04. 大旦那さま
前話での誤字報告、ありがとうございました。
『何で王都に行くの?』
信じられなかった。義兄はここから一番近い学院に進学すると思っていたから。なぜわざわざ王都にまで行く必要があるのか?ルナは理解できなかった。
『ルナは近くの学校へ進学しろよ?都会は危ないから』
そんな事聞きたいんじゃない。理由を知りたいの。
『ねえ何で?何でお義兄様は王都に?』
だから尋ねたの。何で私を置いていくのか…。
『ここだと見えないことも、分からないことも多すぎるから…』
この答えの意味を私はまだ知らない。
*****
ハンナの仕事は早かった。
あれからすぐに大旦那様との会う日取りが決まり、とんとん拍子で事が運んでいった。
そして今日、今から大旦那様が本邸にまで足を運んでくれるとのこと。
「私の方から伺ったのに…」
こちらまでわざわざご足労してもらうだなんて…。少し気が引けるマリアンヌ。
「奥様は帝国からのお客様でもいっらしゃいますし、まだ体調が芳しくありませんので。大旦那様のお屋敷までは体がもたないかもしれないとの判断で、こちらまでお越しくださるよう申し入れさせて頂きました」
「そんなに遠いところに住んでいるの?」
- 別荘なんてあったかしら?
マリアンヌは記憶をめぐる。だが、いくら考えても分からない。そして、ハンナはマリアンヌの問いかけに何も答えない。
はぁ、とため息をはく。
そして辺りを少しきょろきょろする。そういえば、暫く彼女を見ていないわ…。なぜこの場にいないの…?一体どこにいったのかしら?
「ハンナ、ティエラを知らない?」
「買い出しに行かせています」
「え?ティエラは私の侍女よ?」
「でも今はこの屋敷で働いていますので。私が彼女の上司です」
「でも…」
マリアンヌは文句を言おうと思ったがやめた。彼女の顔が強張っていたから。
長年の付き合いでルナの記憶上で知っていた。ハンナが無表情に淡々と話す時は何かに怯えているときだということを。お義父様に怯えているのか?それとも、ティエラがお義父様と会うことを恐れているのか?
ハンナが何に対して怯えているのかは分からない。だが、これ以上彼女を刺激しハンナと揉めるのは嫌だったから言葉を飲み込む。
- ああ、こんなことなら先に根回ししてあげればよかった
すっかり忘れていたのだが、ティエラとの約束がある。
【大旦那と二人きりで話をする機会を設ける】という約束。
ティエラのあの神妙な面持ち。きっと何か大事な話があるのだろう。
約束は約束。何とかしてあげないと…。
でも、彼女がこの場にいない今、忍びないが、してあげられることなんて何もない。どうしようもできないのだ。
なら今日の私の仕事は、お義父様にマリアンヌはいい子だと認識してもらい、もう一度会う約束を取り付けること!!
パカパカ
馬車の音が聞こえる。どうやら大旦那がこちらへ到着したようだ。
「遠いところ、ご足労頂きまして大変感謝いたします」深々と頭を下げて挨拶する。「ナタリー帝国から参りました。マリアンヌです」
馬車から付き人に手を引かれ降りて来たのは記憶とは異なり少し老けた義父。
「はじめまして。ブライアン・フローレンスです。体調がすぐれないところ、お出迎えだなんて…。大変申し訳ない」だが彼の笑顔は記憶と違わない優しいもの。「それから、こちらこそ挨拶が遅くなり失礼いたしました。そして、我がフローレンス家に嫁いできてくれて感謝いたします、マリアンヌ王女」
懐かしい声に目頭が熱くなるのを感じる。
たくさん聞きたいことがあるのだ。
突然蘇ったルナの記憶に、義母の死。
でも何から話せばいいか…。義父を目の前に、考えていたことが全て頭から吹っ飛んでしまう。
少し恥ずかしさを感じ、視線を下に落とす。義父の足元が目に入った。引きずる左足。
視線を上げると、今度は付き人から渡される一本の杖。
私の視線に気づいたのか、眉を下げ困ったように笑みを浮かべる義父。
「愚息の愚かな行為を止めようとして、失敗したんだ」
*****
「それより体調はもう良いのかい?」
「ええ。もうすっかり。皆さまのおかげです」
応接間でハンナの用意してくれた紅茶片手に二人で談笑する。
親子の際には感じなかった妙な緊張感が二人を包み込む。
〝なぜ両国間の間で認識の違いがうまれているか〟
早くそのことをききたいのに、どう話を紡ぐべきか迷っていた。頭では予行練習通りに事は進んでいるのに、実際には中々口から言葉が出てこない。
張りつめた空気の中、先に声を発したのは義父だった。
「突然で申し訳ないが、一つ質問をしても?」
「も、もちろんでございます」
「その…王女様はこの王国が憎くはないですか?」
「え?」
「私の愚息は王女様の兄上殿を殺め、そして終戦となった今でもまだ、貴女方の国を心底憎んでいるだろう…?」
「…」
「例え王女様のお父上。国王陛下からの勅令だとしても、もし私が王女様の立場なら、こんな結婚どうしても受け入れがたい…」
「…」
「それに加え、まともな結婚式を挙げてももらえず、妻としての役割ももらえず、本邸で一人大人しくしろ、だなんて…。私ならあの愚息を刺し殺してしまうかもしれん。まぁ、そんなひどい扱いを今現在王女様は受けているのだが…」
悲しそうにそう紡ぐ義父。
正直言うと、この立場に納得しているわけではない。
あの結婚式も今思い返せば、悲しい思い出の一つだし、義兄がマリアンヌとなぜあんなにも頑なに会話を拒否するのか理解に苦しむ。
だけどマリアンヌとして、兄のレオン第一王子を殺された悲しい気持ちより、ルナとしてのレイを愛する気持ちの方が随分と強いのだ。そしてこの想いは自分ではコントロールなんてできないし、日に日に強くなっている。
だからそれほどまで今の立場を悲観しているわけではない。夫婦となった今、時間はたっぷりとある。ゆっくりとお互いの距離をつめ、雪解けを図ろうと考えていた。だって、私は兄を一番理解するルナ・フローレンスなのだから。私以上の適任なんていないはず。
「私はこの結婚に後悔してはいません」
これは本音。マリアンヌとしても、ルナとしても、この結婚に後悔はない。自分が選んだ道なのだから。
「誰かが辛くても同じような政略結婚をしなければならないのなら、王女である私が誰よりも先にまずお手本になるべきですし…」
これは嘘。そんな立派な意志なんて最初は持ち合わせていないかった。ただ、ソフィアお姉様をかばいたかっただけ。それだけの事。
「まだ数週間ですがこの地に来たことで多少理解できました。両国間でまだ認識の違いがあるという事に」
これも本音。
ルナの死の認識の違いがより事態をややこしくしているのだ。
「だから今日、私は教えてもらいたかったのです。なぜ、ルナお嬢様が我が帝国のものに殺されたと勘違いされているのか」
ハンナの言葉にならない喚く声が後ろから聞こえる。
侍女として仕事を放棄し、自身の主人に意見を唱えるなんて…。その理性の無さはなんだと、内心彼女に呆れる。
- 後で叱らなきゃ…
「そうか…。知らされていないのか…」私の問いに静かに義父はそう言葉を落とす。「レオン王子と共にソレは返されたと聞いていたんだ…」
「…?」
「私の娘は、帝国の紋章が刻まれた剣で貫かれていたんだよ」




