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1 冤罪、クビ、寝過ごし

 芸能事務所『Axamあくさむ』の会議室。ボロボロのオフィスから新築のビルの一室に移転して一週間。


 そんなめでたい日、俺は新品特有の匂いを漂わせるのオフィス什器と事務所の重役たちに囲まれていた。


黒子くろこ、これは本当なのか?」


 派手な柄のスーツに身を包んだ事務所の社長が俺に見せてきたのは、身に覚えのないラインの履歴。相手は事務所の看板タレントである座間ざまあやだ。


『お疲れ〜! 今度飲みに行かん?』


『今日の衣装可愛かったぞ。裏からだとパンツ見えてたけどな(笑)』


 身に覚えのないメッセージ。だが、メッセージアプリのスクリーンショット上では俺が送信した事になっている。


「いやいや……してませんって!」


「そうか。ならこれはどうだ?」


 社長はそう言ってスマートフォンで音声を再生する。


『おい! やる気あんのかよ!? 血反吐はいても練習すんだよ! 寝る間なんかあると思うなよ!? ちょっとテレビに出だしたからって調子乗るなよ!?』


 流れているのは俺の声。とても自然だがこれも俺は言っていない。


「言ってません。AIで捏造でもしたんです? というかこれは――」


 俺の話を遮るように社長が手を挙げる。


「単刀直入に言う。お前、アヤの初期からのマネージャーってことでいい気になってあいつにパワハラやセクハラをしたな?」


「……はっ!?」


 そんなわけ無いだろ。


 座間絢ことアヤは飛ぶ鳥を落とす勢いで売れている女性アイドル。アイドルグループでの活動を経ずにソロでデビューし、今ではバラエティから歌番組、果てはドラマ出演までこなす超人気アイドル。ネットの世界で配信をすればたちまち同接者数でもランキングに食い込む。


 リアルもネットも制覇目前。倒産寸前の弱小事務所だったAxamが一等地に移転できたのもアヤのお陰。彼女だけがこの事務所の稼ぎ頭だからだ。


 そして俺はデビュー前から彼女の面倒を二人三脚で見てきたマネージャー。マネージャーとは言うが、歌やダンスのトレーナー、テレビ収録のフィードバックもやっている。まぁ小さな事務所で人手が足りないので全部自分でやるしかなかったんだけど。


「そんなことはしていません。これは全部捏造です。誰かが仕組んでいる! そうに違いありません!」


 俺の必死に訴えも社長は鼻で笑って退ける。


「残念だが全部アヤ本人からの証言、データの証拠がある。それに――」


 ガチャリと扉が開いて、サラサラの長い茶髪をなびかせながら一人の美少女が入ってきた。御年18歳。今、日本で一番人気のアイドルのアヤ本人だ。


「なっ……アヤ!? 来なくて良かったんだぞ!? 辛かっただろうに……俺が話をつけるからわざわざコイツに会わなくても……」


 社長は俺と話す時とはまるで違う猫なで声でアヤに話しかける。ハラスメントどうこうとは別の話で、事務所の稼ぎ頭であるアヤに頭が上がらないのだ。彼女の機嫌を損ねて移籍されたら事務所はおしまい。それが分かっているんだろう。


 だがその態度が彼女を増長させていることもまた事実。俺は彼女に口酸っぱく調子に乗るなと言い聞かせてきたが効果は無かったようだ。


「一応、最後だから。言いたいことは言っておこうかなって。黒子、この弱小事務所が一等地の新築ビルにいられるのは誰のおかげ?」


「そりゃ頑張ってる皆のおかげだよ。自分一人のお陰だって言って欲しいのか? それは違うぞ」


「はぁ……だからそういうところが気に食わないっての……チッ……」


 アヤは腕組みをして、神経質そうに指を小刻みに揺らしながら舌打ちをした。彼女は売れてから変わってしまった。いや、元々こういう人だったのかもしれない。


「売れる前から担当してただけの無能の癖に説教ばっか。ウザイんだよね、そういうの」


「担当してただけっていうけど……ボイトレもダンスも俺がやってたろ……」


「専門のプロの先生をつけることにしたの。黒子みたいな素人に教わらなくても――」


「二人共、喧嘩なら外でやってくれ」


 ヒートアップしかけてきた俺達を社長が止めに入る。


「アヤ、言いたいことがあるなら簡潔にまとめてくれないか?」


 アヤは面倒くさそうに「はいはい」と返事をして俺の方を向く。


「黒子、アンタは今日でクビにしてもらうから。あたしにパワハラセクハラするって正気じゃないよ? あたしが仕事できなくなったら事務所は終わりなの。アンタは才能があって売れた私に嫉妬した無能なミジンコ。雑魚。分かる? 無能なミジンコが天才の足を引っ張って、事務所の皆を巻き込んでるの。私はそのミジンコを駆除したい。そういうことだから」


 そう言ってアヤは部屋から出ていく。俺は社長の方を向く。


「社長、アレはなんですか?」


「うちのエースだよ。ハラスメントが事実かどうかはどうでもいい。ただのマネージャーと金の成る木のタレント、どっちを取るかってだけの話だよ」


「前者を取る人はいないでしょうね」


「そういうことだ。物わかりが良くて助かるぞ」


 俺はアヤの機嫌を損ねた。だから切られる。そういうこと。社長はアヤの味方。だから質問をしたって変わらないんだろう。


 社長は脚を組み直して「黒子、二択だ」と言う。


「やったことを認めて謝罪してくれ。そうしたら会社都合退職にしてやる。そうじゃないなら……分かるな?」


 懲戒解雇。その言葉が頭をチラつく。この事務所で働き始めて3年。地下にある小さなライブハウスから始まった物語はここで終わるらしい。いや、俺がいなくなるだけだ。アヤの物語は続く。だが、その成功を隣で見られないことが心残り。


「……やってません! そんな事するわけ無いでしょう。俺が――」


「分かった。じゃあお前はクビ。1ヶ月分、給料は前払いするから明日から来ないでくれ。皆に迷惑だ」


「そこまで……」


 そこまで言うかよ……


 口にはしないがアヤとは二人三脚でやってきた自負がある。この事務所の功労者は彼女だけじゃない。


 だが何を言ったところで金を産んでいるのは彼女だけ。金を産まない俺の代わりはいる、ということなんだろう。


 俺は握りこぶしに全ての怒りを詰めて、会議室を後にした。


 ◆


「お客さーん! 起きてくださーい!」


「うぅ……」


 気持ち良く寝ていたのにいきなり揺すられて起こされる。目を開けると電車のドアが開いて停車していた。周囲には誰もいない。


 やけ酒をしていて電車に駆け込んでそのまま寝てしまっていたんだった。


「あ……あれ!? ここどこ!?」


「南栗橋ですよ。終点です」


 それ、寝過ごして送られる駅で有名な場所じゃないか?


 俺の家、都内なんだけど……


「やばっ! 東京方面に戻る電車――」


「ありませんよ。終電です」


「えっ……」


 念の為に地図アプリで現在位置を確認。ギリギリ埼玉県、ほぼ茨城県。


 終電……終点……終わった!

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