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追伸、愛しています  作者: 聡子
第6章
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03. 下町探索

 え?え?え??


 呼吸するのを忘れてしまいそうになる。どういうこと?彼女の任務は暗殺なの?

 言葉を失う。なんて返答すればいいのか迷っていまうマリアンヌ。

 でも動揺を隠そうと、必死にポーカーフェイスを保つ。


 「な、なぜ?友好国の証で私はここに嫁いできたのよ?」

 「奥様はご存知ありませんが、これは国王陛下もご存じの上です」

 「そんな…」

 せっかくお兄様と結婚できたのに、ティエラが暗殺なんてしようもんなら、私も殺されるかもしれない。

 「あ、大丈夫です。私は手を下しません。黒騎士団所属のサンにそれを伝えるのが役目です。彼は失敗し、アスト…あ、スターは自殺薬を飲んだところを回収したのですが、サンの死体は未だ発見できていません」

 「ちょ、ちょ、ちょっと!え?」さすがにポーカーフェイスが崩れる。情報多過すぎる。頭が追い付かない。「スター?が亡くなったの?」スターという人物は知らないけれど、自殺薬だとか怖いワードがスラスラでてくるティエラももっと怖い。

 「ご存じではありませんでしたか?あの雨の日、スターの死体を他の騎士は回収したのです。でも、サンの死体は傍になかった。だから、私は命じられたのです。サンを見つけて、その暗殺を続行するように伝えろって…。ただ…」

 「ただ…?」

 「いえ、なんでもありません。忘れてください」

 「ねぇ、誰を暗殺する予定か教えてはくれないの?」

 「それを言ってしまえば、奥様も王国に命を狙われるかもしれません。だから…」

 「分かったわ。でも、サンを探す行為は私にも協力させて?私もサンに会いたいし…」

 「それは構いませんが…。でもどうやってこの屋敷という名の檻籠からでるのです?」


コンコン

 「奥様?旦那さまがお見えです」


 扉の外からハンナではない他の侍女の声がした。


 「ちょうどよかった。おに…旦那様に頼んでみるわ」

 「あの鬼畜野郎にですか?」


 「大丈夫。お通しして」


 私はティエラにウインクする。でも、ティエラはそんな私を懐疑的に見つめていた。


*****




 「アストロ…あ、スターが出立前に教えてくれたのは、この暗殺が成功すれば、復讐をとげ、晴れて私たちが自由になれるってことだけで…」

 ティエラの話が全く分からない。でも、これ以上問い詰めるのはやめた。何故ならマリアンヌとして帝国で勉強していた知識が、ルナの奥底に眠っている記憶をこじ開けようとしているのを感じたから。それも、血なまぐさい、苦しい記憶。

 夢の中で本物のマリアンヌが言っていた。【全てを知ってしまったら、私が壊れる】と。

 

 自分の過去を知りたいけれど…。でも今は先にマリアンヌの願いを叶えなきゃ。言っていたんだもの。もう時間がないって。

 


 「ちょっと本気ですか??」

 「もちろんよ。旦那様には黙っててね、ハンナ」



*****


 

 あの二回目の社交パーティーで倒れて以降、ハンナやベンジャミンに体調が悪いと伝え、マリアンヌは大好きなレイに会うことを拒んだ。会いたいけれど、怖いから。またお兄様から鋭い視線を向けられたり、冷たい言葉を放たれるのが怖いから。それに再開したらきっと、「体調が悪いなら領地に戻れ」そう言われると思ったからである。どうしてもそれだけは避けたかったから。だからレイと会うことを拒んだのだ。


 「でも、奥様…。やっぱり…」

 「大丈夫よ。ほら、この帽子は鍔がひろいし」そう言って大きな帽子を手に取る。「髪色は今流行りのパウダーつけるし」髪色が簡単に染められるというパウダー。マリアンヌはその中で真っ赤なパウダーを選び、自身のブロンドヘアーに振った。これはティエラによると人気の流行商品らしい。簡単に染められて、髪を洗えばすぐに元通りになるという優れもの。マリアンヌは真っ赤なパウダーで、紫の色に。ティエラは白色のパウダーでグレーの髪色に変身する。「そして服は、皆のおさがり!」フローレンス家で働く侍女たちの服をバザーに出したい、と少し高めの値段で買い取ったマリアンヌ。


