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追伸、愛しています  作者: 聡子
第6章
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04.

 時間通りに戻った私たちは、外で黄色いハンカチを回して、ハンナに帰宅を伝える。ハンナが警備の人たちの警戒をとき、私たちはこっそりと屋敷内に戻ることができた。



 「本当に心臓に悪かったんですよ!」



 ハンナは顔を真っ赤にしてマリアンヌとティエラに小言を言う。まるでお母さんに怒られているように思ってしまい、ついマリアンヌは笑ってしまう。


 「奥様!」

 きりっとしたハンナの瞳がマリアンヌを睨む。

 「今日は旦那様がいらっしゃらなかったからよかったものの、もし御在宅でしたら、すぐに奥様がご不在のことなんてばれてしまっていたんですからね!」

 「でもハンナさん、旦那様はいつだってこの屋敷にはいないわ」ティエラが口をはさむ。たしかに、お兄様がこの家に帰ってきたことなんて、片手でも十分すぎるくらいだ。「私、明日も外出させて頂きますわ」

 「じゃあ、私も」


 「奥様!」


 泣きそうなこえのハンナ。でも、今はマリアンヌの願いを早くかなえてあげないと。


 「早く解決するように努めるから。そうしたら、また勉強を教えてね」



*****


 次の日もティエラと共に下町へと駆り出す。ベンジャミンには気分が悪いので、今日も部屋にいる。何かあったらハンナに伝えて。とは言ったけれども、もしかすると彼はもう知っているのかもしれない。


 「今日はどこにいくの?」

 「昨日の場所と、後は数件行きたい場所が…」

 「いいけれど、こんな行き当たりばったりで本当にサンに会えるとは思わないわ」

 「奥様はお忘れかもしれませんが…」ティエラは言いにくそうな顔で伝えてくる。「私たちは自分の痕跡を近くのモノに魔力を与えることで、残すことができるのです。サンの痕跡は殆ど風化してしまってますが、彼らが私の魔力をたどれば、きっとまた出会うことができるはず」


 ティエラの言葉にコクリと頷いた私は、そのままついていくことにした。


 彼女がまず向かったのは、やはりルナの死に場所。なぜなら一番サンの魔力を感じる場所だから、と彼女はいう。

 「同じ場所に私の魔力を少しでもおいておけば、サンもきっと私の存在に気が付いてくれるはず」


 次に向かったのは、魔力がほんの少ししかない、宿二件と、物販店。

 「ここには殆ど魔力が残ってないんですけど…」

 とティエラはいいつつも戻ってくることを期待して再度魔力を残している、と言っている。

 「もし何かのきっかけでここに戻ってくることがあるかもしれないから」


 そして次はいくつかの食料を取り扱っている市場。

 「ここには彼らの魔力を一切感じないんですが、もしかしたら何かの拍子でここを訪れた時に私の魔力に気が付いてくれる可能性もあるので…」


 そう言って、ティエラはこのまま突き進んでいく。



******



 「最後はこの中なんですけれど…」ティエラは少し気落ちして言う。「この前はここに入れなかったので、行きたいんです」


 外からでも感じる。この路地裏が危険な場所かもしれない、ということが。なぜならヒシヒシと伝わってくるからである。危険な香りと、自分自身の間隔がここは危険な場所だよ、と。


 「こんな場所入っていけないわ!」

 「もちろんですわ。こちらには私一人で行きますから」

 「え、え、え!?そんなことできないわよ!」何のために一緒に来たと思っているの?私が一緒に行かなければ、どうしたらいいのよ?泣きそうな顔になりながら、問いかけるマリアンヌ。


 「私、すぐに戻ってきますから。あちらの奥に一件アングラの集まる秘密のバーがあるようなのです」

 「本当に?どうやってそんなこと調べたの?」

 悲しそうな顔を浮かべるティエラは「それも思い出すことはできないのですか?」と寂し気に呟く。 「とにかく、私は大丈夫ですから。直ぐに戻ってきますので!奥様はここに顔を隠して座ってくださいね?今日の服装的にも、貴族のようには見えませんし…」


 「直ぐに戻ってきますから!」


 ティエラはそう言って、足早に裏路地へと走り去っていってしまった。どうしようか?マリアンヌはしょうがないから、近くの石垣の上にハンカチを置いてその上に腰かける。ティエラを信じて待って居よう、と。


 「あれ?その帽子?」マリアンヌは肩を震わせる。なんで?なんで?あんなに会いたいと願っていた人。少しマリアンヌの役を降りたことでこんなにもまた出会うことができるなんて。その愛しい声にマリアンヌは心を震わせる。「以前もお会いしましたよね。第二師団のフローレンスと申します。夫人」


 マリアンヌは帽子のつばをぎゅっと握り、深く帽子を再度かぶる。きっとお義兄様は私のことに関心がないから気が付かないだろうけれど、念のために。「こ、こんにちは…。リ、リリアンです…」自分でも情けないな、と思う。偽名を考えてなかったマリアンヌはとっさに思いつくリリアナという名をだそうとして、最後だけ少し濁すことにした。


