10. 親友か王女か【side of リリアナ】
『私たち、血が繋がっていない義兄妹だったの。私は養子。父親は別にいて、フローレンス家の人達とは誰とも血は繋がっていないの…』
リリアナは自室で自慢の燃え上がるような色をした髪を解きながら、今日あの王女様が発した言葉を思い出していた。
本当なのかしら?
マリアンヌ王女の声が頭の中に響き渡る。
あんな真剣な顔をして、まるで私に懺悔するように…。
リリアナははぁ、とため息をついた。
確かに、私をリリーと呼んだ時は驚いた。でも、正直ありきたりな名前だし、間違えて呼んだとしても、まぁ、知り合いにいたのならしょうがないか、と彼女の説明は腑に落ちるもの…。だけど…。
『奥様をしっかりと見ていてください。きっと驚かれることとなると思います』
学院に到着した時にそうハンナに意味深に声をかけられたことを思い出す。
『うちの侍女のハンナはな、ルナのことが大好きで、未だルナ以外を自身の主人だとは認めないんだ』、と以前レイ様が嬉しそうに話していたことも同じように頭に思い浮かべた。
あの侍女ちゃんは確かルナのことを本当に心の底から親愛していて、忠誠を尽くしていたはず…。なのに…。
昔、ルナのお屋敷に遊びに行った当時、まるで姉妹のように阿吽の呼吸で会話する二人の距離感に少しジェラシーを感じていた。それほどまでに二人の絆は固いもので、確かなものだった。リリアナはそう記憶している。だからこそレイが話すハンナも簡単に想像できたし、今もそうであると信じて疑わなかった。
なのに今日のハンナは誰が見てもおかしかった。まるで新興宗教にのめり込んだかのように王女様の事をルナの生まれ変わりだと信じ切って妄信していた。普通に考えてありえないことなのに…。
「レイ様に伝えるべきかしら…?」
でも、あんなに熱心に信じ切っているのだから、きっともう彼の元までその話は届いているに違いない。それならば、よその家庭のことに変に口出しをしない方がいい…わよね??
髪を梳かし終えたリリアナは少し古くなった箱を部屋の奥から取り出してきた。
これは、私が『文通をしたい!』と言って一度だけ長期休暇の間ルナとやり取りをしていたもの。結局私が飽きちゃって、長期休暇が終わったら直ぐにやらなくなったんだっけ。ルナの可愛らしい丸文字が目に入ったことで、彼女との懐かしい思い出が脳裏に色鮮やかに蘇る。
「ルナ、教えてよ。あの人は本当に貴女なの?」
あの日、突然の訃報を聞かされた時、私は何が起きたのか分からなかった。寝ぼけていて、悪夢の中に迷い込んでいるのかと思っていた。
学院最後の卒業パーティー。両親からもらったアクセサリーに、大好きな兄から貰ったと喜んでいたドレス。まるでカップルかのように同じ色合いで並んでいた二人は本当に誰がみても幸せに見えていた。ルナは大のブラコンだったから、あの日の彼女は私が今まで見た中での一番の笑みを浮かべていたことを私は昨日のように簡単に思い出すことができる。
だからそんな人生で一番の幸せを感じていた彼女がその後命を落とすなんて考えもしなかった。
激しく帝国を恨んだし、憎んだ。ルナをあんな風に殺害した者を私自身の手であの世に葬りたい、と考えるほどに。
だから、私はレイ様の行動が例え王国の意に反するものだったとしても支持をしていた。彼のおかげで復讐も、平和も全て手にすることができたのだから。
『でも、レイ様?しっかりと誤解を解いておかないと、実は王女様先ほどめっちゃめちゃ焼きも…』
デビュタントボールで久しぶりに会った私を目の敵にしていたレイ様の親衛隊長のあの女の子の言葉を思い出す。きっとあの子の続きの言葉は『焼きもちを妬いていた』のだと思う。
あのデビュタントボールの日、レイ様との談笑中に鋭い視線を感じた。その先にあったのはあの王女様の嫉妬に狂いそうで泣き出しそうな顔と、怒りの目つき。今まで色んな女性にその視線をぶつけられて来たからこそリリアナは確信していた。
彼女の視線はレイ様に恋をしていた親衛隊の少女たちと同じであったのだから。
国同士の政略的なもので、この結婚は望まれてしたものではないはずなのに、レイ様からひどく距離を置かれ、冷たい態度を取られているはずなのに…。
なぜなのだろう?
