08. 白銀の男の正体* 【side of グレイグ】
『毎日彼を見ていて飽きないの?』
もう何か月もこの空間に一緒にいるから、彼女の視線の先に誰がいるかは知っている。けれど、その相手が一体どこの誰かなのかはこの時は全く興味がなかった。
『もちろん。飽きるわけありませんわ』
彼女はいつもそう答える。
『私、こちらにさえ来たら、もっと一緒に過ごせる時間が増えると思っていたのです。だけど、蓋を開けてみれば、領地で過ごしていた時よりもずっと距離が遠くなってしまいました。だから、こうして姿が見れるときはいつでも目に焼き付けていたいのです』
『ふ~ん。でも、何でそんなに好きなの?』
俺も窓から白銀を見おろす。練習を終えた騎士見習いたちの中でも特に一番女性に囲まれている人物。それが彼女が毎日見つめている相手。どういう関係なのか分からないけれど、彼女が恋してやまない男性。
『分かりません。でも、きっと。初めて会った時からずっと好きでした』
幼馴染なのだろうか?でも遠くから見ているだけなら気持ちは相手には伝わらない。
『へ~。でも、そんなに好きなら、あのお嬢さんたちと同じように下に降りて、話しかけにいけばいいじゃん』
俺のその言葉に眉を下げ悲しそうな顔を浮かべる。なぜかその表情にチクンと胸が痛くなる。
『いつからか距離を置かれていますの。近寄ったら冷たくあしらわれるだけですし、遠くから見つめるだけで十分です。きっといつかその日が来ると信じていますので…。その日まで…ずっと…』
*****
「私は羨ましかったです。一人の人間をそんな風に深く愛することができる彼女が。そんな彼女の熱心な姿を見ているうちに、いつしか少しずつ彼女のことを考えることが増え、惹かれていったんです」
「そう…だったのですね」
自分への恋心を惜しみなく語るグレイグにマリアンヌは顔を赤くする。彼のルナに対する一途な想いに恥ずかしくて、こそばゆくて、なんだかフワフワとした気持ちになってしまう。
「ふっ。何で王女さんがそんな顔を赤らめるのです?」加え、彼の笑みは強烈だった。義兄が好き。この感情に嘘偽りはないのに、グレイグの甘い声を耳にするとなぜか少し心が動き、ドキドキしてしまう。「本当に似ています。王女さんはルナに。その表情に仕草…。なんとも言えないけれど、本当に瓜二つです」
*****
本当は外でも自分の素の姿のまま生活したい。嫌なことは嫌だとはっきり言って、自己主張をしたい。でも俺は次男。公爵の爵位を継ぐことができない立場。
『これを騎士科の教師に渡せばいいのですね』
俺は教師の頼まれごとにも笑顔を浮かべ二つ返事で引き受ける。本当は演技なんてしたくなんてないんだけれど、媚びを売るために好青年を演じる。卒業後、世間に出た時の自分の居場所の土台固めを今の間にしなければならないから。
教師からの頼まれごと。
それは何枚かの書類が入った封筒を騎士科の教師に届けるだけ。
なんの書類だろう?興味本位で中身を見た。
【養子縁組 解消方法】
おっと、意外と大事な書類だった。俺はその封筒を大事に抱え、騎士科の校舎へと足早に向かうことにした。
- 思えば、騎士科の校舎に入ったのって初めてかもしれない…。特に用もないし…
騎士科の生徒と言えば、基本鍛錬場や運動場で剣さばきや体力づくりを行うことがメインであるため、校舎内で勉学を行うことが殆どない。だから校舎内には極端に人の気配がなく、騎士科の生徒たちへの女子生徒の黄色い声援をBGMにしながら、一人きりでこの広い廊下を歩いて行った。
『あ、その先生なら、今生徒たちの訓練実習中だね』
騎士科の職員室。目当ての先生がいなかったから、めんどくさいけれど黄色い声援が飛び交う運動場へ向かうことにした俺。ふと、上を見上げる。そう言えば、ここからなら彼女が見えるかもしれない。
図書館のあの小さな窓を探す。あ、ルナ。俺の口元がかすかに緩む。彼女のチャームポイントの黒い髪が見えたからだ。
お、今日もやっぱりいるじゃん。
