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追伸、愛しています  作者: 聡子
第1章
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03. 突然の訪問者

 リリアナと別れたルナは、馬車に乗ってハウスタウンへと帰宅した。

 学院から馬車で約半刻ほど。

 屋敷へと戻ると侍女のハンナが笑顔で出迎えてくれた。


 「どうしたの?なぜそんなに笑顔なの?」


 ハンナが笑顔で迎えてくれることはごくごく自然な日常の一部。だが、今日は彼女の笑顔に少し違和感を感じた。説明しがたいのだが、まるで何か悪戯を企んでいるような、そんな挑発的なものだった。


 「聞きたいですか?」

 ニヤニヤとするハンナ。

 「えぇ、もちろん。どうしたのよ」


 ハンナとルナは領地の屋敷で二人が幼いころから、まるで本当の姉妹のように仲睦まじく育った。だから主従関係となった現在も、言葉遣いに変化はあるものの、二人の距離感はまるで友人のような関係のまま変わりはなかった。

 そして、彼女は今ハウスタウン内でルナの出生の真実を、義父と執事の次に知る唯一の人間でもある。


 「なんと!本日、夕食前までにレイ様がご帰宅されるそうです!」

 「本当に!?」

 「ええ、そうです!しかも三日間も滞在されると!きっとお嬢様の日頃の行いが良いからですわ!!!」


 ルナ以上に喜ぶハンナにつられ自然と笑みが零れる。

 レイはいつも仕事が忙しく、滅多にハウスタウンにも、領地の屋敷にも顔を出さない。例え帰省できたとしても、半日と家に滞在することもない。だから三日間も滞在してくれるなんて奇跡のようなもの。ハンナが飛び上がって喜ぶのも頷ける。


 「どうしましょう?久しぶりすぎて、動揺が隠し切れないわ…。とりあえず、ご夕食と、食後のティータイムと、添い寝と…」


 お義兄さまとしたいこと、話したい事なんてとどめなく沢山あふれ出てくる。どうしよう?ああ、三日間も一緒にいれるなんて、片時も離れたくないわ。もしかしたら、神様が与えてくれた本当に最後・・のプレゼントかもしれない。

 二人きりの甘い時間をどうしようかルナの妄想は止まらない。


 「お嬢様…。大変申し訳ありませんが、年ごろの女性はご兄妹で添い寝はされません」

 「でも、お義兄様はきっと許してくれるわ」

 「そうは思えませんが…」ハンナはきっぱりと否定する。

 「でも、最後の時間になるかもしれないじゃない?きっと懐深く受け入れてくださるわ」

 「そうだといいですね」中々現実を見ず、おかしなことを言い出す主人に眉を下げ、仕方なく今後の予定を告げる。「それから、旦那様とご一緒に奥様ももう間もなく到着されます。ですので、先にお着替えしませんと。帰られたら、奥様の体調の回復を待ってからディナーになります」

 「あ…そっか。お義父様とお義母様のこと、すっかり忘れていたわ…。それはそうよね。うん。明日卒業パーティーだものね。そうね、ハンナ。お義母様から頂いた薄い緑色のワンピースを用意してちょうだい」

 「畏まりました。お屋敷で良く着られていた、例のワンピースですね」


 レイが帰ってくることにすっかり浮かれてしまい、明日が卒業パーティーだという事を忘れていた。義両親ももちろん参加する。そうだった。領地に義母を迎えに帰っていた義父も、本日帰宅するのだった。



 コンコン。


 ハンナに手伝ってもらって着替えを終えた時、タイミングよく扉が叩かれた。ハンナはルナの髪を結おうと手をあげている。首を傾げ、「ちょっと待っててくださいね」と言って外へと出ていった。


 ルナも首をかしげる。外が慌しくなっていることから、人が来たというは想像に難くなかった。ただ、両親かレイが帰ってきたにしては、召使いたちの楽しげな声は聞こえないし、かといって、自分や義父に来客の予定もないし…。誰かしら?


