06. 再会
「ティエラ、分かってるわね。絶対に今日は私から離れちゃだめよ?」
「ふふ。大丈夫です奥様」
今日は大旦那様がマリアンヌに再度会いに来てくれる大事な日。
前回のあの少しの時間では全然足りない。だからあの後、大旦那様へと意を決して送った手紙。勇気を出して良かったわ。だってそれが功を奏して、大旦那様から再度嬉しい便りが届いたんだもの。
【体調もずいぶん良くなったようですし、今度領地視察を一緒にいかがでしょうか?】
『これは受諾しても良いのかしら?』
旦那様からは、『屋敷内で籠ってろ』と言われていたから、マリアンヌは素直にその命に従い、未だ屋敷の敷地外へと出てはいない。
『大旦那様からのお誘いでしたら問題ないでしょう』
数年前に領主が大旦那様から旦那様に引き継がれたとは言っても、まだまだ権力的には大旦那様の方が優勢なのだとティエラが補足する。
それなら、まぁ、難しいことなんて考えずに、流れに身を任せよう。
ずっと屋敷に引っ込んでいるなんて暇だったし、例え社交界シーズンが始まったとしても、最初の参加する舞踏会まではまだ後一ヶ月近くある。だから領民たちへの顔見世がメインだとしても、外に出て気分転換ができるなんて…、これ以上の喜びはない。
そんなこんなで、大旦那様からのお誘いは二つ返事で快諾したのだった。
「久しぶりのお出かけだから、うんと可愛くしてね!ティエラ!」
久々のお出かけにウキウキしているのがティエラにまで伝わっているのだろう。ティエラも少しハニカミながら私の支度を手伝ってくれている。
- どんな格好がいいかしら。あぁ、こんなことならお出かけ用のお洋服をもう少し帝国から持ち出していればよかった…
「ティエラ、私大旦那様に頼んでお洋服の仕立て屋さんに今日伺いたいの」
「はい」
「だから私がお針子さんとお話している間、悪いけれど大旦那様のお相手はティエラがしてはくれないかしら?」
「もちろんです!」
ティエラの明るい笑顔を見るとこっちまで嬉しくなっちゃう。
これで彼女との約束は果たせるかしら?
そういえば、彼女がお義父様と話す内容。ティエラの本名を思い出したら教えてくれるんだっけ?でも、私が思い出したのはルナ・フローレンスの記憶。マリアンヌの記憶じゃない。
- いつか分かる日が来るかしら?
そうぼんやりと考え事をしているときだった。
「おい!糞親父はどこだ!!!」
下のフロアがバタバタと騒がしくなったかと思うと、ある男性の怒鳴り声が聞こえた。
こんなに汚い言葉を発しているところなんて知らない…。
でも、そんな怒鳴り声を聞いただけで、ぎゅっと胸が締め付けられる。この低くて通りの良い声。
私にこんな感情を抱かせるのは…。
「お義兄様?」
なぜここに?マリアンヌは少しパニックになった。
*****
予想外の旦那様の登場にティエラも顔をしかめる。
「ティエラ、何か聞いてる?」
「私は何も…。少し見てきます」
ティエラはそう言って部屋から出ようとする。
だけどまぁ、お義兄様の足って長いから…。
さっきまで下のフロアにいたはずのお義兄様の声が、今度は突然部屋の前から聞こえて来た。旦那様の怒る声を宥めるかのようにハンナの声も微かに耳に入ってくる。
「いくら…でも、今は…まだ…です」
「あいつが……したんだろ!……だ。…」
何を言っているのかよく聞き取れない。扉の前では、ティエラが外に出て様子を伺うこともできず、困惑しているのがひしひしと伝わってくる。
分かってる。本当は何事なんだ、と、ティエラではなく私がその行動をすべきなんだと。
でも、ごめんなさい。そんなことより今私の中で芽生えているのは、お義兄様に再会できる喜び…。足が震えちゃって動けないし、立てないの…。
心臓があらぬ速さで鼓動を打っている。
- ああ、声を聞くだけでこんなにもドキドキする。罪だわ、お兄様…
何の偶然なのかしら?
今日は久しぶりに可愛く着飾ってもらったの。外にお出かけするからよ?
こんな時にお義兄様と再会できるなんて…。
喜びと恥ずかしさで顔が林檎の様に真っ赤になっていくマリアンヌ。
コンコン
扉を優しく叩く音にティエラの肩がビクリと動く。
「は…」
そして、マリアンヌの返事を聞くまでもなく、バタン、と荒々しく扉が開かれる。
「キャッ」
驚くティエラの声。
「旦那様!いくら夫でも、勝手に女性の部屋の扉を開けてはいけません!」
義兄を咎めるハンナの声。
でも、そんな些細な失礼だなんてどうでもいい…。
何よりも、嬉しくて、嬉しくて。涙が零れそうなくらい、今感動しているの。
ずっとずっと会いたかった。
私のヒーローで、王子様。大好きな大好きなお義兄様。
私よ?マリアンヌという仮面をかぶっているけど私なの。
ルナなの。あなたの妹のルナなのよ?
気づいて、そしていつものように優しく抱きしめて…。
「おにいさま…」
心の声がそのまま口から出てしまう。
でもお義兄様には聞こえなかったみたい。
ズカズカとマリアンヌに近づいてきたレイの眉は恐ろしいほど反りあがっていた。
「親父をなんて言って丸め込んだんだ?」
「?」
一体どうしたのかしら?
「なぜ、俺がここに来たか分かるか?」
「いいえ」正直に首を振る。
「なぜ親父がお前の味方をする!?なぜ俺がお前の外出に付き合わねばならないんだ!?」
お義兄様がなんでヒステリックに怒ってるのか。見当もつかない。マリアンヌは首をかしげる。
でも…。それより、それより…!!!
聞き間違えではないわよね?今、嬉しいことを言ってた気がするの!
「今日、旦那様とお買い物に行けるのですか!?」