なぜ王女様はレイ様に恋に落ち、彼を慕うことになったのだろうか。
その時は不思議に思っていた。あんな無礼な振る舞いをされてもなお、なぜ彼に恋に落ちたのか。彼の一体どこが良いのか、と。
でも、王女様とハンナが言うように、もし彼女にルナの記憶があって、もし仮にルナの生まれ変わりなのだとしたら、王女様の気持ちも納得のいくものである。
だけどね?だからこそ分からないの。
『お待ちしておりました。ラングシュタイン様』
もし、王女様がルナの生まれ変わりだっていうのならば、あの帝国から連れてこられた侍女は一体誰だというのだろう?
久しぶりのルナのお屋敷で迎え入れてくれた帝国からやってきた新しい侍女。
ルナに瓜二つの帝国からきた侍女。
ルナの生き別れの姉妹だといわれてもすっと腑に落ちるようなそんな見目麗しい侍女。
もし仮に王女様がルナの生まれ変わりだとしたら、何の目的があって彼女をこの国に連れてきたのか、その意図が分からない。
なぜならあの侍女の存在は、私やルナを知る人物に対し挑発するような仕打ちのものであったから。
なぜって?当り前じゃない!
あんなにもあの侍女はルナに瓜二つなのにも関わらず、彼女からは懐かしさを全く感じることはなく、寧ろ少し声を交わす度に、彼女が全くルナと違う人間なのだと身にしみて感じたのだ。話し方も振る舞い方も全くルナとは違う。顔は同じなのに、怖い、とさえ思ってしまうほどの全くの別人。やはりルナと会うことは二度とできないんだ、と改めて実感するほどだったのだから。
ルナと再会できた、という喜びから、一気に現実に突き落とされるこの気持ち。到底言葉で表すことなんてできない。
だから困惑するの。なぜ王女様は自身がルナの生まれ変わりだと言っているのに、あの侍女と一緒に王国に越してきたのか。理解に苦しむ。
「いや~。久々に頭使うよ~。どうしたらいいの」
誰に聞かせるわけもなく、大きな独り言を落とすリリアナ。
あの王女様は不思議な力を持っているって嘘か誠かそんな噂がある。それは王国中みんなが知っている事。だからルナに関して何か知っていたとしても、それはその力を使ったのだと想像に難くない。はずだった。
なのに…。なのに!!!
私がフラフラとした歩みをするたびに、それとなくドレスをひいて、真っすぐに歩ませるようにしてくれるのも。
教室に入ったら何よりもまず、レイ様がいるかもしれない運動広場を一番最初に見ることも。
少し都合が悪くなったら、髪の毛を触って話を濁そうとすることも。
一つ一つの癖が、仕草が。私の大好きだったルナを思い起こさせるもの。
彼女は全くルナに似ても似つかない風貌であるにも関わらず、一言言葉を交わす度に、会いたかった人にようやく会えたような、不思議と温かな気持ちになっていった。懐かしさを感じ、愛おしさを覚え、ずっとそばで話していたい、と思ってしまった。
まるで昔から知っていた人のように、一瞬でも気を緩ませてしまうと、王女様にはごく自然と心の内側まで見せてしまいそうになってしまう。
リリアナはもう訳が分からなくなっていた。どれを信じて、何を疑えばいいのか。
そうか…。あの侍女ちゃんもこんな気持ちになっていたのか。
それならば彼女が生まれ変わりだって信じきってしまうのも無理はない…。よ…ね?
でも、私は知ってるの。一度人はこの世を去ったらもう二度と会えなくなるって。だから…
「やっぱり、暫くの間は様子見をしましょう。もしかしたら、また何か恐ろしいことを帝国側は考えているのかもしれないし…。彼女をルナの生まれ変わりだって決めつけるのは時期尚早すぎる気がするわ」
リリアナは今日何度目かのため息を深くついて、ベットにフラフラと横たわったのであった。