 そしてこれら全てを身に着けると…。


 「確かに、一目見てこれじゃあ奥様だって分かりませんけど…」ハンナはため息をつく。一度いったらなかなか意志を曲げないのはルナの良いところであり、短所でもある。恐らく今どれだけハンナが外は危ない、と説明したところでマリアンヌは外に出かけるのを辞めないだろう。前にティエラの事をよく見て負いてと言われたけれどそれが関係しているのだろうか?「奥様、せめて私も一緒に行かせてください」

 「だめよ」さも当たり前のようにマリアンヌはそう返答する。「侍女頭さんはちゃんと屋敷を守ってもらわないと。それにハンナが外出したら私も外にいるってベンジャミンにも旦那様にもバレちゃうじゃない」

 キョトンとした顔で何食わぬ顔でそう説明するマリアンヌ。今からサンを探しに行くんだもの。ハンナは来ちゃダメに決まってるじゃない。

 「でも顔を大きな帽子でかくして、髪を変えて、服装を変えても、やはり近くで見たら奥様は奥様だとすぐにばれてしまいます。隠れて外出しているのがバレたら、旦那様の信頼を失いますよ?せめて二人で…」

 でも、ハンナを連れて出てしまうと、私自身にこっそりと護衛を付けられてしまう恐れがある。そうしたらサンを探しに行くことが少し難しくなるかもしれない…。どうしようか?


 「あの…」ティエラが外から口をはさむ。まあ、なんて珍しい。「私、他の方から聞いただけなんですけど…。ハンナさんってお化粧がとても上手だとか」

 「お化粧?」

 「上手というか…。少し人より手先が器用なだけ…」ルナを着飾るために、と続けそうになるのをこらえるハンナ。

 「なら、綺麗にするのではなくて、少し…。そうだなあ、老け顔の化粧とかはどうですか?例えば、少し年を召したおばあちゃんと私が町を歩いていても決しておかしいものではないのでは…」

 「いや、声で分かるでしょう?」

 「それは頑張って奥様に低い声を出してもらって…」

 もうこんなところで押し問答は無用。「そうね、老けメイクをしてよ、ハンナ!」


******


 と、言うことで、ハンナに老けメイクをしてもらったマリアンヌは、大きな帽子でその不自然な紫の髪色を隠し、グレーに髪を染めたティエラと共に裏庭からこっそりと屋敷を出る。まるでコソ泥のように足音を立てず、ひっそりと。


 「意外と簡単に外に出られるものなのね」

 「はい。私も初めは驚きました。こんなにも警備が薄くてもいいのか?と」

 平和ボケしているのかしら?特に何も気にも留めずにティエラと共に大通りを歩く。

 「それにしてもどこへ向かっているの?」

 「サンとスターが泊まっていた宿は突き止めたんです。なので、その後の足取りを今調査中でして…」

 「そんな何年も前の事、よく覚えているわね。その宿主も」

 感心するマリアンヌ。

 「まあ、たくさん騎士の方たちに事情聴取を受けたそうで…。それに、やはりこの国では黒髪は珍しいのもありますし…」


 そうか。思えば自分自身もルナであった時髪が黒いから何も不思議には思わなかったし、マリアンヌとして目覚めた時も、いつもティエラがいたからそこまで不思議には思わなかった。でも確かに、この街中をぐるりと見渡しても黒い髪の人なんて誰もいない…。


 「あ…」


 突然ティエラが止まった。マリアンヌも同じように足を止める。「どうしたの?」


 でもティエラは黙ったまま。マリアンヌはティエラが見つめる方へと視線を向ける。そこはただの小さな路地。しかしながらある一か所にだけ色とりどりの花が添えられてあった。ドキンの大きく心臓がなる。その動きはとても不穏なもの。


 「ここは…きっとお察しの通り…」

 ティエラが口篭る。そうか、そうなのか。

 「ルナが命を落とした場所です」

 でも何で?何でティエラ、貴女がとても悲しそうな顔をするの?

 「奥様、手を合わしに行ってもいいですか?」

 「ええ…もちろん」

 私は怖かったからその場に行くことはなかった。だって近づいたら何か怖いことを思い出しそうだから。きっとこの胸の不穏な高鳴りはそれを停止させるものに違いない。


 「マダム」上から声が降ってきた。そのぎゅっと胸をわしづかみされるような愛らしい声。何でここに?と今度は甘い気持ちが芽生えてくる。だめなのに。サンという名の騎士を見つけるまでは、あなたとの距離を置きたいのに…。「あの子、いつもああして手を合わせていますが、お知り合いで?」


