08. 親友
「え、夫人!?え、え、えぇ!?」
マリアンヌの急な告白に、リリアナは涙を引っ込め、軽いパニック状態に陥った。せわしなく腕を上下に動かしながら問いかけてくる。
「え、え、え?一体全体何をおっしゃられているのですか、王女様?貴女がルナであると!?え、え、え!?なんの冗談ですか??そんな笑えない冗談やめてくださいまし…」
「いいえ、奥様は冗談でこのような大事なことをおっしゃられるような方ではございません」冷静に、けれどもグズグズ鼻水をすすりながらそう言葉を放つハンナ。「実は奥様にはルナ様の記憶があるのです。つまり、生まれ変わり、ということです」
「ふぁ!?え、ハンナ!?え、ハンナまでどうしたの!?一体全体どういうことよ!?!?」
「奥様はルナ様の生まれ変わりです。それは揺るぎようのない真実なのでございます。私も初めてそう知った時大変驚きました。なにせ、私とレイ様3人しか知らないカントリーハウスでの秘密の部屋を知っていましたので…」
「…え、え、え!?だからって、だからって、それが何よ!?王女様は不思議な力があるって、彼女は帝国では〝巫女〟と呼ばれているって!!その噂は王国中の常識じゃない!そうよ、きっとその力を使ったに違いないわ!ハンナ、騙されないで!ちゃんと現実を見て!」そしてハンナの両肩を掴みながら、マリアンヌを睨みつける。「ハンナまで騙して、王女様、貴女は一体何をなさりたいの?」
淑女らしい言葉遣いから一転。少し砕けた物言いでハンナやマリアンヌへ言葉を投げかけるリリアナ。私のことだって、いつも〝夫人〟と呼んでくれるのに、いつの間にか王女様呼び。
恐らく彼女の頭は不安と怒りと驚きと…。既に色々な感情でごちゃごちゃにでもなっているのだろう。私だってそうだもの。もし逆の立場だとして、それを容易に受け入れられるか?きっと答えは〝否〟である。
「でも、リリアナ様?他にもたくさんあるんです。嘘のような話ですが、紛れもない真実なのです。信じてください!!!」
何とかしてリリアナに理解してほしい、と願っているハンナはその後今までの事を語りだした。
高熱で倒れた後、目が覚めたマリアンヌが自分の名前をごく自然に口にしたカントリーハウスでの出来事。
しかもその時、ハンナの髪型が変わっていると、目覚めてすぐに気づいたこと。
そして、秘密の部屋。加えてルナが生前に隠していた日記の鍵のありか。
「私だって全てが事前に調査されたものに違いないって最初は思ってました。でも、でも…。それじゃあ説明がつかないことが沢山生じてきて…。フローレンス家の朝食の種類や味を覚えていたり、大奥様そっくりの味つけのアップルパイを作られたことも…。それに、ふとした時の仕草も癖も…。一つ気になりだすと、もうルナ様にしか見えないんです。偶然だとは思えない。だって、姿も声も全くの別人なのに、まるでルナ様と話しているかのように、当時の記憶がごく自然とよみがえってくるんです!リリアナ様、リリアナ様にも覚えはあるでしょう?」
「そんな…そんな…」唇を震わしながら言葉を零すリリアナ。きっと身に覚えのあることがあったのだろう。でも、認めたくない。そんなリリアナの苦悩が彼女の表情から手に取る様に伝わってくる。「だって…。あ!でも、ほら!ハンナ、よく考えてみて!ルナと王女様の年齢を!ルナは数年前に亡くなったのに、それなのに歳もそんなに変わらない王女様が生まれ変わりって…。そんなのおかしすぎるわよ!」
ガララ
「どうかされましたか?」
冷静になれないリリアナの叫ぶような声に驚いた護衛の一人が、教室の扉を開けて声をかけてきた。
「いえ、大丈夫です」
マリアンヌはすかした顔で冷静に答える。
心の中はマリアンヌの理性とルナの感情とでぐちゃぐちゃになっていたのにも関わらず、なぜかひどく頭の中は冷静だった。客観的にこの状況をくみ取れるほどに。
「ごめんなさい。取り乱してしまって」リリアナも丁寧に陳謝する。「大きな声を出してしまってごめんない。驚いただけなの。本当に大丈夫よ」
「分かりました。では、また何かありましたらご連絡ください」
泣いているハンナに、あからさまに取り乱した様子のリリアナ。
誰がみても何もなかったようには思えない。きっと心の中では納得はしていないのだろう。けれども護衛の人はしぶしぶ引き下がる。何も見なかった、という風に。
「ごめんさい」再度謝るリリアナ。「でも、どうしても頭がついていかないの…です…」
「大丈夫よ。私だって逆の立場ならきっと同じように混乱するわ…。ただ…。ただ知っていて欲しかっただけなの。どうしても言わずにはいられなくなった。ただ、それだけよ…」
マリアンヌは寂しそうに笑う。理解はしていたはず。自分がルナの生まれ変わりだって、直ぐに信じてもらえないことくらい。だけど、その一方でリリアナだけにはすぐに信じて欲しかった、という我儘な矛盾も生じていた。
「頭を十分に冷やしてから、またこの話をしましょう?だって、私だってまだ全ての記憶が戻ったわけではないもの。本当に部分的にだけ。リリーと初めて会話した時の事とか、よく放課後にスイーツ巡りをしていたな、とか、リリーは頭が賢かったから、先生によく頼まれごとをしていたな、とか。そしてその時、やることもないから、ボーっとお義兄様を眺めていたな、とか…」
ひゅっと息をのむリリアナ。まるでマリアンヌの事を幽霊や、得体のしれないものを見るかのように、目を見開いて硬直していた。
「でも、ほ、本当なのですか?ルナとレイ様は血が繋がっていないって…」
コクリと首を縦に振る。
「ええ、そうよ。リリーがとても寂しそうに話すからつい言っちゃった」ペロッと舌をだして、乾いた笑いを出す。「当時はね、誰にも言ってはダメって禁止されていたの。でも、もういいかって思って。私、ルナだけどルナではないし…。きっとそのうち知ることになるのなら、せめて私の口からリリーには言いたかったの。それにもう私の事でそんなに思いつめてほしくはなくて…」そしてまっすぐにリリアナを見つめ、ずっと言いたかったことを伝える。「私がお義兄様に固執していたのは、お義兄様を愛していたから。兄妹としてではなく、一人の男性として」
「この真実を現在知っているのは、大旦那様とレイ様、そして、国王陛下。使用人では、執事のベンジャミンさんと、メイド長の私の母、レイチェルと私だけです」
「あら?他にもいたわよ?」マリアンヌは首を傾げる。記憶は朧気で、顔も名前も姿も思い出せないけれど、全く知らない一人の人物をマリアンヌは思い浮かべていた。「よく思い出せないけれど、確かにもう一人…。ここではない場所でその方とお話していた記憶がぼんやりとあるの。お義兄様の練習風景を見ながら…」
「もしかして…」リリアナは生唾を飲み込む。「図書館ではないかしら?あそこからだと、レイ様の顔が良く見えるって、私の用事が終わるまで、ルナはよくそこで私を待ってくれていたんです」
ハンナとマリアンヌは目を合わせる。もしかしたら、もっと記憶が鮮明に思い出せるかもしれない。ぜひ、行きたい!
「あそこでグレイグ様と会ったのです。グレイグ様のことは覚えておられませんか?ルナの婚約者だった人…」




