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追伸、愛しています  作者: 聡子
第4章
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09. 二人で過ごすディナータイム

 「ティエラ!おに…旦那様と今夜ディナーを過ごすから、うんと可愛く着飾って!」


 この屋敷に来てから初めて人と過ごすディナータイム。しかもお義兄様と♡

 楽しみで楽しみで。ティエラに着替えを手伝ってもらって、今はお出かけの時とは違う髪型へとアレンジをし直してもらっているところ。あぁ、どうしよう!ドキドキが止まらない。


 - お義兄様ってどんな女性がタイプなのかしら?髪型は?お化粧は?雰囲気は??


 幼いころからずっと一緒にいたから何でも知っているものだと思っていた。だけど、実際には義兄様について知らないことなんて山ほどある…。当時はあえて知りたくなくって、避けて通ってきた話題だって今は関係ない。だって、もう妻なのだから。お義兄様のことをもう、全部、全部知りたい。


 - 今はまだお互い壁があるけれど、少しずつ打ち解けていけば…。そしたらきっとお義兄様だって…


 「ねぇ、ティエラ?お願いがあるのだけれど…」マリアンヌはニヤリと口角を上げて、ティエラの耳にある伝言を囁く。「ふふ、ちょっと口を利いてくれないかしら?」

 でも、ティエラの表情は少し複雑そう…。

 「畏まりました。けれど、奥様…。どうして気が変わられたのですか?」

 そしてその声は心なしか少し辛さが見える…。

 「?どういう事?」

 「失礼を承知の上で発言させて頂くと…、旦那様には以前王都にて、奥様の歩み寄りを無下にされたではないですか。あの時、これ以上の譲歩を一度諦めたはずですのに…。なのに何故奥様側から、再度歩み寄ろうと決められたのですか?悪いのは全てあちら側ですのに…」


 ああ。ティエラは優しい。彼女はいつだって自身の主人である私のことを一番に考えてくれている。


 「ティエラ、聞いて?」 マリアンヌはティエラの手を優しく包む。どういったら、彼女に理解してもらえるか?言葉を選びながら紡ぐ。「ソフィアお姉様からの受け売りに過ぎないんだけれど、〝人を許す〟ってとても難しいことなの」

 ティエラが納得してくれるかなんて分からない。

 私だって元はと言えば、お義兄様に近づきたい、もっと一緒にいたい、という下心がきっかけに過ぎない。しかもそれはルナとしての自覚が芽生えたから故。だけど、同じ帝国の民同士。このことだけはお姉様からの言葉だとしても彼女にも頭に置いておいてほしい。


 「私たちは両国の未来を託されているのよ?憎しみ包まれた過去にいつまでも囚われていたら、明るい未来はいつまでたっても来ないわ。でも、未来を見すぎてもダメ。自身の重荷になってしまうから。だから、〝前後際断ぜんごさいだん〟過去を悔まず、未来を憂えず、今に最善を尽くせば幸運を招く。過ぎたことは歴史として心にとどめて、私たちは前を向いてを生きないと。どちらが先とか関係ないわ。これは私たち・・・が今から作る未来の話なのだから」


 マリアンヌとして、一王女として。この言葉たちは嘘偽りのない本音であると断言できる。


 ティエラは理解してくれただろうか?

 扉の外でハンナが私を呼ぶ声が聞こえる。もうディナーの準備はできたようだ。



*****



 「私がドレスを選んでいた間、どちらにいかれていたのですか?」


 ベンジャミンとティエラが近くにいてはくれているものの、それでもお義兄様を目の前にすると、何故だか嬉しさよりも緊張の方が今はまだ勝ってしまう。

 いつもより硬く、重い空気の漂う静かなディナー。シェフには申し訳ないが、一人きりの時より、食事が全く進まない。どうしようもないこの空気にとうとう耐えきれなくなって、ようやく絞り出た言葉がこれ。


 「………。いろいろ」


 まだ信頼されてはいないのだろうか?ぶっきらぼうな声で返答する義兄に少ししょげるマリアンヌ。

 お義兄様は会話をする気がないのだろうか?全く言葉のキャッチボールが続かない…。

 でも、まぁ約束を破らずこの場にいてくれているだけでも良しとしよう。それに、ルナは知っている。どれだけ苦手な人だとしてもお義兄様は決して中途半端に投げ出したりしないって…。


 でもどうしよう?次は何の話をしようかしら?


 はあ。

 再度重たい空気になったのを、レイは盛大なため息で払しょくしようとする。

 何かレイを怒らせたのか?

 マリアンヌは肩を震わせ、次に続く言葉に少しビクビクしていた。


 「ドレスは良いものが?」

 義兄の口から出て来た低い声。思いもよらなかった。今度は義兄の方から会話を始めてくれたから。


 「えぇ…。えぇ!もちろん!!」


 まさかのお義兄様からの初めて歩み寄り!なんて嬉しい進歩!