 「リリアン夫人、今日はまたなぜこんなところへ?この奥は少し治安が悪いところです。ご夫人がこんなところで一人でいるのは少し危険です。ひったくりにあうかもしれない」

 「あ、その人を待ってて…」

 「人?こんな薄暗い路地裏の前で?」途端、お兄様の顔がキリっとする。やだ、かっこいい。あ、そうではなくて…。マリアンヌは少しパニックになる。ああ、もっとティエラと予めこういった時のために話のすり合わせをしておけばよかった…。「あ、もしかして…」どんどんのお兄様の顔が険しくなっていく。「あの時のあの侍女がこの路地裏に…」

 「ち、違いますの!」少し声が裏返ってしまった。一度呼吸をし直してできるだけハスキーボイスを心がけて話を紡ぐ。「あ、足をくじいてしまって。今私の使いの者が助けを呼びに行ってくれているので…」

 言い訳が過ぎたかもしれない。あからさまにお兄様は不審な顔をしている。それに…。

 「そうですか。それではここは危ないので、使いの者がくるまで私もここにいますよ」

 となぜかそう言ってあろうことか私の隣に腰かけた。

 「お…」お義兄様、と言いそうになったのを何とかこらえるマリアンヌ。「おかまいなく。今お仕事中でしょう?」

 「部下が見に行ってますので。私は見張りみたいなものです。悪い人をここから逃さないようにするためにね」

 お義兄様のまるで食い入るような視線につい耐え切れず、下を向く。どうしよう?隣にいてくれて嬉しいけれど、ティエラが帰ってくるに来れないじゃない。例え髪色は誤魔化しても、あの珍しい銀灰色の瞳は誤魔化すことができないから。簡単にきっとばれてしまう。ティエラの変装だ、って。

 「あ、ありがとうございます。心強いですわ」

 でもお義兄様をここから追い出すこともできそうにないし、かといって私がここから離れてしまったら、次にティエラと再会することが難しくなる。屋敷の見張りを誤魔化すのも一日に何度もできないであろうし…。それに私不在でティエラが先に屋敷に帰るなんてこともないだろう。

 しょうがないから、このままいきさつを見守ることにした。

「そういえば、リリアン夫人はこちらにお住まいで?」

 ええ、とつい肯定してしまいそうになる言葉を飲み込む。家まで送る、なんて言われたら困るし。

「今はちょっと…」ヘヘと紫色に染まった髪を触りながらそういう。こう言っておけば、何か訳アリと思ってこれ以上突っ込んでこないだろう。

「失礼いたしました」案の定、お義兄様はこれ以上聞いてこなかった。シメシメ。

「そういえば…」これは少し不思議に思っていたこと。ルナ自身が。「なぜ騎士様はこのお仕事をお選びに?ご家族の影響で?」

 お義父様は立派な騎士だった。だからお義父様の後をおう気持ちは分からないでもない。でも、戦争で父を亡くした私を思って、お義兄様は昔は戦争のない国を目指す!と息巻いていたのに、今ではすっかり人を傷つけることに慣れてしまっている。それがとても悔しかった。ルナの悲しみを忘れたかもしれない義兄が悲しかったのだ。

「大事な人がいたんです」兄の声は悲しげだった。「その人の情報を知るには騎士になって、機密情報を閲覧できる地位にならなければならなかった。それだけです。私が騎士を目指した理由は」

「その人は…?」

 私だったら嬉しいな。そう思っていたのに、

「亡くなりました。一人寂しく、無惨な殺され方をしたんです」

 兄が切なげに声を絞り出すようにいうから、こちらまで胸が苦しくなってきてしまった。

「そう…。それはごめんんさい」

「いいえ。それより空気を重たくしてしまってすいません」

 マリアンヌとして接する義兄とは全く違う。むしろ好青年だ。二重人格?そう思ってしまうほどに。それほどルナの事を愛してくれていたんだろう。嬉しいけれど、私の死のせいで前に進めなくなってしまう義兄をこれ以上見るのは嫌だった。

「私が聞いてしまったから。辛いことを聞いてしまって、本当に申し訳ありませんわ。でも…」これ以上苦しまないでほしい。例えマリアンヌのことを憎んでもいい。でも、過去にとらわれないでもっと前を向いて笑って日々を過ごしてほしい。「まだその方を思っているのならば、貴方はもっと笑わないと。そんな暗い表情で日々を過ごしていたら、その方も成仏したくても成仏できませんわ」


「奥様~!お姉様の花屋の前に用意しました~!」


 少し声を変えているけれど、ティエラの声が大通りからした。どうやってこの裏路地から出れたのだろう?でも、お義兄様の傍から離れられる口実ができた。



 「それでは、騎士様。ごきげんよう」


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