07. 卒業パーティー
「ルナ、人が多いから腕を離すなよ」
卒業パーティーの会場は学院の横にあるダンスホールだった。
公共の建物の為、貴族だとか平民だとか身分関係なく沢山の人でダンスフロアはごった返している。誰が誰の付き添いだとか、誰も関心なんてない。ただただ今日卒業する学生たちを盛大にお祝いせんと、老若男女関係なく集まり華やかに盛り上がっていた。
そんな光景を目にしたレイはルナにもっときつく腕に掴まるよう囁き、唯一貴族のみしか入場が許されていない二階のフロアへと足を進める。きっとレイとルナ、二人だけの参加であったなら、だれにも邪魔されないようにダンスフロアに紛れていたかもしれない。だが今日は体調の悪い義母も付き添いでいるのだ。彼女の体調が何よりも第一の優先事項だった。
「本当にたくさんの人ね。祝辞の言葉が聞こえないわ」
義母のため息交じりの文句に苦笑する。
学院の理事長がどこにいるのか、もうオープニングセレモニーが終わったのかどうかも分からない。人々の声でオーケストラの奏でるハーモニーさえもかき消されていたのだから。
「私たちは少し挨拶をして回って、すぐに帰らせてもらうよ。二人は遅くなりすぎないようにほどほどにして帰ってきなさい」
こんなお祝いの席でも義父は侯爵家という立場を忘れない。ルナの同級生の貴族たちに挨拶をしにまわるようだ。それに付き合う義母に少し同情はするものの、これも貴族の仕事の一つなのかと思うと何も言えなくなった。
「リリー!素敵なドレスね」
奥に見慣れた赤毛の女の子が背の高い赤毛の男性といた。リリアナだ。一緒にいるのは噂に聞く従兄だろう。義兄の腕へと組んでいた手をほどき、彼女のもとへ走り寄る。
リリアナはクリームベージュのドレスを着ていた。可愛らしい彼女にはぴったりなゆるふわのドレス。赤髪も映え、いつも嫌がっているくせ毛も、上に一括りにまとめあげるとボリュームがでてスッキリしている。今日のそんな彼女はいつもと異なり、とても高貴な上品さを醸し出しているお姉さんのようだった。
「あら、ルナごきげんよう」ふわりとしたドレスの裾を掴んで可愛らしく挨拶する。「レイ様もご無沙汰しております。従兄のエルモンドです」
「リリアナ嬢、とても素敵です」
リリアナのもとへ駆けて行ったルナを急いで追いかけてきたレイ。だが焦る顔を表に出すことなく、何食わぬ顔でリリアナに話しかけ、ついでに彼女の従兄のエルモンドによろしく、と手を差し出し握手を求める。
リリアナはレイの服装を見て一瞬驚きで目を見開いたものの、すぐに表情を戻して「ありがとうございます」と返した。
「これがレイ様から贈られたドレスね?上品で素敵だわ。ルナにとてもよく似合っている」
ルナは恥ずかしさを隠すように下に目をやり、少し頭を掻く。
「リリーもとても素敵よ、そのドレス。あなたの情熱的な髪がとても映えているわ」
「そうでしょう?私、初見でこのドレスを見た時から、とても気に入ってしまって!絶対にこれで卒業パーティーに参加しようと思っていたの。さすが分かってくれるのね」
リリアナとルナはお互いのドレスを褒めあう。きっと社交界にでたらお世辞でもこんな掛け合いをしないといけなくなるのだろう。だが今日はお世辞ではなく、お互い本音で似合っていると褒めあっていた。
「そういえばルナ、少しご飯食べて来た?」
「ええ。軽食を家で食べて来たわよ」
首をかしげる。
「実はね…。あっちに今王都で大人気のケーキ屋さんのデザートが今日特別に数量限定で提供されているらしくて…。よかったら少し味見しにいかない?」
流行り物が大好きなリリアナ。獲物を逃さん、と狩人のように瞳を輝かす。
「もちろんよ、行きましょう?お義兄様たちはどうするの?」
まだデビュー前の卒業したばかりの生徒たち。美しいドレスも、煌びやかな会場よりも、豪華な食事やデザートに皆、目や心を奪われる。そしてルナもリリアナもその一人。気心しれるレイやエルモンドが傍にいるせいなのか、周りの視線も全く気にならない。
「エルも一緒にいく?」