 視界の隅ではワインを注いでいるベンジャミンもポーカーフェイスをどこかに置いてきたようで、目を見開き口をポカンと開けて、驚いた表情をしていた。


 「私、結構たくさん試着させてもらって…。あの、恥ずかしい話、私は帝国でも自分の成人の儀以外の大きなパーティーに出たことがなくて。ですから、流行りの服のデザインもお色も分からなくて…。でも、サリーさんがすごく優しくて!流行りでなくても、自分の憧れてた人とか好きな人が着ていたものを思い出してみて…って言ってくださって…。その…」


 お義兄様からの折角の質問!

 もっと的確に答えて、会話を続けたいのに…。続けないといけないのに…。

 そんなことは百も承知の上なのだが、あれもこれも全て聞いてほしい、と、考えるよりも先に口から次々と言葉が溢れてくる。思いつくまま話を続けていくものだから、今自分が何を話しているのか分からなくなってきてしまった。でも、それでも…。なんだか昔に戻ったような楽しい時間♡


 - でも、ダメ。こんなことではダメよ。せめて…、せめて…


 「あの…でも、おに…旦那様の好みのドレスもお色味も分からなくて…それで…もしよろしければ…」


 せっかくなのだから、後学の為にも、私の知らないお義兄様の好きなものの情報を一つでも…!!!


 まだ〝旦那様〟というには照れが隠せないのだけれども、それでも一生懸命言葉を選びながら話す。

 お義兄様に少しでも近づきたい。一つでも多くのことを知りたいし、教えてほしい…。


 期待を込めて、そっとお料理からお義兄様の方へ視線を戻す。







 見なければ良かったと後悔した。


 お義兄様のお顔はとても切なそうな、愛おしそうな表情をしていたから。お腹の下がぎゅっと掴まれるようなひどく辛い痛みを感じる。


 - ああ、何で?何で?何でそんな顔して、そんな風に目で追うのよ…?


 ルナはここだし、彼女はルナじゃないのよ?

 所詮…、他人の空似なんだから。よく見てよ。仕草も立ち振る舞いも違うでしょ?別人なの。気づいてよ。

 だから、そんな愛おしそうな、切ない顔をしないでよ…。



 ずっと自分には睨んでいるような、面倒くさそうな、興味のない視線を向けられていたから、余計その違いが身に染みる。今のお義兄様はマリアンヌに向けるものと比べ、とても対照的。



 嫌だった。

 そんな顔をして他の女性を見つめるお義兄様なんて見たくない。


 嫌だった。

 お義兄様に対してこんな悲しい感情を抱いている自分が。


 嫌だった。

 だって彼女は私の唯一の味方で話し相手。

 なのに、そんなティエラに対してこんなにも嫉妬や憎悪の醜い感情が湧き上がってきている。こんな醜悪な感情、認めたくない。



 再度お皿に視線を戻す。もうこれ以上お義兄様なんて見ていられない。


 - ねぇ、何でティエラにはそんな優しい顔をするの?


 お義兄様は会話しているときも、食事を口に運ぶ時も、ずっとずっと、ティエラばかりを目で追って、本当に愛おしそうに見つめていた。



 

 それからは、もうどんな会話を交わしたかなんて覚えていない。全部上の空。多分、何か相槌を返しながら、味のしなくなったご飯を無理やり口に運んでいただけだったと思う。

 最後にティエラにシェフに伝えるよう言っていた、お義兄様とルナの大好物だったチェリーパイが出て来たけれど、食事前の楽しみはどこに行ってしまったのか…。思い出のデザートまでも色あせて見える。


 

 今日は一日幸せな気分だったのに…。些細なことでこんなにも感情がぐちゃぐちゃになってしまうなんて…。私は王女失格。ポーカーフェイスがどんなだったのか思い出せないの。こんなひどい顔誰にも見せられない。早くこの場から去って、部屋に籠っていたい。これ以上惨めな思いなんてしたくない。



 部屋へと戻るとき、お義兄様の方から何かピリピリとした強い視線を感じたけど、怖くて顔をあげることなんてできなかった。きっと不躾な私に怒っているに違いなかったから。

 代わりにベンジャミンが、旦那様はあと二日ほど休暇に余裕があるからここに滞在すると、そう告げて来たけど、今はもう嬉しくとも何ともなかった。どうしたらその期間お義兄様と会わなくてすむのか。そんなことばかり考えていた。




 でもね、お義兄様ったら、本当に残酷なの。

 次の日。朝日が顔を出すよりも早く、もう既に彼はカントリーハウスを発っていた。お仕事のお休み期間はまだ残っていたはずなのに。まだ滞在する予定だ、って言ってたはずなのに…。


 私と一緒に領地でゆっくりと過ごすことよりも、王都で一人過ごすことを彼は選んだ。

 私はそのことが、心が壊れてしまいそうになるほど辛かった。


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