黒髪のルナの隣には赤い髪の女の子がいるのも確認できた。あの子は以前ルナが『友達にここの存在教えてもいいですか?一人だけだから…』と、俺にわざわざ許可を取ってきた子。名前は確か…ローズの君。本名は覚えてないけど…。
学年が違うからなかなか会えない。だからふとした時に彼女の姿を目でとらえると嬉しくなる。今まさにこの時のように。いつからこんな気持ちが芽生えるようになったのか分からないが、俺の心はルナを一目見ただけでなぜか満たされた。
さっきまでめんどくさい、と思っていたのにもかかわらず、彼女を一目見れたから何だか今日はいい日だと上気分になる俺。笑顔を浮かべながら、運動場にいつはずの目当ての教師の姿を探す。
どこだろう…。あ゛。
最悪だ。一番にあの男が目に入ってきた。それは白銀の髪。その男はきゃあきゃあと女子生徒の黄色い声援をどの男性よりも一番に浴びていた。ルナがいつも見つめている男性。
それにしても…。
初めて男の顔を至近距離で見た。確かにその顔はまるで彫刻のように美しく、少し影のあるその表情がかえって良い雰囲気をかもしだしている。男が見ても彼はイケメンだと胸を張って言える。女性が騒ぐのも無理ないな。ルナもやっぱり面食いだったのか…。そんな風にぼんやりと考えていると、
『『『キャー!え、何で??グレイグ様!!!』』』
俺の親衛隊に見つかった。さっきまで白銀の男に向かってキャーキャー騒いでいたくせに俺を見つけた途端、俺に鞍替え叫びだす女ども。ああ、うるさい。でもさっきルナの姿を一目見た俺はいつもより少し気分が良かった。だからニコリと笑顔を返し手を振ってあげるサービスをしてみることにした。
『『『『『『ぎゃー!!!!』』』』』』
うるさい。歓声なのか悲鳴なのか良く分からないものが運動場に響き渡る。失敗したな、と思い女どもから視線を外す。ん?なんだ?強い痛い視線を感じる。その視線の方へと顔を向ける。白銀がこっちを見ていた。美しい青色の瞳と視線が絡み合う。なぜかは分からないが、こちらを睨んでいるような気がする。
え、怖いんだけど。なんだ?もしかして女生徒の視線をこっちに集めたのが気に食わなかった?
『お、ロングベルト。君が持ってきてくれたか』
探していた教師に話しかけられる。助かった。俺は書類をその教師に渡し、直ぐにこのカオスな場所から立ち去ろうとする。
『おい、フローレンス!言ってた書類届いたぞ』
フローレンス?聞き覚えのある名前。ああ。ルナと同じ苗字だ。もしかしてルナの親戚とか?
俺は興味本位で振り返った。なぜかあの白銀の頭が教師に近づいてきているところであった。
『フ、フローレンス??』
頭がパニックになった。鼓動がうるさく鳴り響く。
どういうことだ?なぜこの男が???この男、ルナの親戚なのか??
その時ふとあの書類の一部が頭をよぎった。
【養子縁組 解消方法】
『何か用ですか?』
俺が白銀から視線を外すことができなかったから、不思議にでも思ったんだろう。そう白銀の男に話しかけられた。しかしその声は氷のように冷ややかなもの。
『え、あ、いや…。フローレンスって』
『ああ。はい。レイ・フローレンスです』
それが何か?と俺を尚も睨む白銀。
何がどうなっているのか。頭が回らない俺。
彼は教師から書類を受け取り中身をざっと確認した後、『中、見ました?』と聞いてきた。
『いや…』
つい嘘をつく。何せ男から放たれる威圧感が相当強いものだったから。白銀男はならいいけど…、と言葉を落とし、彼はどこか上を指さす。『そういえば…。よくルナと一緒にあそこにいていますよね。妹がいつもお世話になっています』
そう言い残して、一礼して去っていく銀髪。
フローレンスという名の苗字。妹。そして、養子縁組解消…。
白銀が指した方を見上げた。信じたくなかったが、その先にはルナの黒髪とローズの赤髪が隠れ見ている部屋の窓があった。
この時知った。
ずっとルナが熱い眼差しを送っている男性。それはレイ・フローレンスという名で、彼女の兄だったのだ。だが、それと同時に、ルナと白銀は養子縁組で兄妹になった関係なのだということも理解した。