「いや、俺はここでいるからいいよ」
赤毛の男は人懐っこく笑う。
「俺もここで男同士話してるよ、二人で行っといで」
レイもすぐさまエルモンドに便乗する。
「そう?じゃぁ、お義兄様の分も取ってくるわ。エル様と待っててくださいね」
分かってる。義兄はデザートに群がる女性たちに近づきたくないだけだ、という事に。
すかした顔に似合わず甘いものが大好きなレイの為に、ルナはそう一言添え、リリアナとその場から去ることにした。
*****
「ねえルナ?何でお兄さんとそんなカップルみたいなお揃いの服で参加してるのよ」
男性たちと距離が出た頃を見計らってルナに問いかける。
リリアナはレイの姿を見た時に大変驚いたのだ。ルナとお揃いの服装。それはまるで婚約したばかりのカップルが行うような独占欲の塊のようにしか見えなかったから。
「あらおかしい?でも兄妹だし、そこまで変ではないと思うけど…」
家系の色を服に入れ、家族や兄弟がお揃いの正装やドレスで社交界に参加するのは特に珍しいことではない。リリアナは一体何がそんなに引っかかっているのだろうか?ルナは不思議に思っていた。
「一般的にはおかしくないわ?だけど、ルナには婚約者がいるのよ?また変なところで陰口叩かれるのが目に見えるわ…」
「別にいいわよ。私にはリリーさえいてくれればそれでいいの」
そういうわけではないのだけど…。
リリアナは少し考える。ルナは鈍感すぎるのだ。人気者だったグレイグと婚約したことで、一部からは嫉妬され、ルナのあらを探しているものがいるという事を彼女は分かっていない。そして、人気者のグレイグに今日という晴れ舞台にエスコートしてもらうことなく、義兄と登場するなんて…。ルナの異常なブラコン度はかなり学院内でも有名だ。だが、それ以上にまるでお互い想いあっているかのようなお揃いの服装。見る人が見ればロングベルト家への侮辱のようだと意を唱える者も出てくるかもしれない。
ルナはもっと公爵家の縁を繋ぐという自覚を持つべきだ。そして、学ぶべきでもある。貴族社会ではいかにどれだけ敵を作らないのが良いかという事を。
「まだ、デビュー前だから大人も大目に見てくれるかもしれないけれど…」
リリアナは心配だった。もしこんなにも大好きな兄に婚約者でもできたのなら、ルナはどうなってしまうんだろう?自分にも兄はいるが、ルナの気持ちが理解できない。だって、そんなにべたべた触れ合うほど好きではないから。
「そういえば、そのピアスどうしたの?ネックレスとお揃い…てか、レイ様カラーじゃない!?それもまた愛しのお兄様からのプレゼントなの!?」
ルナの耳元と首元に光るブルーサファイアの飾りに、リリアナは口をあける。服装だけでなく、なんと宝石たちもまでがレイカラーに染まっているなんて。一体この兄妹はどんな神経をしているんだ?リリアナは頭がクラクラしてきた。
「うふふ、これは違うのよ」勝ち誇った顔のルナ。「これはね、お義兄様というよりも、お義母様からの贈り物なの。婚約したときにお義父様から頂いたんだって。だからこのブルーサファイアはお義父様の瞳の色を指したものなのよ。確かにお義兄様のとも同じだし、再加工してくれたのもお義兄様だけど…。でもこれは、お義母様からのプレゼントだって胸を張って言えるわ」
ルナの誇らしげな顔を、はいそうですか、と横目で見るリリアナ。もうこの家には突っ込めない。常識はずれすぎる。
だがその時、ふとある違和感が頭によぎった。そういえば…。
「そういえば、ルナってご両親に似てないわよね。侯爵様の深い瑠璃色の目も、おば様の若葉のような新緑な瞳も、レイ様のような白銀に輝く髪も…。もしかして、その漆黒な髪色も薄い銀灰色の瞳も覚醒遺伝とかなの?」
リリアナは知らない。ルナが全く彼らと血がつながっていないという事を。赤の他人だという事を。自分の髪も瞳もパパと同じなのだから、違っていて当たり前なのだ。
「まぁ、そんなもの…かな?」
事実をいうわけにもいかないので、とりあえず茶を濁すことにした。




