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追伸、愛しています  作者: 聡子
第4章
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03. すべきこと

『ルナ。ごめんね』

 お義母様はそう言って、色彩豊かな花びらが舞い散る中庭で頭を撫でてくれた。

 その手はいつもひんやりとして冷たかったのを覚えている。

 

 ママの記憶がない私には、お義母様が唯一無二の母親なのに。お義母様はいつも悲しそうな顔で謝っていた。


 『あなたの記憶を、あなたの父親を、あなたの愛を奪ってしまって…』

 『?なにをいっているの…?おかあさま?』

 『こうでしかあなたを守れない不甲斐ない私たちで、本当にごめんなさい…』


 お義母様の言っている意味が分からなかった。

 それに私はとっても幸せなのよ?

 だから悲しまないで、だから涙を流さないで、だから謝らないで……。




*****




 お義母様が亡くなったという事実は私にとても大きなショックを与えていた。

 食事も何も喉を通らず、モノクロの日々が過ぎ去っていく…。あれから何日経ったのだろう?母の死を受け止めきれないマリアンヌはこの屋敷に来た初日と同じく、またベットの上で日々を送る生活に戻っていた。



 「やっぱり身体、相当悪いのね」

 「厄介者払いの為にこの家に捨てられたって事実だったんだ…」

 「旦那様がホント不憫」



 使用人がそうマリアンヌを噂する声が微かに聞こえてくる。いつからこんな礼儀知らずのものたちばかりを雇うようになったのか?フローレンス家のお里が知れる。だけど、それを注意する元気なんてもうなかった。


 ねぇ、皆は想像できる?

 記憶がないって、白い靄の中、ずっとずっと見えない出口を彷徨う不安定な日々なの。

 唯一の味方のソフィアお姉様のおかげで、ようやく色づいた日々。だけどそれもつかの間。

 味方も誰もいない絶望の中、離れて暮らすことになった私に、ようやく光が差し込んだってあの時思ってた。

 マリアンヌのものではなかったけど、自分の記憶を一部分でも取り戻せたのよ?

 嬉しかった。神は私を見捨てていないって、新たな自分として異国の地でも生きてもいいんだって…。そんな一縷の希望に縋っていた時だったのに…。


 - なぜ?いつ?どうして?


 義母の死を未だ実感できていない。

 だってルナとしての記憶の中では、つい先日まで一緒にご飯を食べて、一緒にチェリーパイを作り、一緒に中庭でお散歩していた。お義母様あんなに元気だったのに…。


 まだお義母様にありがとうって、言えてない。

 まだお義母様に愛してるって、伝えてない。

 まだお義母様に恩返しも何もできでいない…。 

 まだお義母様の心からの笑顔を私はまだ見れていないのに…。


 「奥様、重湯もまだ喉を通りませんか?」


 優しいティエラの声が今は辛い。


 『また知らぬ存ぜぬでのらりくらりとかわすんでしょうけど、帝国の兵士なんかにルナお嬢様があんな殺され方をしたから…。だから心労がたたって、エミリア奥様が…!!!』


 ハンナの苦しい声が頭の中で何度もこだまする。

 

 自分ルナの死が義母を死に追いやるほどつらいものだったなんて…。一体どんな最後だったのか?だけどどれだけ思い返してみても、全く思い出せるものはない。


 「何か食べられませんと…」


 ティエラはマリアンヌの体調を気にして毎日何時間もそばにいてくれる。

 でも、何も食べたくなかった。もうどうでもよくなってきた。

 それほどまでに義母の死は突然で、自分を苦しめるには最大の悲しみだった。


 「エミリア様のことも学ばれていたのかと…。私がもっと注意すべきでした」


 ティエラは伏し目がちにそう言って、マリアンヌの体を優しくふき取る。

 ああ、違う、ティエラ、違うの。あなたは全く関係ないの。

 確かにソフィアお姉様から既に亡くなられていると聞いていた。私がすっかりそのことを忘れていただけ。

 それに…。お義母様の亡くなったきっかけだとかそんなものは帝国まで届いてなかったもの…。


 「エミリア様は体調がずっと悪かったそうです。ルナ様の結婚式まで生きていられるか、と余命宣告されるほど。ただ殺されたルナ様の無残な姿のご遺体を拝見された後、ショックで寝込まれ、そのまま息をひきとられたと、そう教えてもらいました」


 ティエラの説明がどれほど正確なものなのか私は分からない。


 だって、こんなにもお義兄様を愛しているのに、ルナが結婚する予定だったとか。

 私が無残な姿で殺された、とか。

 お義母様の余命があと少しだったとか。

 あまりにも情報多可。頭が処理しきれない。


 だから、マリアンヌは考えた。私は今何をすべきなのか、を。

 自分の気持ちだけでなく、この国同士の争いの矛盾へ。私自身が本気で向き合わねばならないとそう思った。



 だって私はこの王国の国民の一人であるルナであり、ナタリー帝国の王女なのだから。



 「私、決めたわ」


 か弱い声。でも、決心は揺るぎないもの。

 ティエラばかりに頼ってはいけない…。


 「ハンナを呼んでくれない?」



*****




 何日ぶりだろう?

 久しぶりに顔を合わせる侍女ハンナはやはり殺気に満ちていた。


 帝国が殺したわけではないのに…。

 ルナの不審死についてマリアンヌが帝国で学んだことをもう全てぶちまけてしまいたかった。けれど、今ここで真相を伝えたところで焼石に水。きっと余計に怒らせるに違いない。ならば、もっとまずは情報を集めないと…。なぜ一人の一国民・・・の死が両国間に矛盾を生んでいるのか…を。


 「私、大変不躾だったわ」

 

 今はルナではなく、マリアンヌとして。


 「領地にきたのだから何よりもまずしなければならないことがあったのに」


 帝国の元王女として、王国側の考えるルナの死の真相を、私は知りたい。


 「大旦那様に連絡を取ってくれないかしら?都合の良い日に挨拶に行きたいと」



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