 そんなことをぼんやりとか考えていた。


 「お嬢様…」ハンナが申し訳なさそうな顔をして部屋へと戻ってきた。「申し訳ございません。来客の予定はないはずだったのですが、グレイグ様が来られているそうです。応接間でお待ちです。髪の毛を急いで結いますので、一緒に応接間へお越しください」


 ハンナは気の落ちた声でそう伝える。

 実際、ルナから沢山愚痴を聞かされて、もはや洗脳状態にあった彼女は、グレイグのことを苦手な人物と認識していた。全く不機嫌な様子を隠すことなく、ルナ以上に眉をしかめた彼女が部屋の扉近くに立っている。


 「いいえ。問題ないわ。今結い始めたのを全て元に戻してくれる?婚約者様だもの。お洒落に気を遣うより、お待たせする方が悪いわ」


 

 二人で急いで応接間へ向かうと、奥に薄いゴールドの髪の人物が視界に入った。客用のロングソファに彼は腰を掛けているようだ。ドキリと肩が震え、背中に悪寒が走る。ルナはそれらを払拭するように、盛大に両手で頬を叩き、彼のもとへと足を進めた。




 「お待たせしました」


 男の深緑の瞳と目が合う。彼はルナを見て驚いたように目を見開く。


 「いや、急に来たから。悪かった…。それにしてもそのワンピース…」 

 ルナはグレイグの目を見つめ思い出した。そうだ。彼の目も義母と同じ緑の目をしていたのだった。

 「義母とおそろいのワンピースです」とりあえずグレイグの思考を否定する。「グレイグ様と違ってこちらは、薄い色なのです」

 「そっか。それもそうだな…」君がそんなことをしてくれるはずがないか、と言葉を落としたのをルナは無視する。

 「何かご用事でも?」

 「特にというわけではないのだが…。座らないのか?」


 話を早く終わらせたかったルナは、グレイグの目の前に座れというジェスチャーを無視し、扉の前に立ったまま話を続ける。


 「明日の用意がありますので、ご用事がないようでしたら、日を改めて頂きたいのですが」

 「渡したいものがあっただけだ」


 そう言って小さな箱をソファの前のテーブルに置く。何かしら?誕生日もすでに終わっているし、何の贈り物かしら?

 「明日卒業式だろう?兄君にエスコートしてもらうという事は前々から決まっていたことだから、しょうがないが…。せめて俺からも何か卒業祝いを、と思って…」


 ルナは動かない。扉の前に微動だにせずに立ち、その箱の中身を見る素振りすらしなかった。


 「ドレスは兄君が誕生日にプレゼントしたものだと聞いている。申し訳ないが、調査させてもらったんだ…。だから、私からは贈り物が被らないようにと、これを…。せめて、このアクセサリーだけでも、身に着けてパティーにでてほしい」


 動かないルナの代わりにグレイグはその箱の中身をあける。

 そこには小ぶりな花の形をしたピアスと、ネックレスがあった。色は彼の髪の色と同じ光り輝く金の色を放っている。そしてその奥には可憐に飾られたエメラルドの宝石。

 「さすがに、青と白銀のドレスにこのアクセサリーは似合わないと重々承知している。だが、君が婚約者である俺の…ロングベルト家の婚約者だと示すためにも、是非これを身につけてほしいんだ…」そう言って立ち上がる。分かっているな、と強い目でルナを射抜く。「今日はそれを渡しに来ただけだ。また日を改めて、デビュタント・ボール用に作らせたドレスを一緒に見に行こう」


 グレイグはそう言って立ち去ろうとドアに近づく。そしてルナの横を通った際に、「卒業おめでとう」とだけ消え入るような声を落とした。




 ルナはテーブルに置かれていたアクササリーを無表情で見つめる。卒業式の日には、レイから四年前に学院の入学祝いで贈られたものを身に着けていくつもりだったのに…。グレイグは何故こんなにも自分の感情を逆なでるようなことばかりするのだろう?



 突然の訪問者にルナはひどく気落ちしてしまった。

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