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16 おダンスがお上手ですね

「……へっ!?」


 ダンスに夢中で周囲に人がいる事に気付いていなかったんだろう。


 いきなり人が現れ、そいつが見覚えのある男で、しかもその男にパンツを見られた。


 情報量が多すぎて混乱している様が見て取れる。


「あー……ど、どうもぉ……おパンツ……じゃなくておダンス、お上手ですね……」


 俺は努めて明るく、卯月の笑顔を再現するように頬の筋肉に力を入れた。取り繕うことに必死過ぎて何か言い間違えた気もするが、もう笑顔で押し切るしかない。


「へ、変態だぁああああああああああああああああ!?」


 無機質なコンクリート達が彼女の声を反射する。初めて会った時も思ったが、とにかく声質が良い。東京の街中で発された声はそのまま横浜や千葉まで届くんじゃないかという声量だ。


「どうした!?」


 しみじみと虎子という逸材のすばらしさに惚れ込んでいると、ドタドタと誰かが走ってこちらへ向かってきた。


 エンブレムがはめられた帽子、金色のボタンが映える制服。どう見てもお巡りさんです。本当にありがとうございました。


「ん? キミぃ、前、夜中に補導した子だよね? 早めに親御さんに連絡しようか?」


 どうやら訳アリの様子。警官は虎子を見て警戒心をあらわにした。


「あっ……その……」


 虎子はしょぼんとして俯く。ただ、俺もその警官を見てピンとくることがあった。前に路上ライブをした時に交通整理に来た警官だったのだ。


「あの、もしかして前にアイドルが路上ライブをしている時に交通整理に来てくださった方ですか?」


 俺が尋ねると、警官側も記憶にあったようで「あぁ!」と俺を見て思い出してくれた。


「この前はどうも。叫び声が聞こえたので来たんですが……何事ですかね?」


 警官は明らかに俺を疑っている様子だ。


 仕方がない。あまり使いたくはないが、俺はまた元職場の名刺を取り出す。


「私、Axamという芸能事務所のマネージャーをー……シテオリマシタ黒子と申します。アヤっていうアイドル、ご存知ですか?」


 警察に嘘をついて後で揉めるのは面倒なので元マネージャーという真実を早口で伝える。これなら嘘はついていない。


 警官は「知ってますよ」と頷く。


「実はこの子もその事務所で面倒を見ている子でして……今日はスタジオが早く閉まったので、ここで居残りレッスンをしていたんです」


「居残りレッスン……何か、『ヘンタイ』だとか聞こえましたが?」


 日本の警察は優秀だ。手の内を明かさずにこっちがボロを出すのを待っていたらしい。


「ヘンタイじゃねぇよ。『紅だぁぁぁあああああああああ!』って叫んだんだよ。歌の練習をしていたんだって」


 虎子がそう言って俺のフォローをしてくれた。


 警官は俺と虎子を交互に見て、帽子を目深に被り直す。


「まぁそういう事なら……ですがこの子は高校生なのであまり遅くまで拘束しないであげてください」


「えぇ、分かりました」


 一応は切り抜けたようだ。


 警官が去っていき、足音が遠くまで離れて行ったところで虎子の方を向く。


「虎子さん……だっけ? ちょっと話したいんだけど良いかな?」


「な、何で名前まで知ってんだよ!?」


「前に会った時に友達が呼んでたのを覚えてただけだって!」


「あぁ……」


 虎子は合点がいったように納得する。てっきり「はぁ? キモッ」と言われるのかと思ったが案外しおらしい。


「おっさん、アヤのマネージャーをしてるのか?」


「正確には元マネージャー。今はエトワールって言うアイドルグループをプロデュースし……しようとしているところ……かな」


 胸を張って言える実績がないので言葉が濁る。


「そういえば前に路上ライブをしてたって……あのメイド服の人達のこと?」


「そう。見てたのか?」


「通りがかっただけだよ」


 見ていたと素直に言えばいいのに。


「どうだった?」


「別に何も。いかにも素人が頑張って練習しましたって感じだった。踊りに関しては」


 俺が少しムッとしたのに気付いたのか踊り限定に意見を変えた。


「ま、虎子さんに比べれば、そりゃね。どこかで習ってたの?」


「習ったっていうか自己流だけど……一応Axamの練習生でもある」


 練習生とはすなわちデビュー候補の人だ。俺はアヤの担当で忙しかったので練習生全員の顔までは覚えていないが、こんなに上手なら社内でも話題になっていたはずだ。


「俺がいた時は見なかったな」


「今月からなんだよ」


「なるほどな。辞めた方が良いぞ。社長がクソだからな」


「で、今日辞めたんだ」


「そりゃ正解だ」


 初めて虎子と目を合わせて笑い合う。お互いに何があったのかは知らないはずだが、それなりに不快な経験をしていたんだろう。


「ダンスが好きなら俺達と一緒にやらないか? 今な、ダンスリーダーがいないんだわ」


「あ、あたしが……メイド服か……まぁ助けてもらったし話は聞かないでもない。どこでやってんだよ?」


「この近くだよ。今日はもう遅いから……また明日来てくれ」


 俺はそう言って鞄に入っているコンカフェのチラシを渡す。


「コンカフェ……け、健全な店だよな?」


「大丈夫だよ。他のメンバーも高校生だから」


 乳首のカラーコードをネットに晒す奴と、訛りがキツイ美女と、酒癖が悪いお姉さんと、卯月。うん、健全だ。


 虎子はエトワールの事を調べるためなのかその場でスマートフォンをいじり始める。そして、すぐに「はぁ!?」と声を荒らげた。


「エロサイトに動画を上げてるグループのどこが健全だよ!」


 虎子が見せてきたのはまとめサイトに貼られているスクリーンショット。


 海外の有名なポルノサイトの画面は良くお世話になっていて見覚えがある。


『【公式】エトワール』と書かれたユーザ名で、この前の路上ライブの様子がアップロードされていた。


 絶対に茉美の仕業だ! 間違いねぇ! 言うだけならまだしもマジでやる奴がいるか!?


 俺は「犯人を明日教えてやる」としか言えなかったが、虎子は渋々OKをしてくれたのだった。

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