
「父親に見られる事だけは阻止したいんですけどね……」
そう言うと二人で笑った。
「あ、チーフが無いな……」
と私が言うと、
「あ、ちょっと待ってて下さい」
と上杉さんは客間に走り、チーフを持って来て上着のポケットに差し込んだ。
「何でそんなモノ持ってるんですか」
私は上杉さんに訊いた。
「それ私の下着です。間違えてもそれで汗とか拭かないで下さいね」
そう言った。