 愛してる。顔を見なくても分かる。大好きな人だもの。


 お義兄様…。


 マリアンヌは泣きそうになるのをこらえてそっと上を見上げた。


*****


 ティエラは随分と長いことルナが命を落としたその場所で祈っていた。心の中で何を祈っているのかは知る由もないが、全く関係ないと思っていた彼女が手を合わせてくれるのは少し嬉しいものでもあった。


 「私の小間使いです」


 ハンナに言われた通り声を少し低くする。顔を上げるとお義兄様の優しい笑顔があった。久しぶりにみるその優しい笑顔。ぎゅっと胸が切なくなる。


 「奥さんの?」

 「はい。お使いに出すと長いこと戻らないんで、今日は一緒に」

 「そうなんですか…」

 

 ハンナに老けメイクをしてもらったとはいえ、土台はマリアンヌ。こんなに近くで話しているのに全く気付いてくれないお兄様に少し悲しくなる。やっぱり、私の事、気にも留めてくれていなかったのか、と。

 

 「でも、なぜ彼女はあそこで手を合わせるのです?親族でもないのに」

 

 マリアンヌはその問いかけに首を振る。

 分からないけれど、きっとルナと顔が似ているから遠い親族なのかも。ティエラに聞きたいけど聞けない。だって、墓穴を掘って、マリアンヌじゃない、って思われてしまうかもしれないから。


 だから遠くから見つめているだけ。


 「分かりませんわ。でも、心優しい子ですから」


 「あの、マダム…。一度どこかで…」

 「副長!探しましたよ!」


 二人で振り返る。やばい。そこにはハンスがいた。


 「あ、こんにちは。お知り合いで?」


 にこやかに話しかけてくるがマリアンヌは気が気でなかった。なんでこんな時に限ってみんな来るのよ!?ムカムカしながら、マリアンヌは首を振る。ほんの数日前のパーティーでエスコートしてもらったばかりなのだから。マリアンヌは「いいえ」と軽くだけ挨拶をしてお辞儀をし、その場から過ぎ去っていく。


 二人に見つからないように帽子を再度深くかぶって、まだ手を合わせ続けているティエラの方へ向かう。この人たちがいるからティエラはなかなか立ち上がれなかったのでは?そんな風に少し思いながら。



 「ティエラ、悪いんだけれど、あの男が不振に思っているから行きましょう」


 お兄様のことをあの男呼ばわりするのは気が引けたけれど、しょうがないから、ティエラを呼んでsの場から私たちもさることにした。


*****


 「ところで、何であそこであんなに長くお祈りしていたの?」


 貴方たちが私を殺したのに。そう言いたいのをこらえて、ティエラに問いかける。今は近くのティーショップで飲み物を買ってベンチで座りながら談笑しているところだ。こんな風に外で過ごしたことがないから、マリアンヌは全てが新鮮に思える。


 「私たちが、ブライアン・フローレンスを暗殺する計画だったことは覚えていますよね?」

 「ええ」まだ謎だもの。なんで、ティエラたちがお父様を殺そうとしたのか。その理由も。方法も。そして今もまだそれを考えているのかも。

 「私自身、まだ半信半疑なんですけど…。恐らくブライアンの娘をさらって、人質に取り、どこか人気のないところにおびき寄せる予定ではなかったのかな、と」

 「そうかもね」そうじゃなきゃ、私に標的を当てる理由が分からない。「でもそれがあの子の亡骸の前でお祈りをする理由とどう関係があるの?」

 「奥様は気が付きませんでしたか?」

 「何を?」

 「私、ルナの姿絵とそっくりだったでしょう?」

 確かに。マリアンヌはティーを口に含む。でも、これ以上聞いても大丈夫なのかしら?私の精神状態は保たれるのかしら?

 「従妹なんです。ルナは。ずっと死んだと思っていたけれど、実はルナはフローレンス家に引き取られていた」

 「いとこ?」マリアンヌは頭をひねる。

 「はい。私の母親とルナの母親は双子だったんです」

 高熱の後、父アルフォンス・グランと過ごしたかけがえのない思いでしかない。ずっと知りたかった本当の母親。産みの母親の情報。マリアンヌの中のルナはすっかり舞い上がってしまった。マリアンヌは帝国で、ティエラの故郷の最期を勉強していたのに。

 「でも、ならあの家にいたのでしょう?」


 「分かりません。両親は私たちの手で息を引き取りましたし。私も最初はルナを攫っていったのとばかり思っていましたから」


 「でも、王国のニンゲンと話す度、私、分からなくなるんです。本当に彼らが悪人だったのか。だから、早くサンたちに会わないと。そしてなぜルナを殺すことにしたのか聞かないと」

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